あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄

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11話

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 食堂は、部室や体育館と目の前のグラウンドを行き来する生徒の足音がときおり聞こえるだけで、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。

 中央の大きなテーブルに一島さんと俺だけが向かい合って座る。

 いつもなら彼女が話し始めたところに相づちを打つのだが、今日はいの一番に言わなくてはならないことがあった。

「一島さんってゲームとかする?」
「ううん、全然」
「至急このゲームを始めてもらいたいんだ……!」

 前のめりでスマホをずいっと押し出した俺に、一島さんは若干顔をひきつらせて身を引いた。あわててこの前の昼休みに話しているのを実晴に見られていたこと、そして、話の内容を知られないためゲームを話題にしてごまかしたことを説明する。

「なるほどね……話しかける口実が増えたと思えば悪くない、かな? ゲームまったくわからないから亜食くんがしっかり教えてね」
「はい……」

 アプリをインストールして数日前の実晴と同じようにチュートリアルを進める。一島さんはシャチモチーフのキャラクターを選択し、特にまごつくこともなく基本のお世話を学習していった。

 エサをやり、画面をスワイプしてシャチの体をなでると、チュートリアルが終了した。

「今までこういうゲームって興味なかったけど、結構おもしろいんだね。これなら続けられそう」

 画面を閉じた一島さんがスマホを置いて思いきり伸びをする。

 あー、と気の抜けた声を出すと、腕を伸ばした姿勢のままテーブルに伏せるように倒れ込んだ。

 慣れないゲームをして疲れたのだろうか。様子をうかがっていると、彼女の顔だけがこちらを向く。

「カラオケのときの話なんだけど」

 先日、元一組のごく少数のメンバーで開かれた会。カラオケできっちり三時間歌い終わった後、実晴と俺は帰路に着いた。一島さんたちはあの後、クレープにジェラート、フラペチーノ、団子、といった具合にスイーツ巡りをしていたそうだ。やけ食いともいう。

「隣に座って話せたのはうれしかったけど、すぐ帰っちゃうんだもん…………亜食くんもうまくのせられたみたいだし?」

 頬をふくらませて見上げてくる一島さんに、思わず視線をそらす。帰りたいと言う実晴を一応は説得しようと試みたものの、あえなく失敗したのである。

 ふと、一島さんが目を伏せる。

「……楽しくなかったのかな」
 カーンという高い音が遠くで聞こえる。グラウンドで練習しているサッカー部のボールが、ゴールポストに当たったらしい。
 表情を曇らせる一島さんを見て、俺は目を瞬いた。

 この人は、自分の想いより相手の気持ちを真っ先に思いやれるんだ。

 偶然の機会を手に入れ、それをきっかけに実晴に甘えている自分がひどく浅ましく思えた。数年来の想いをどうにかしようとやっと行動したことも、結局は実晴に気持ちを伝えることもせず、ただ関係を利用して俺の都合のいいように動いているだけ。

 どうしたって本当の恋人にはなれない。

 彼女は俺とは違う。

 食堂の外を、ぱたぱたと足音が駆けていった。

「そんなことない」

 一島さんが口にしたことを否定する。
 俺が、楽しかっただろ、と実晴に聞いたときに同意していたし、カラオケ中に嫌そうな素振りはなかった。一島さんも実晴と付き合いたいからといって、無理に自分を押し付けるような真似はしない。だから実晴もただ純粋にカラオケを楽しんだはずだ。

 うまく説明できたかはわからなかったが、少しでも伝わるように彼女の目をまっすぐ見つめた。

「そうだといいな」

 俺の必死さがおかしかったのか、彼女は伏せていた上半身を起こして笑った。

「もうすぐ夏休みだよね」

 その前に期末テストがあるけどな、とこぼせば、顔のパーツがくしゃっと中心に集まったが、一島さんは何事もなかったかのように続ける。

「八月のはじめに花火大会があるでしょ? ……私、その夏祭りではるくんにもう一回告白しようと思ってるんだ」

 空調の音をやけに大きく耳が拾う。
 発された言葉は一言一句聞き取ったのに、頭を揺さぶられるような感覚に陥りうまく飲み込めない。

 八月頭に開催される夏祭り。
 この地域では一番大きな祭りで、最後には30分ほど花火が打ち上げられる。毎年多くの人でにぎわうイベントだ。

 自分を好きになってもらいたいと彼女は言った。

 告白を断られても卑屈にならず、自分を知ってもらうことをあきらめなかった。

 俺にはできない。

 実晴の恋愛対象ではないなんていうのは言い訳にすぎない。ただ、怖かった。自分の気持ちを知られるのも、同じ気持ちを返してもらえないことを知るのも。

 付き合うかだなんて可愛げのない言葉だったら吐けるのに、好きがどうしてこんなにも。

「これで最後。いつまでも引きずってられないし、結果がどうでも私は前に進めると思うから」
「……そうか」

 心から尊敬している。頑張る彼女を手助けすると決めた。
 それなのに、応援してるのたったひとことが言えなかった。

 言える資格なんてなかった。
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