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4話
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槻川さんとは正門前で、透山とは駅で別れ、実晴と並んで帰路に着く。
学校から三駅先の場所で電車を降りると、見慣れた街並みが広がる。
緑が多いといえば聞こえがいいが、これといった名物や名所もないこの場所が俺たちの生まれ育った街だった。それでも、駅前は駅ビルや商業施設ほどではないものの、薬局や本屋、居酒屋、クリニックなどが入っており、生活するには困らない。都会ほど人もいないので、案外気に入っていた。
駅から十五分ほど歩くと住宅密集地が現れる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
自分の家には入らず、与木家の門をくぐる。
家は目と鼻の先にあるものの、わざわざ荷物を置き着替えに戻るのも億劫で、こうして学校帰りにそのままあがらせてもらうことが多い。
実晴の部屋には、小さなテレビが置いてあって、二人してベッドを背にコントローラーを握るのがお決まりだった。
俺と実晴の間に置かれた折りたたみテーブルの上にはサイダーを注いだコップが二つ並び、水滴がコップを囲むようにして輪をつくる。
火を吹いたり地鳴らしを起こしたりするモンスターたちを相手に、一時間は格闘していたと思う。俺は足を投げ出して上半身のすべてをベッドに預けんともたれかかっていた。ゲームの難易度が上がり、進みが遅くなってきたのである。
その日五度目となるゲームオーバーの文字を目に映したところで、実晴がメニュー画面を開いて止めた。一時休戦ということだろう。
コントローラーをベッドに放って部屋を出て行く実晴を横目に、舌先でかすかに残る刺激を感じながら、コップの半分もなくなったサイダーをグッと飲み干す。二分もしないうちに戻ってきた実晴がベッドに腰を下ろしたのと同時に、首筋に冷たいものが当てられる。ひぃ、と思わず情けない声を上げてしまった俺は、背後の実晴を振り返って思い切りにらみつけた。視界に入ったのは、木の棒がついた水色の直方体。
「さっきのお詫び」
何が面白かったのか、キラキラ王子と呼ばれる美しいかんばせを崩しニヤニヤと笑う。その姿に腹が立ち、アイスをぶん取る。勢いそのままに透明の袋を破って、ソーダ味の氷にかじりついた。固い感触の先に、やわらかで甘い味を見つける。バニラだ。
実晴は少し機嫌が上向いた俺に気づくと、フッと笑って自分の袋を破いた。おまえも食うのかよ。
からかわれてばかりでおもしろくなかったので、俺もちょっとやり返したくなった。放課後の出来事を思い出して、実晴に話しかける。
「告白されたんだろ? 今回はいつまで続くだろうな」
実晴は最近、とうとう付き合っては別れのループにうんざりしてきたようで、この話題になると口数が少なくなる。それを承知の上で突っ込んだ。
一島日波さん。一年のときに実晴とともに同じクラスを過ごし、実晴の恋人だった人。俺とは二年連続同じクラスだ。
くるっとカールした髪からは石けんの香りがする。唇がピンクでつやつやとしているので、化粧もしているのだろうが、けばけばしさはなく華やかな顔を引き立てている。
あー、と気のない返事を寄越す実晴。こちらを見ようともしない。
「断ったよ」
へぇ、と声が出る。意外だ。恋人がいないときなら百発百中で了承していたのに。
「元カノだからか?」
「そんなんじゃなくてさ」
もういいやと思って、と口を大きく開けてアイスにかじりつく。心底面倒臭そうな様子で、ゆっくりまばたきをしてこちらに視線をやった。
「毎回『好きです』って告白されて『思ってたのと違った』って振られるんだよ」
告白する前もその後も大して僕のこと知らないのにね、とアイスを食べ進める。
それはおまえが彼女ほっぽいて幼なじみと遊んでいるのも原因なんじゃないか、とメニュー画面を見ながら考えたが、アイスとともに飲みこんで背を反らして天井へと視線を移した。
