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第63話 お互いの現在の状況とは
窓の外では、陽光に照らされた花々が風に揺れていた。
その光景は、まるでリリアナ自身の未来を映すかのように、明るく、確かな輝きを放っていた。
(……私の声で、誰かを救えるのなら――それこそが、ここで生きる意味なのだわ)
(私の声が人を癒すなんて、トレイヴァンにいた頃の私には決して気づけなかった……)
複雑な心境を抱えながらも、少しずつ前を向ける自分に気づく。
初めて王妃カリスタの前で朗読して以来、暇のある時にはぜひ来てほしいと頼まれ、それ以降は王宮に足を運ぶようになった。
ある日、王子たちから思いがけない言葉を告げられる。
「このまま無償で来てもらうのは心苦しい。あなたの時間を頂いているのだから、働きとして給金をお支払いしたいと思うのですが、いかがでしょう」
あまりに優遇された申し出に、リリアナは目を瞬かせた。
「そんな……。お給金がいただけるのは嬉しいですが、本当に良いのでしょうか?」
確かに今は姉の家に身を寄せ、負担をかけているのが心苦しかった。その思いを見透かすように、王子は穏やかに続ける。
「当然の資格であると思っています。是非お願いしたい」
「後日、日数や給金額を文書で提示します。納得いかない点があれば、遠慮なく仰ってください」
何ともありがたい言葉に、リリアナはただ深く頭を垂れるしかなかった。
「……ありがとうございます」
小さな決意を胸に刻み、リリアナは静かに顔を上げる。
こうして彼女は、帝国に「朗詠の乙女」としての第一歩を記したのだった。
――その頃、ドレイヴァンでは。
リリアナと別れて二年。
ヴァルディア辺境伯だったバルテルは、王弟の姪であるレナーテの企みにより、国王の座に押し上げられていた。
王妃となったレナーテは、学生の頃から才媛と評判であったが、その実、気性は横柄で我が強く、政務も自らが興味を持つ事しか手を付けようとしない。何より、彼女は学び舎にいた頃からずっとバルテルに恋焦がれており、今回も王弟に泣きついてリリアナと離縁させ、自らが王妃の座を掴み取ったのだった。
リアムとエアリスも城へと迎え入れられたが、リリアナの子であることがレナーテには癪に障る。露骨に冷たい視線を浴びせたい衝動を抑えているのは、ただ、子供たちを虐げればバルテルの怒りを買い、王妃としての自らの立場が危うくなるからに過ぎない。
レナーテが欲してやまないのは、ただバルテルの寵愛だった。
彼の心を振り向かせようと、自らとの子を望み、時に媚薬を仕込むなど手を尽くす。だが、バルテルは一顧だにしない。彼女の熱情は虚しく宙を彷徨うばかりであった。
一方のバルテルは、山積みの文書と政務に縛られ、子供たちの部屋を訪れることすらままならない。
それでも、何とか時間を作ってはリアム達の元へ一日に一度は必ず行くことにしていた。
リアムは四歳になり、まだ幼さの残る小さな体で必死に父を慕っていた。
だが夜になると、堪えていた想いが零れ落ちる。
「……父上。母上に、会いたいです」
その隣で、二歳になったばかりのエアリスが拙い声を絞り出した。
「僕は父上を守ってあげたい。でも、。。母上の顔を知らないの……」
エアリスは、母リリアナの顔を知らない。
生まれた時にはすでに母は去り、その温もりを覚えることさえできなかった。
彼が知る母の姿は、乳母マルタと侍女カタリナに重なっていた。
マルタは代々ヴァルディア家に仕えた乳母で、バルテルが信頼し、辺境から呼び寄せた女性である。
カタリナは、もとはリリアナの侍女エマが辞したあとに任命された。
エマはカイルと結婚して退いたため、その後を引き継ぎ、幼い兄弟の身の回りを甲斐甲斐しく世話してきた。
二人は、リアムとエアリスにとって母の代わりと言える存在だった。
幼い兄弟の言葉に、バルテルの胸は深く揺さぶられる。
「……お前たちを寂しい思いにさせてしまって本当にすまない」
何としてでもこの状況を変えなければ――その思いが胸を貫く。だが今は、王弟の後ろ盾が強く、どう動けばレナーテを失脚させられるのか、処罰や幽閉にまで持ち込めるのか、まだ見当もつかなかった。
(リリアナ……もしお前がここにいてくれたなら)
政の重圧と孤独に押し潰されそうになりながらも、バルテルは決して涙を見せず、国と子供たちを守る術を必死に探し続けるのだった。
――いつかレナーテを抑え込み、処刑か幽閉に追い込める日を夢見て。
