観月異能奇譚

千歳叶

文字の大きさ
33 / 128
第二章 弓張月

薬師川漣の無気力

しおりを挟む
「終わった終わった。こんなのに巻き込まれるなんて、律月さんも災難だねー」

 さも「面倒な対応が終わった」と言いたげに、漣が肩を回す。結の言葉は微塵も響いていないようだ。

「……それだけ?」

 思わず問いかけるが、漣は小さく笑うだけ。それ以外に言うことはないと、言外に匂わせていた。

「さて、と。他の人たちもまだ戻ってこないみたいだし、俺たちだけでおやつ食べちゃおっか」
「食べる」

 差し出された焼き菓子を受け取る。平べったい直方体を頬張っていると、漣はバウムクーヘンの年輪を数枚だけ剥がして口に運んでいた。ついまじまじと眺めてしまう。

「あげないよ?」
「人の食べかけ貰うほど意地汚くない。そうじゃなくて、なんか変わった食べ方してるなって」
「ついつい剥がしたくなっちゃうんだよなー。見てて不快なら止めるよ」

 別に気にしない、とわたしが言い終える前に、漣は再び層を剥がす。最初からわたしの言葉を聞く気はなかったらしい。

「漣、聞いてもいい?」

 焼き菓子を食べ終えたわたしは、ゴミを片付けながら漣に問いかける。なぜ結を嫌っているのか、と。あくまで世間話の一環として、彼を責め立てるような口調にはならないように。
 細心の注意を払って投げかけた質問には、漣の「別に嫌ってないよ?」という不思議そうな声が返ってきた。

「そうは見えないけど」
「まぁ多少の苦手意識はあるけど、嫌いじゃない。そもそも嫌いになるほど関わりもないし」
「ふーん?」

 そんな説明で納得できるわけがない。じとりと見やると、漣は苦笑して両手を挙げた。

「わかったよ。ちゃんと説明するから」

 漣は組んでいた足を戻す。退屈な話になるけど、と言いながら彼はノートをデスクに広げた。

「結さんの家庭事情は知ってる? 有名な食品メーカーの創業者一族なんだけど」
「……まさか、さっきのお菓子……」

 わたしは恐る恐る尋ねる。記憶が正しければ、先ほど捨てたばかりのパッケージに「フジタ」と記載されていた。直後、その予想は肯定される。

「正解。それ以外にもパンとかジュースとか、フジタ印の飲食物はあちこちにあるよ」

 今飲んでるお茶もね。続けられた言葉に咳き込む。気管へ侵入した液体を咳で追い出していると、漣がティッシュを差し出してきた。ありがたく受け取る。

「あらら、大丈夫? 大丈夫じゃなくても話続けるね」

 あんたも鬼だったのか――そう言ってやりたいが、ゲホゲホと咳き込んでいるうちは文句の一つも言えやしない。彼の父親が立ち上げた医薬品メーカーについての話を聞き流し、わたしはお茶で喉を潤す。
 ようやく咳が治まると、彼は「もう平気?」と笑った。そろそろ本題ね、と。

「薬師川家……というか俺の親はフジタを目の敵にしてて、何かにつけて結さんと競わせようとするんだ。当然、仲良くなるなんて以ての外」
「ふーん……。でも、親が結の話ばっかりしてたら嫌にならない?」
「そりゃあね。子供の頃は結さんの顔も知らなかったのに、不幸になれって呪ったこともあるよ」

 わたしの疑問に答えた漣は、開きっぱなしのノートにペンを立てた。真っ白なページに黒い点がつく。
 トントントントン。いくつもの点を書き加えた漣は、やがてぴたりと手を止め「でもね」と呟いた。

「俺が嫌うべきは三歳年下の女の子じゃなくて、比較しかしない親の方。そう気づいてから不毛な恨み事は言わなくなったな」
「前向きになったってこと?」
「違う、面倒になったんだ。結さんを嫌うことも、必死になって努力することも……何もかもどうでもよくなった」

 ペンが音を立てて転がる。漣はそれを視線だけで追い、やがてわたしに目を戻した。

「そしたら親がめちゃくちゃキレてさ、俺を〈九十九月ここ〉に押しつけたんだよ。ほとんど勘当みたいな感じで」
「勘当……」
「家から追い出されたってこと。ま、あの家族に愛着なんてないからいいんだけど」

 言葉の意味を聞きたかったわけではないのだが、何かを言うことなく口を閉ざす。いくら本人が「愛着なんてない」と言っていても、家族との縁が切れたことを喜べるはずがなかった。

「……漣の事情はわかった。いつもだるそうな目をしてるのはそのせいなんだね」
「え、顔に出てた? 他の人には何も言われたことないんだけどな」

 神妙に頷いて、とりあえず話題を逸らす。すると漣は目を丸くした。瞳は純粋な驚きで彩られていて、普段の冷めた目つきは見当たらない。

「本気で気持ちを隠したいなら千秋を見習うといいと思うよ」
「あー……。あの人は、ねぇ……」

 曖昧な笑みで誤魔化すと、漣は瞬きを一つした。再び開かれた目は普段通りの気だるげなもので、先ほどの驚いた顔は錯覚だったのかと疑ってしまう。

「あの人を見習って優秀になったら家に連れ戻されそうだよねー。俺、この組織に骨を埋めるつもりだから」

 軽薄な微笑からは真偽を読み取れない。わたしは深く追及せず「そっか」と話を打ち切った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】離縁ですか…では、私が出掛けている間に出ていって下さいね♪

山葵
恋愛
突然、カイルから離縁して欲しいと言われ、戸惑いながらも理由を聞いた。 「俺は真実の愛に目覚めたのだ。マリアこそ俺の運命の相手!」 そうですか…。 私は離婚届にサインをする。 私は、直ぐに役所に届ける様に使用人に渡した。 使用人が出掛けるのを確認してから 「私とアスベスが旅行に行っている間に荷物を纏めて出ていって下さいね♪」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...