観月異能奇譚

千歳叶

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第二章 弓張月

疎外感と居場所

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 バタン。わたしの目の前で、無情にもドアが閉められる。声をかけてもドアに拳をぶつけても中からの反応はない。

「……はぁ」

 大きなため息を一つ。生贄……囮として巻き込むなら、最初から何も知らせないでほしい。中途半端な情報だけ与えられたら気になってしまうのに。
 彼らへの追及を諦め、班へ戻ろうと階段を上る。第四班のドアを開けると、男女の話し声が聞こえた。和やかとは言いがたい雰囲気だ。揉めているのだろうか。

「……だから、俺じゃなくて親に言ってよ」
「そのために取り次ぎをお願いしたいんです。薬師川さんのご両親と直接お会いできる機会もありませんから」

 お互い険のある言葉ではないが、口調の端々から苛立ちが滲み出ている。このまま放置してはいけない気がして、わたしは彼らに声をかけた。

「喧嘩なら外でやって……って、結?」

 言い合っていたのは、漣と――結だ。彼女はわたしを見ると気まずそうに笑う。

「すみません、騒がしくしてしまって」
「いや、そこまでうるさいわけじゃないけど。漣と何か話してたよね、わたしが聞いても平気なの?」

 暗に「喧嘩するなら場所を考えろ」と非難すると、彼女は再び謝罪を口にして小さくなった。わたしたちの間に割って入るように、漣が「そんなに怒らないであげて」と声を飛ばす。

「何他人事みたいに言ってるの、漣は当事者でしょ」
「そうとも言う。まぁ聞かれちゃまずい話はしてないから、律月さんも同席してよ」

 漣に促されるまま、わたしは二人の話に耳を傾ける。どうやら、話題は〈三日月〉の訓練――異能が使えなかったこと――に関するものらしい。

「模擬戦闘プログラムにバグを発見しました。他の団体に寄与されたプログラムでも同様のトラブルが起きる可能性があります」
「俺に話したって意味ないよ。さっきもそう言ったよね?」
「薬師川のグループ企業が開発を主導した以上、無関係を貫くのは無理があると思いますよ」
「ちょ、ちょっと待って、わたしにもわかるように説明して」

 険悪になりつつある空気にストップをかける。素直に言葉を止めた結に、改めて事情を説明してほしいと頼んだ。

「音島さん、訓練で私たちの異能が使えなくなったことは覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん。それと漣が関係してるの?」

 眉を寄せるわたしに対し、漣がぶんぶんと首を横に振る。結も「直接は関係していませんよ」と否定した。

「まだ犯人はわかっていませんが、プログラムのバグが原因であると判明しました。そこで、開発元へ報告したいのです」
「つまり俺はただの伝書鳩ってわけ。嫌になるよねー、親の尻拭いなんてさ」

 親の尻拭い。どこかで誰かも言っていたような言葉を吐き出した漣は大きく伸びをした。そして結に向き直り「しょうがないなぁ」と曖昧に笑う。

「親に連絡してみるよ。その後どう転がるかは保証しないけど」
「その言葉を期待していました。ありがとうございます」

 結が安心したように笑った。やり取りは無事に収束しそうだ。わたしも笑みを浮かべる。
 スマホを操作し始めた漣を何気なく見つめていると、彼は「そういえば」と思い出したように口を開いた。

「結さんは将来どうするつもり? 大学出た後とか、考えてるんでしょ?」

 連絡を終えたのか、漣はスマホをしまう。そして結の方を見やり「いろいろ面倒だよねー」と口元を笑みの形に歪めた。

「……もちろん考えています。でも――」
「俺には関係ない話だ、って?」

 二人の間に不穏な空気が漂い始める。先ほどと違うのは、漣の追及を結が躱そうとしていることだ。
 再び割って入るべきだろうか。迷うわたしを置いて二人の攻防は続く。

「その時限りの正義感で場を引っかき回すのはどうかと思うなぁ。どうせ、結さんにはこの組織に骨を埋める気ないんだろうし?」
「……何が言いたいんですか」
「単なる忠告、みたいな? 余計なお世話かもしれないけど、君の信者さんたちは君に従うことしかしないようだから」
「悪意に満ちた言い回しで私を挑発したいようですが、その手には乗りませんよ」

 あぁもう、我慢の限界だ。わたしは机を三度叩いて声を張り上げる。

「喧嘩なら外でやって。二人にしかわからない話にわたしを巻き込まないで」

 睨みつけると、ようやく二人はわたしの存在を思い出したようだった。気まずそうな顔になる。

「あー……ごめんね、律月さん」
「……すみません」

 へらりと笑う漣を物言いたげに見つめ、結が立ち上がった。頭を冷やします、と言い残した彼女はドアへと歩を進める。

「薬師川さん、最後に一つだけいいですか」

 ドアに手をかけたところで結はぴたりと足を止めた。漣の返答を待つことなく言葉を継ぐ。

「あなたと私は別の家に生まれた、別の人間ですよ。――薬師川家の常識だけで物事を語るべきではない、と忠告させていただきます」
「頭の片隅にでも置いておくよ」

 端から漣の反応に興味はなかったのか、結は彼の言葉を遮るように退室する。遠ざかる足音だけが刺々しく響いた。
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