実晴の歴代彼女の顔を思い浮かべる。ポニーテールが印象的なテニス部の人、涼し気な目元のミステリアスな人、ふわふわしていて可愛らしく笑う人。見た目ぐらいしかわかることはないが、ほぼ全員の顔を頭の中に浮かべることができた。それぞれが魅力的な女の子だ。
男の俺は土俵に上がることもできない。
気が付けば恋人が変わっているような実晴だが、今の今まで男と付き合っているのは見たことがなかった。
まぶたを強く閉じて思考を霧散させる。別に女の子になりたいわけではないが、もしそうだったら実晴と手をつないだり、腕を組んで歩いたりするチャンスがあったのだろうか。
当の実晴はゲームを続けるかタイトルに戻るかを問う画面をぼーっと見つめている。その手元を見るとアイスの輪郭がまるくなって溶け始めていた。
「有誠となら付き合った後も楽しいだろうにね」
静寂が耳に突き刺さったような感覚におそわれる。隣でにこにこと話していた相手が、突如氷と水が混じったグラスの中身を顔面に浴びせてきたくらいの衝撃である。最悪な冗談だった。おまえは俺を好きになんてならないくせに。
からかわれた仕返しに話を振っただけなのに、これでは完全な自滅だ。俺はすべてを放棄してこの場から走り去りたくなる衝動をこらえ、実晴の冗談に付き合ってやることにした。
「じゃあ付き合うか?」
画面を眺めていた目が俺の方を向く。俺よりも色素の薄い瞳が、大きく開いていくのがスローモーションのように見えた。
これでちょっとは困ればいい。返答に困るなら真に受けるなよって笑ってやる。
どうせ叶わないんだから、この冗談のやり取りで告白まがいのことをするくらいは許してほしい。
数秒かもっと短い間か、動きを停止していた実晴はすぐに元の表情に戻って逡巡する素振りを見せた。
その姿に首をかしげる。何を考えることがあるんだ。さっさと流すか困って謝るかしてこの地獄のノリを終わらせろ。
その願いがとどいたのか実晴はうつむいていた顔を上げ、俺を見据えた。細められた目と弓なりになった唇に、思わず肩がびくりと震える。
「いいね、付き合おうか」
そう言うと実晴は残りひとくちとなったアイスのかけらを飲み込んだ。
学校から三駅先の場所で電車を降りると、見慣れた街並みが広がる。
緑が多いといえば聞こえがいいが、これといった名物や名所もないこの場所が俺たちの生まれ育った街だった。それでも、駅前は駅ビルや商業施設ほどではないものの、薬局や本屋、居酒屋、クリニックなどが入っており、生活するには困らない。都会ほど人もいないので、案外気に入っていた。
駅から十五分ほど歩くと住宅密集地が現れる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
自分の家には入らず、与木家の門をくぐる。
家は目と鼻の先にあるものの、わざわざ荷物を置き着替えに戻るのも億劫で、こうして学校帰りにそのままあがらせてもらうことが多い。
実晴の部屋には、小さなテレビが置いてあって、二人してベッドを背にコントローラーを握るのがお決まりだった。
俺と実晴の間に置かれた折りたたみテーブルの上にはサイダーを注いだコップが二つ並び、水滴がコップを囲むようにして輪をつくる。
火を吹いたり地鳴らしを起こしたりするモンスターたちを相手に、一時間は格闘していたと思う。俺は足を投げ出して上半身のすべてをベッドに預けんともたれかかっていた。ゲームの難易度が上がり、進みが遅くなってきたのである。
その日五度目となるゲームオーバーの文字を目に映したところで、実晴がメニュー画面を開いて止めた。一時休戦ということだろう。
コントローラーをベッドに放って部屋を出て行く実晴を横目に、舌先でかすかに残る刺激を感じながら、コップの半分もなくなったサイダーをグッと飲み干す。二分もしないうちに戻ってきた実晴がベッドに腰を下ろしたのと同時に、首筋に冷たいものが当てられる。ひぃ、と思わず情けない声を上げてしまった俺は、背後の実晴を振り返って思い切りにらみつけた。視界に入ったのは、木の棒がついた水色の直方体。
「さっきのお詫び」