そして、再びリリアナを迎え入れるその時を信じて。
その光景は、まるでリリアナ自身の未来を映すかのように、明るく、確かな輝きを放っていた。
(……私の声で、誰かを救えるのなら――それこそが、ここで生きる意味なのだわ)
(私の声が人を癒すなんて、トレイヴァンにいた頃の私には決して気づけなかった……)
複雑な心境を抱えながらも、少しずつ前を向ける自分に気づく。
初めて王妃カリスタの前で朗読して以来、暇のある時にはぜひ来てほしいと頼まれ、それ以降は王宮に足を運ぶようになった。
ある日、王子たちから思いがけない言葉を告げられる。
「このまま無償で来てもらうのは心苦しい。あなたの時間を頂いているのだから、働きとして給金をお支払いしたいと思うのですが、いかがでしょう」
あまりに優遇された申し出に、リリアナは目を瞬かせた。
「そんな……。お給金がいただけるのは嬉しいですが、本当に良いのでしょうか?」
確かに今は姉の家に身を寄せ、負担をかけているのが心苦しかった。その思いを見透かすように、王子は穏やかに続ける。
「当然の資格であると思っています。是非お願いしたい」
「後日、日数や給金額を文書で提示します。納得いかない点があれば、遠慮なく仰ってください」
何ともありがたい言葉に、リリアナはただ深く頭を垂れるしかなかった。
「……ありがとうございます」
小さな決意を胸に刻み、リリアナは静かに顔を上げる。
こうして彼女は、帝国に「朗詠の乙女」としての第一歩を記したのだった。
――その頃、ドレイヴァンでは。
リリアナと別れて二年。
ヴァルディア辺境伯だったバルテルは、王弟の姪であるレナーテの企みにより、国王の座に押し上げられていた。
王妃となったレナーテは、学生の頃から才媛と評判であったが、その実、気性は横柄で我が強く、政務も自らが興味を持つ事しか手を付けようとしない。何より、彼女は学び舎にいた頃からずっとバルテルに恋焦がれており、今回も王弟に泣きついてリリアナと離縁させ、自らが王妃の座を掴み取ったのだった。
リアムとエアリスも城へと迎え入れられたが、リリアナの子であることがレナーテには癪に障る。露骨に冷たい視線を浴びせたい衝動を抑えているのは、ただ、子供たちを虐げればバルテルの怒りを買い、王妃としての自らの立場が危うくなるからに過ぎない。
レナーテが欲してやまないのは、ただバルテルの寵愛だった。
彼の心を振り向かせようと、自らとの子を望み、時に媚薬を仕込むなど手を尽くす。だが、バルテルは一顧だにしない。彼女の熱情は虚しく宙を彷徨うばかりであった。
一方のバルテルは、山積みの文書と政務に縛られ、子供たちの部屋を訪れることすらままならない。
それでも、何とか時間を作ってはリアム達の元へ一日に一度は必ず行くことにしていた。
リアムは四歳になり、まだ幼さの残る小さな体で必死に父を慕っていた。
だが夜になると、堪えていた想いが零れ落ちる。
「……父上。母上に、会いたいです」
その隣で、二歳になったばかりのエアリスが拙い声を絞り出した。
「僕は父上を守ってあげたい。でも、。。母上の顔を知らないの……」
エアリスは、母リリアナの顔を知らない。
生まれた時にはすでに母は去り、その温もりを覚えることさえできなかった。
彼が知る母の姿は、乳母マルタと侍女カタリナに重なっていた。
マルタは代々ヴァルディア家に仕えた乳母で、バルテルが信頼し、辺境から呼び寄せた女性である。
カタリナは、もとはリリアナの侍女エマが辞したあとに任命された。
エマはカイルと結婚して退いたため、その後を引き継ぎ、幼い兄弟の身の回りを甲斐甲斐しく世話してきた。
二人は、リアムとエアリスにとって母の代わりと言える存在だった。
幼い兄弟の言葉に、バルテルの胸は深く揺さぶられる。
「……お前たちを寂しい思いにさせてしまって本当にすまない」
何としてでもこの状況を変えなければ――その思いが胸を貫く。だが今は、王弟の後ろ盾が強く、どう動けばレナーテを失脚させられるのか、処罰や幽閉にまで持ち込めるのか、まだ見当もつかなかった。
(リリアナ……もしお前がここにいてくれたなら)
政の重圧と孤独に押し潰されそうになりながらも、バルテルは決して涙を見せず、国と子供たちを守る術を必死に探し続けるのだった。
――いつかレナーテを抑え込み、処刑か幽閉に追い込める日を夢見て。
そして、再びリリアナを迎え入れるその時を信じて。
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