あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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12話

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 期末テスト一週間前。生徒たちをテストに備えさせるため、一切の部活動は停止となる。

 こうなると、山のように出された課題を実晴か俺の家でほどほどに頑張って片付け、テスト前の土日はそれぞれで最終の追い込みをするのがお決まりだった。

 例に漏れず、今日は学校から帰ってすぐ俺の家に集合する運びとなっていた。

 玄関へと続く廊下でうろうろしていた俺はインターホンが鳴ると、深呼吸してからドアを開ける。

 実晴は着替えるのが面倒だったのか制服のままだ。テキストとワーク、筆箱を小脇に抱えて靴を脱ぐ。

 テスト前週間が始まって一日目。いつもならばテスト範囲のワークが終わっているかどうかといったところだが、すでに全教科終わらせてある。

 それもこれも、ある計画を実行するためだ。

『夏祭りではるくんにもう一回告白しようと思ってるんだ』

 先日、一島さんから、実晴に再度告白することを打ち明けられた。

 俺の実晴への想いはここで打ち止めだ。今後は友達としてとなりにいられたらそれでいい。そう思って生きていく。

 だから、今日は最後の思い出づくりのつもりだった。手をつないでハグもした。なぜだか肩を寄せ合いながら会話もした。

 最終目標はキスだ。

 俺の想像する限り最も恋人っぽいスキンシップである。

 キスした後のことを考えると、多少のきまずさはあるかもしれない。が、笑ってごまかそうと思う。男同士ふざけて、何かの遊びやその場のノリでキスすることもあるはず。……たぶん。おそらく。

 その後は、軽い調子で恋人ごっこをおしまいにしようと言うだけだ。

 俺にキスなんかされて喜ぶはずもないので、断らないだろう。そもそも、向こうも冗談だとわかっていて付き合っていたのだ。恋人がいるふりを幼なじみの男と延々と演じ続ける理由はない。告白されるのが嫌なら、きっぱりと自分で断るか、本当に恋人をつくるかすればいい。

 夏祭りは夏休みに入ってから一週間後にある。テストが始まれば忙しいし、それが終われば三者面談期間に入るので、お互い会おうと思わなければ会えない。そうして時が経てば、今まで通り、元通りの俺たちで過ごせるだろう。

 今日目標を達成して、冗談で始まったなんちゃって恋人関係を終わらせるのだ。一島さんが告白するまでに終わらせないと、俺が一島さんの振られる口実になってしまうから。

 これで終わりにする。今日までの思い出で、実晴の幼なじみとして、友人としてやっていけるはずだ。この想いは誰にも言わずに持っていく。ずるいことをしている自覚はあったが、俺の中でくすぶった感情とずっと付き合っていくため、まぼろしみたいな思い出でもいいから、つくってすがりたかった。

 実晴をリビングに通して、テレビ前のラグに座らせる。テーブル中央にはポッキーとポテトチップス、コップに注いだ麦茶が並べてある。休憩中に食べる用だ。はりきって二種類もお菓子を用意してしまった。

 わーい、と、実晴は早速ポッキーの箱を開封した。袋も破って一本を口に入れる。
 サクサクとポッキーを吸いこむ口元をじっと見つめてしまう。心臓の鼓動が速くなってあわてて目をそらした。

 いつも課題をやり始めて一時間もすれば、飽き始めた実晴がお菓子をつまんだり、飲み物をいれに行ったりして、次第に俺に絡んでくる。今日はそのときを狙うつもりだった。

 無駄に髪を触ったり、首をかいたりと、不自然だとわかっていてもそわそわしてしまう。気持ちを落ち着かせるため、解答欄が埋まったワークを開き、復習することにした。はじめはノートに何度も書いたり消したりをくり返していたが、そのうちすっかり問題を解くことに集中してしまった。室内にはシャーペンのカリカリという音だけが静かに響く。

「ねー、休憩しようよー」

 実晴が背後からのぞきこむようにして俺に体重をかけたことではっとする。気づけばとっくに一時間が経過していた。

「そ、そうだな」

 緊張で言葉に詰まる。

 これまでの人生で誰かと付き合うなんて機会はまるでなかったので、キスの仕方なんてわからない。必死になってインターネットの情報をあさったが、『甘い雰囲気になったら』とか『向かい合って目を閉じたら』とか、あいまいなやり方しか書かれていなかった。甘い雰囲気が何かもわからなければ、目を閉じてもどうかしたかと聞かれるのがオチだ。

 ちらっと実晴を見る。目が合った実晴が「ん?」と首をかしげた。わからないなら、わからないなりにやるしかない。

 ええいままよ、とそのまま向き直って膝立ちになり、実晴の頭に添えるように左手を伸ばす。

 目を丸くする実晴の目を、右の手のひらで覆い隠す。俺の顔は見えないほうがいいだろう。

ゆっくりと顔を近づけた。実晴の形のいい薄い唇が見える。

 なぜだか幼いころの実晴の姿が脳裏をよぎった。

 小さなあたたかい手。
 その手が俺の手を取り、ただ隣にいてくれる。冷えていた心に熱が灯り、体中がぽかぽかしてくる。そうして、思うのだ。俺は、おまえの――

 添えていた左手で実晴の唇をさえぎった。手にやわらかい感触がして唇が当たる。

 だめだ。
 一島さんは真正面から実晴に向かっているのに、俺は。

 冗談で始まった関係を利用して、騙すみたいに恋人同士のようなことを実晴とやって。俺にそんな権利はないのに。

 何より、実晴に気持ちがないなら意味がなかった。それを、こんなところにくるまで気づかなかった。馬鹿だ。大馬鹿だ。

 俺の身勝手な行動で、実晴を傷つけるところだった。

 実晴に触れていた両手を力なく下ろす。

「ゆうせ……」
「……もうやめにしよう。俺と付き合って告白を断る理由にしたところで、実晴がモテるのは変わらないだろ。自分で断るなり、さっさと本命をつくるなりしたほうがいい」

 立ち上がって実晴に背を向ける。顔を見られなかった。そのままリビングを出て階段を上がり、自分の部屋へ駆けこんだ。

 しばらくすると玄関からガチャリという音が聞こえてくる。廊下に出てそっと窓の外をのぞくと、向かいの家に入っていく実晴が見えた。

 ドアに背を預け、ずるずるとうずくまる。廊下はエアコンをつけていたリビングとは異なり、こもった熱気がただよっていた。それなのに、指先は温度を失ったかのように冷たい。

 目に映る世界から逃れるようにまぶたを閉じる。

 あたたかい手は握ってはくれない。

 こんなことまでして、やっと気づいた。
 ただ、俺は、おまえのいちばんすきなひとになりたかった。

 外が赤く染まり始めたことに気がつき、のろのろと立ち上がって、重い体を動かす。

 階下に降りると机に放置されたポテトチップスが目に入った。開けたままだったため湿気ていたが、もったいないので全部食べた。

 しょっぱくて目の奥がツンとした。
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