チャーム×チャーム=ブラッド

夢=無王吽

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第六話『自分の操縦がヘタなのだ』

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 美人でスタイル抜群の転校生は、すぐに皆の人気者になった。
 まるでテレビ番組の企画などで、母校にサプライズ訪問した芸能人みたいに、休憩時間になると男子も女子も彼女の机を囲んでワイワイと騒ぎ、自分を知ってもらおうとアピールを繰り返した。
 親切にしたり、笑わせようとしたり、趣味や好みを聞き出そうとしたり、彼女のことをなんでもかんでも褒めちぎったり。
 人山のようになった僕の隣席は、距離は近いのに遠く感じた。
 それこそテレビの画面越しに、別の次元、別の銀河を眺めているみたいな。
 口々に、先を争って浴びせられる質問と、たまに起こる爆笑。
 騒ぎが大きすぎて、疎外感なんて感じなかった。
 だってこれは仲間外れじゃなく、僕が参加していないだけなのだから。
 僕を邪魔だとのけものにする人も、輪に入れない僕を気にする人もいない。
 悪意も同情もないので、却って平和な時間に思えた。


 去年、二年生のとき、クラスでイジメがあった。
 皆に無視されて、聞こえよがしに陰口を叩かれていたあの女子は、いつの間にか学校に来なくなった。
 そう言えば彼女はあの後、どうなったのかな。
 転校したとか入院したとか、噂だけはいろいろと聞いた。でも、本当のところは、わからない。
 今の僕の状態は、もちろんあのときとは違う。無視されているわけでも、陰口を叩かれているわけでも、いや、んー、本当に陰で、僕の知らないところで言われていたらわからないけど、少なくとも僕の耳には、悪口やそれっぽい声は入ってきていない。
 僕はただ、今も、今までも、クラスの輪の中心にいないだけだ。
 注目されたいとは思わないし、自分のこのポジションに全く不満はない。
 むしろ変に目立つよりも、気楽でいいと思っているくらいだ。


「沢村くんは、無口なんだね」
 休み時間が終わり、やっとクラスの皆から解放された夏木さんが、隣から僕に話しかけてくれた。
 僕は自分が無口なのかそうでないのかを自分では判定できず、「そう?」と、中途半端な顔で、中途半端な返事をした。
「でも、あんまり知らないうちからグイグイ来られるよりも、私はそっちのほうが落ち着くかな」
 どこか遠くで、誰かが誰かに、聴こえない声で耳打ちしたみたいに、彼女の言葉が自分を評価したものなのだと、すぐには感じ取れなかった。
 今、僕は褒められたのだと、少しずつ言葉の意味が心に浸透するうちに、凍えた身体を暖かい毛布で包まれたような気分になっていった。
 でも、その事実をすぐには受け入れられない。雨ざらしの野良猫が急に抱き上げられたときのように、僕の外面的な反応は、ビクリとして身を固くするというものだった。
 心がとっくに凍えていたことに、それがあたり前の状態過ぎて自分では気付けなかったのだろう。
「え?」
 一瞬、遅れた反応を、驚いた声と顔で発しつつ、隣席に顔を向ける。
 ゆっくりと、まるで警戒するみたいに。
 バランスよく纏まった夏木さんの顔が、僕を見て微笑んでいた。
 僕にはその彼女の姿が、安っぽいコメディドラマの美女登場のシーンみたいに、ぼんやりと滲んだ光を発して見えた。
 丁寧に纏められた、つやつやの黒髪が揺れる。
 キメの細かい肌。つるつるの鼻、頬、額。細い首にのった小さな顎が傾く。
 首を傾げて、僕を覗き込むようにすると、クリクリとした黒目がくるりと動いて、白目の隅まで綺麗な白であることを殊更に伝えてくる。
 同じ人間とは思えない、本当に作り物のようだなと感動する。
 生まれてから一度もされたことのない態度、生まれてから一度も言われたことのない言葉に対応できず、すぐ答えたいのに口が動かない。
 ちゃんと耳には届いているのに、聞こえないような反応をして、それっきり。
 これは無愛想じゃないんだ、違うんだよ。
 そう言おうとして、いや、ダメダメと慌てる。
 伝えたいことと、言われたことへの返事が乖離している。
 まばたきもできずにいる僕に、座った椅子の位置を整えながら夏木さんが言う。
「そうだ、私まだ教科書がないんだけど、沢村くんのを、一緒に見せてもらってもいい?」
 彼女がガタガタと整えているのは椅子の位置だけでなく、机もだった。
 僕の返事を待たずに、机と椅子をこっちに寄せてくる。
 拒否するという選択はなく、僕の停止した脳味噌とは違う場所、身体のどこかにあるAIが、自動的に「ウン、イイヨ」と答えた。
 後でこのときのことを思い出した僕は、「いいよ」ってのはちょっと偉そうな返事だったなと反省した。
 女子との会話になれた人なら、「もちろん」とか、笑顔で答えるとか、もう少し歓迎の気持ちを含ませることもできただろう。
 僕に搭載されたAIには、まだそんな高度な機能はない。


 なんだよもうと自分が情けなくなった途端、なぜか兄貴の顔が頭に浮かんだ。
 あいつならたぶん、そういう洒落たことを簡単にするのだろうな。
 また僕のAIが自動的に、中学のときの苦い記憶をよみがえらせる。
 卑屈スイッチオン。
 このスイッチも任意ではなく、AIによる自動操縦だ。
 ごめんなさい、ダメなAIでって言ったら、彼女は笑ってくれるかな。
 僕のなかの勝手な設定をちゃんと説明するところからしないと、たぶん理解してもらえないから、いきなりAIがとか言っても、変なやつだと思われるだけか。
 それは、嫌だな。
 くそ、AIによる自動危機予測のせいで、冗談も言えやしない。
 て、これも冗談なんだけど、口からは結局、なにも出ないままだったりする。



 ──つづく。
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