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13話
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昼前の突発的な豪雨により、草木には露が滴り、アスファルトには大きな水たまりがいくつもつくられていた。それとは対照的に、目が痛くなるほどの青空と、肌を焼くような太陽。
期末テストが終わり、夏休み目前。終業式を前に三者面談がおこなわれるため、四日間授業は休みになる。
今日は面談に当たっているため、仕事帰りの母と学校の最寄り駅で待ち合わせして向かう予定だった。
玄関ドアの覗き穴から外に人の気配がないことを確認すると、身をすべらせるようにしてドアのすき間を通り抜ける。ほっと息をついたのもつかの間、正面に建つ家の玄関ドアがガチャッと音を立てて開き、思わず飛び上がった。
「あ、有誠くんじゃん。こんにちは」
出てきたのは実晴ではなく、妹の莉温ちゃんだった。顎まで伸ばしたゆるくくせがかった髪、たれ目がちな瞳は、兄妹そろって光に透かしたような淡い茶色だ。
兄の部屋に自分の漫画を置き、年上の俺に対しても物怖じせず話しかけてくる。兄妹よく似た容姿で、莉温ちゃんもかなりの人気者だ。その顔立ちとさっぱりとした性格で、通う中学にはファンクラブが存在しているとか、いないとか。
莉温ちゃんも面談のために中学が休みで、友人と駅で待ち合わせて遊びに行くという。目的地が同じため、駅までいっしょに歩くこととなった。
「この前ご飯食べに来てたんでしょ? 言っといてよ。そしたら食べずに帰ってきたのに」
「はは……急に決まったから」
「どうせ実晴が強引に引っ張ってきたんだろうけど。……で」
兄貴がなんかした? と、眉間にしわを寄せて顔を近づけてくるのに、目を見開く。
実晴が何かした前提なのが少々不憫だったが、それにしてもなぜ、そんなことを聞くのか。疑問が顔に出ていたらしく、莉温ちゃんが言葉を続ける。
「最近有誠くん全然遊びに来ないし、実晴は黒いオーラまとってて陰気臭いし、口を開けば有誠くんの話ばっかしてるのにそれもないし。何かやらかしたんだなーって思ってたんだけど」
「実晴は何もしてない……というか、やらかしたのは俺で…………」
苦笑いを浮かべながら首を触る俺に、今度は莉温ちゃんが目を見開いた。口ごもり、それ以上は話さない様子を見て、深くは聞かないでいてくれるようだった。
「ふーん。はやく仲直りしてね。あいつ有誠くんに構ってもらえないと死ぬから」
「死なないだろ」
冗談だと思って笑うと、莉温ちゃんは思い切り顔をしかめて俺を見る。
「本気で言ってる? 今のあいつの顔見てほしいわ……なんなら呼び出す? 家にいるけど」
「それは遠慮したいな……」
今、実晴と会ってもまともに話せる自信がなかった。学校では一切話していない。それどころか顔も合わせていない。わかりやすく避けていた。だって、あんなことをして、合わせる顔がない。
話しているあいだに、とうに駅前を通り過ぎていた。朝のラッシュの時間帯を過ぎているので、改札前には人気がない。宝くじ売り場にも駅ナカのコンビニにも客はいなかった。
「早めに仲直りしてね」
バイバーイと、手を振って見送ってくれる莉温へ控えめに手を振り返しつつ、ICカードをタッチして改札を通る。
『有誠くんに構ってもらえないと死ぬから』
電車に揺られているあいだ、莉温ちゃんが言った言葉を反芻する。
そんなことがあるのだろうか。
記憶の限り、実晴が落ちこんでいる姿は見たことがない。社交的だから誰とでもうまくやっているし、恋人に振られたときだって、毎回へらっと笑うだけでダメージを受けた様子はなかった。
俺といるときだって、気を抜いている無表情か、俺をからかって笑っているか、だ。
あの日、俺が逃げるように二階へ行ったとき、実晴はどんな顔をしていたのだろう。
はた、と実晴の行動に思いを馳せる。始まりは、俺の冗談を受け入れたとき。でもそれは、女子からの告白を避けるためにちょうどよかったからで。
ではなぜ、俺のお遊びに黙って付き合っていたのか。俺がカフェに誘ったときも、明らかにいつもと違う行動だったと自覚しているし、別に実晴はそれに付き合う必要はなかった。いつもの遊びに行く延長だと思ったから? それとも優しいから断れなかった?
スキンシップが増えたのは? いくらくっついていても周囲に関係を言いふらしていなければ、俺と実晴とでは、付き合っているとは思われない気がする。実際誰にも何も言われていない。それでは実晴に言い寄る人を絶やすことはできない。それに、人のいないところでくっつくことも意味がない。
そして、俺がキスしようとしたとき。あそこまでして俺が何をしかけたのか、気がつかないわけがない。
一つの可能性に思い当たり、足元が急激に崩れ落ちていく感覚におそわれる。
もしかして、とっくに俺の気持ちに気づいていた?
