あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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14話

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 夏休みに入り、浮かれた気分の学生たちとは反対に、俺の気分は地の底まで沈んでいた。スニーカーサンダルのソールがすり減るのも構わず、重たい足を引きずって歩く。

 改札付近は人でごった返していた。帰宅ラッシュの時間帯と重なったのもそうだが、なんといっても。

 きゃらきゃらと笑い声を上げながら、浴衣や甚平姿の子どもが脇を通り抜けていく。そして、なぜか延々と流されている祭囃子の録音。

 夏祭りの日が来てしまった。

 例によって一島さんに召集をかけられた俺は、電車に乗って学校の最寄り駅まで来ていた。祭りの会場は駅から十分ほど歩いた先の川沿いにある。

「亜食ー! こっちこっち!」

 人混みの中から自分の名前を呼ぶ声が聞こえるが、姿を捉えられない。周辺に商業施設や学校があるので普段から人通りは多いが、今日は段違いだった。

 改札を抜けるとTシャツにハーフパンツといったラフな服装の透山が大きく手を振るのが見えた。その隣には浴衣姿の槻川さんと一島さん。そして、実晴。

「ごめん、遅くなった」
「時間通りだよ。亜食も浴衣なんだ。似合ってる」

 簡単に着られるセパレートタイプを選んだが、結局手間取って予定よりも一本遅い電車になってしまった。

 自分だけ浴衣だと浮くから、という理由で一島さんに押されに押されて着たのだが、槻川さんも浴衣だったのなら俺は必要なかった。紺地にグレーのラインが入った浴衣を見下ろす。当然浴衣など持っていなかったので、新たに購入する羽目になった。小遣いの範囲で出せる値段ではなかったため、母にメッセージで相談すると、嬉々として購入費用を渡された。これで難色を示されたなら断る理由になったというのに。それどころか、祭りでの軍資金までもらってしまった。

 ちら、と横目で実晴を確認する。
 白Tシャツに黒色のデニム、同じく黒のスニーカーというシンプルな装いだが、それがより一層スタイルの良さを引き立てていた。見ていたことを悟られないようさっと視線を外す。

 正直今日は来ないと思っていた。俺が参加することは事前に一島さんから聞いていたはずだ。気にするまでもないと思ったのかもしれないが。

 祭り会場は暗闇に突然現れた島のごとく、一帯でそこだけに煌々と明かりが灯っていた。

 普段は小学生の野球チームやサッカーチームなどが使用している大きなグラウンドなのだが、この日限定で屋台ややぐらが設置されるのだ。屋台のまぶしいライトに吸い寄せられた人々が、続々と会場に集まる。

「何からまわる?」

 槻川さんが会場を見渡しながら問いかけると、透山と一島さんがそれに答える。

「俺金魚すくいしたい!」
「射的やったことないから行ってみたいな」
「おー、いいな! じゃあ射的に行った後、金魚すくいを……」

 透山が全部言い切る前に、悪いと思ったが会話に割り込んだ。

「ふ、二手に分かれないか? 五人で固まってたら動きにくいし、邪魔になるかもしれないし……俺、金魚すくいやりたいなー、透山と槻川さんいっしょに行かない?」
「そ、そうね! じゃあはるくんは私とどうかな」

 俺の意図をくみ取った一島さんが実晴に笑いかける。カラオケでは何の役にも立てなかったので、どうにかアシストしたい。強引な理由を並べてしまった気がするが、わざわざ断る理由もないはずだ。

 ふいに実晴の視線がこちらに向けられるのがわかり、目が合う寸前であわてて透山と槻川さんに向き直る。

「……そうだね。いっしょに行こうか」


 金魚すくいは主に小さな子どもが列を成していた。楽しみで仕方ないのか、親の服を引っ張ったり、ちょろちょろとあたりを動き回っている。俺たちの前には四組の客がおり、順番が回ってくるまでは少し時間がかかりそうだった。

 カラオケでは実晴を途中離脱させてしまったが、今回はうまくいっていると思う。二手に分かれることを提案し、見事一島さんと実晴を二人にすることに成功した。この調子で花火が始まるころに再び二人だけにできれば、一島さんが実晴に告白する機会を作ることができる。

 浴衣は布で覆われている面積が多いせいか、いつにも増して暑かった。肌にまとわりつくような不快感を覚え、あわせをゆるめて首元をあおぐ。

 二人は今ごろ何を話しているのだろう。一島さんは緊張しているかも。実晴は案外鈍いところがあるので、それには気づかないだろうな。

 もし二人が付き合ったら。いっしょに帰るのも昼飯を食べるのも休日を過ごすのも、全部俺じゃなくなるのか。そもそも、俺の気持ちに気づいていたとしたら、もう友人とすら名乗れないのかもしれない。

 それは、すごく。

「亜食? 大丈夫か?」

 透山が心配そうにのぞきこんでいた。槻川さんも観察するように俺の顔を見る。

 ハッとして、無意識に握りしめていた襟を離す。

「大丈夫。暑すぎてぼーっとしてただけだ」
「……透山、あんた一人で金魚すくいやってきて。私と亜食はあんまり興味ないし」
「え? でも亜食やりたいって言ってたような……」
「ちょっと座れるところで休んでくるから。他の二人にも言っといてね」
「わかった、亜食の分もとってくるわ! 何色がいい?」
「いや、俺はいい……」

 口をはさむ間もなく休むことが決定してしまった。かろうじて金魚を辞退すると、透山がしょんぼりと肩を落とす。やや罪悪感を感じながら、俺は槻川さんと屋台がにぎわう祭り会場の中心から離れたのだった。
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