何が面白かったのか、キラキラ王子と呼ばれる美しいかんばせを崩しニヤニヤと笑う。その姿に腹が立ち、アイスをぶん取る。勢いそのままに透明の袋を破って、ソーダ味の氷にかじりついた。固い感触の先に、やわらかで甘い味を見つける。バニラだ。
実晴は少し機嫌が上向いた俺に気づくと、フッと笑って自分の袋を破いた。おまえも食うのかよ。
からかわれてばかりでおもしろくなかったので、俺もちょっとやり返したくなった。放課後の出来事を思い出して、実晴に話しかける。
「告白されたんだろ? 今回はいつまで続くだろうな」
実晴は最近、とうとう付き合っては別れのループにうんざりしてきたようで、この話題になると口数が少なくなる。それを承知の上で突っ込んだ。
一島日波さん。一年のときに実晴とともに同じクラスを過ごし、実晴の恋人だった人。俺とは二年連続同じクラスだ。
くるっとカールした髪からは石けんの香りがする。唇がピンクでつやつやとしているので、化粧もしているのだろうが、けばけばしさはなく華やかな顔を引き立てている。
あー、と気のない返事を寄越す実晴。こちらを見ようともしない。
「断ったよ」
へぇ、と声が出る。意外だ。恋人がいないときなら百発百中で了承していたのに。
「元カノだからか?」
「そんなんじゃなくてさ」
もういいやと思って、と口を大きく開けてアイスにかじりつく。心底面倒臭そうな様子で、ゆっくりまばたきをしてこちらに視線をやった。
「毎回『好きです』って告白されて『思ってたのと違った』って振られるんだよ」
告白する前もその後も大して僕のこと知らないのにね、とアイスを食べ進める。
それはおまえが彼女ほっぽいて幼なじみと遊んでいるのも原因なんじゃないか、とメニュー画面を見ながら考えたが、アイスとともに飲みこんで背を反らして天井へと視線を移した。
実晴の歴代彼女の顔を思い浮かべる。ポニーテールが印象的なテニス部の人、涼し気な目元のミステリアスな人、ふわふわしていて可愛らしく笑う人。見た目ぐらいしかわかることはないが、ほぼ全員の顔を頭の中に浮かべることができた。それぞれが魅力的な女の子だ。
男の俺は土俵に上がることもできない。
気が付けば恋人が変わっているような実晴だが、今の今まで男と付き合っているのは見たことがなかった。
まぶたを強く閉じて思考を霧散させる。別に女の子になりたいわけではないが、もしそうだったら実晴と手をつないだり、腕を組んで歩いたりするチャンスがあったのだろうか。
当の実晴はゲームを続けるかタイトルに戻るかを問う画面をぼーっと見つめている。その手元を見るとアイスの輪郭がまるくなって溶け始めていた。
「有誠となら付き合った後も楽しいだろうにね」
静寂が耳に突き刺さったような感覚におそわれる。隣でにこにこと話していた相手が、突如氷と水が混じったグラスの中身を顔面に浴びせてきたくらいの衝撃である。最悪な冗談だった。おまえは俺を好きになんてならないくせに。
からかわれた仕返しに話を振っただけなのに、これでは完全な自滅だ。俺はすべてを放棄してこの場から走り去りたくなる衝動をこらえ、実晴の冗談に付き合ってやることにした。
「じゃあ付き合うか?」
画面を眺めていた目が俺の方を向く。俺よりも色素の薄い瞳が、大きく開いていくのがスローモーションのように見えた。
これでちょっとは困ればいい。返答に困るなら真に受けるなよって笑ってやる。
どうせ叶わないんだから、この冗談のやり取りで告白まがいのことをするくらいは許してほしい。
数秒かもっと短い間か、動きを停止していた実晴はすぐに元の表情に戻って逡巡する素振りを見せた。
その姿に首をかしげる。何を考えることがあるんだ。さっさと流すか困って謝るかしてこの地獄のノリを終わらせろ。
その願いがとどいたのか実晴はうつむいていた顔を上げ、俺を見据えた。細められた目と弓なりになった唇に、思わず肩がびくりと震える。
「いいね、付き合おうか」
そう言うと実晴は残りひとくちとなったアイスのかけらを飲み込んだ。
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