やさしさから俺に付き合ってくれていたのか? 幼なじみとの関係を壊さないために。
扉の側に付けられた金属製の手すりに、すがりつくようにして両の手に力をこめる。降りる駅の名前がアナウンスされていることに気が付くまで、凍り付いたみたいに動くことができなかった。
期末テストが終わり、夏休み目前。終業式を前に三者面談がおこなわれるため、四日間授業は休みになる。
今日は面談に当たっているため、仕事帰りの母と学校の最寄り駅で待ち合わせして向かう予定だった。
玄関ドアの覗き穴から外に人の気配がないことを確認すると、身をすべらせるようにしてドアのすき間を通り抜ける。ほっと息をついたのもつかの間、正面に建つ家の玄関ドアがガチャッと音を立てて開き、思わず飛び上がった。
「あ、有誠くんじゃん。こんにちは」
出てきたのは実晴ではなく、妹の莉温ちゃんだった。顎まで伸ばしたゆるくくせがかった髪、たれ目がちな瞳は、兄妹そろって光に透かしたような淡い茶色だ。
兄の部屋に自分の漫画を置き、年上の俺に対しても物怖じせず話しかけてくる。兄妹よく似た容姿で、莉温ちゃんもかなりの人気者だ。その顔立ちとさっぱりとした性格で、通う中学にはファンクラブが存在しているとか、いないとか。
莉温ちゃんも面談のために中学が休みで、友人と駅で待ち合わせて遊びに行くという。目的地が同じため、駅までいっしょに歩くこととなった。
「この前ご飯食べに来てたんでしょ? 言っといてよ。そしたら食べずに帰ってきたのに」
「はは……急に決まったから」
「どうせ実晴が強引に引っ張ってきたんだろうけど。……で」
兄貴がなんかした? と、眉間にしわを寄せて顔を近づけてくるのに、目を見開く。
実晴が何かした前提なのが少々不憫だったが、それにしてもなぜ、そんなことを聞くのか。疑問が顔に出ていたらしく、莉温ちゃんが言葉を続ける。
「最近有誠くん全然遊びに来ないし、実晴は黒いオーラまとってて陰気臭いし、口を開けば有誠くんの話ばっかしてるのにそれもないし。何かやらかしたんだなーって思ってたんだけど」
「実晴は何もしてない……というか、やらかしたのは俺で…………」
苦笑いを浮かべながら首を触る俺に、今度は莉温ちゃんが目を見開いた。口ごもり、それ以上は話さない様子を見て、深くは聞かないでいてくれるようだった。
「ふーん。はやく仲直りしてね。あいつ有誠くんに構ってもらえないと死ぬから」
「死なないだろ」
冗談だと思って笑うと、莉温ちゃんは思い切り顔をしかめて俺を見る。
「本気で言ってる? 今のあいつの顔見てほしいわ……なんなら呼び出す? 家にいるけど」
「それは遠慮したいな……」
今、実晴と会ってもまともに話せる自信がなかった。学校では一切話していない。それどころか顔も合わせていない。わかりやすく避けていた。だって、あんなことをして、合わせる顔がない。
話しているあいだに、とうに駅前を通り過ぎていた。朝のラッシュの時間帯を過ぎているので、改札前には人気がない。宝くじ売り場にも駅ナカのコンビニにも客はいなかった。
「早めに仲直りしてね」
バイバーイと、手を振って見送ってくれる莉温へ控えめに手を振り返しつつ、ICカードをタッチして改札を通る。
『有誠くんに構ってもらえないと死ぬから』
電車に揺られているあいだ、莉温ちゃんが言った言葉を反芻する。
そんなことがあるのだろうか。
記憶の限り、実晴が落ちこんでいる姿は見たことがない。社交的だから誰とでもうまくやっているし、恋人に振られたときだって、毎回へらっと笑うだけでダメージを受けた様子はなかった。
俺といるときだって、気を抜いている無表情か、俺をからかって笑っているか、だ。
あの日、俺が逃げるように二階へ行ったとき、実晴はどんな顔をしていたのだろう。
はた、と実晴の行動に思いを馳せる。始まりは、俺の冗談を受け入れたとき。でもそれは、女子からの告白を避けるためにちょうどよかったからで。
ではなぜ、俺のお遊びに黙って付き合っていたのか。俺がカフェに誘ったときも、明らかにいつもと違う行動だったと自覚しているし、別に実晴はそれに付き合う必要はなかった。いつもの遊びに行く延長だと思ったから? それとも優しいから断れなかった?
スキンシップが増えたのは? いくらくっついていても周囲に関係を言いふらしていなければ、俺と実晴とでは、付き合っているとは思われない気がする。実際誰にも何も言われていない。それでは実晴に言い寄る人を絶やすことはできない。それに、人のいないところでくっつくことも意味がない。
そして、俺がキスしようとしたとき。あそこまでして俺が何をしかけたのか、気がつかないわけがない。
一つの可能性に思い当たり、足元が急激に崩れ落ちていく感覚におそわれる。
もしかして、とっくに俺の気持ちに気づいていた?
やさしさから俺に付き合ってくれていたのか? 幼なじみとの関係を壊さないために。
扉の側に付けられた金属製の手すりに、すがりつくようにして両の手に力をこめる。降りる駅の名前がアナウンスされていることに気が付くまで、凍り付いたみたいに動くことができなかった。
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