上 下
2 / 4

第1話「女神と名乗る女性」

しおりを挟む
第1話

「女神と名乗る女性」

(一部下品な表現があります、ご注意下さい。)

 

 

 

 「っ・・・うぅ・・・」

痛い・・・
暑い・・・
苦しい・・・
重い・・・
鉄臭い・・・


 ・・・あれ、何があったのだっけ。全身が硬くて重いものに潰されそうだ。

 確か、外で仕事をしていて、地震が起きて、近くの古い倉庫が崩壊して・・・そうか、そのまま生き埋めにされたのか。自分が上を向いているのか、下を向いているのかすら分からない。脚の感覚がないのに痛い、これが潰れた感覚なのだろうか。全身が痛みと重みで動かない、目も開かない。塵や埃の所為もあり、息もまともに吸えずにか細い呼吸しか出来ない。この鉄臭さは恐らく私の血の匂いだ。鼓動が打つ度に脚が、かっと熱くなる。
 ・・・死ぬのだろうな、これで。
 同僚だろうか、遠くで誰かのすすり泣く声が僅かに聞こえる。ここはド田舎だし、すぐに助けは来ないだろう。どうか神様、あの人を助けてあげて下さい、私はもう駄目だから。
それにしても私、こんな所で死ぬのか。あれ、走馬灯ってやつかな。後悔が沢山出てきた。
 こんな事になるのだったら、普通の一般企業に就職するべきだったかな。いや、無理だな、こんな頭の悪い人は雇ってくれないだろう。そういえば、この倉庫古くて倒れそうだって何回も言ったよね?私の命で証明しちゃったじゃないか。それから、もっと旅行とかライブとか遊びたかったなぁ、薄い人生だった。
 あ、あの子と喧嘩別れのままになっちゃった、意地を張らなければ良かった。親孝行もしてない。読み終わっていない本もある。齢23年間、彼氏もいたことないし・・・。あれ?痛みのせいかな、涙が出てきた。

 目の前が真っ暗になってきた。大丈夫、怖くない、苦痛から解放されるだけだ。
 神様、お願いです。来世では、顔面偏差値の高い男で、優しい兄弟のいる、幸せな家庭に転生したいです。お願いします!









 「・・・!」
 バッ、と世界が変わった感覚があった、体中の圧迫感と痛みはない。気づけば真っ白い世界に立っていた。見渡しても壁や床があるのかどうかも分からない。立っているから床はあるのだろう。
 「良かった、意識ははっきりしているみたいですね。」
 突然、後ろから女性の美声がした。驚いて振り返るとそこにはシワ一つない純白の長袖ワンピース姿の女性が立っていた。目が痛いほど輝く黄金の髪はウェーブがかかっていて、長さは足首まで届いている。身長は155cmの私より少し高い。
 顔は何故かはっきりと認識できない、のっぺらぼうというわけでなく、しっかり見ているのに、頭に入って来ない。けれど、見なくても雰囲気で分かる、絶対美人だ。近くに行けばバラの匂いがするかもしれない。
 いや、そんなことより、ここはどこ?天国?地獄?そして、この美人は何者?事情を分かっている言いぐさだった、日本人じゃなさそうだけど、日本語喋れるんだ?
 「ここはあれですか。閻魔大王の裁判ですか。」
 あの世にも外国人雇用とかあるのかな。女性は静かに口を開いた。
 「いいえ、違いますよ。あなたは死にましたが、ここは黄泉の国などではありません。世界と世界の間とでもいいますか、『時間』が存在しない異空間です。」
 自分が死んだことは確信しているが、この展開は漫画の中だけだと思っていた。
 「異世界召喚みたいなやつ?あなたが私をここに呼び寄せたって事?」
 「はい、そうです。私はあなたが生きていた世界とは別の世界の神です。私の世界の人々には『白い女神』と呼ばれています。と、ここまで話した所で、まずあなたの記憶を確認させて下さい、その後に詳しい話をします。自分の事をどこまで覚えていますか?」
 異世界とか神とか、まだまだ戸惑いは収まらないけど、悪い予感はしないし、とりあえずは言うとおりにしとこう。
 大きな記憶の欠如はなさそうだけど、神様ならお見通しではないの?それに、初対面だし、個人情報を自分から話すのは抵抗がある。まだ警戒は解くべきではない気がする。少し試すか。
 「名前は倉本(くらもと)昌(あきら)。女。年齢は18歳。住所は・・・」
 「ちょ、ちょっと待ちなさい!年齢詐称はいけません。23でしょ、分かっていますからね、仕掛けても無駄です。突然こんなことになって戸惑うのは当然です。でも、落ち着いて、私を信じて下さい。」
 嘘をつかれたと思った女神は慌てた様子だった。だが女神様よ、精神年齢は18歳だから間違いではないのだよ、断じて私は嘘をついたわけではないのです。でも、この女神はもう私の事を全て把握しているらしい、嘘は意味がない。いや、私は嘘ついてないけど!自分自身の整理の為にも正直にいこう。
 「年齢23!精神年齢18歳!住所は栃木県。職業は酪農家の社員。仕事中、地震で倒壊した倉庫に潰されて死亡。家族は実家に両親と兄貴が一人。でも、家族とか友達の顔は思い出せないな。とりあえず、自分の事は好物も過去も覚えているよ。」
 自分以外の記憶が曖昧で、かなり偏っているが、自身の事は鮮明に覚えていた。家族や友人の記憶が抜けているから、孤独感と寂しさが強い。
 話を聞いて女神はほっとしたようだ。
 「それだけ覚えていれば大丈夫でしょう、他の事はこれから徐々に思い出すはずです。まずはひと安心です。では、詳しくお話しましょう、なぜあなたは死者の国へは行かずに、ここにいるのか。それは、あなたにしか成し遂げられないことをお願いするためです。」
 話を聞いたら後がないような、嫌な予感がした。女神は話し続ける。
 「どうか勇者となって魔王を滅ぼし、人々を救って下さい。私の愛した私の世界が滅びてしまいます!」 
 「ちょ、ちょっと待って、勇者って言った⁉勇者に選ぶならもっと若い子にしなさい。体力的にも成長速度も若い子の方が良いよ!」
 23歳女の勇者ってありなの?イタくない?
 「いいえ、あなたしかいないのです。私の世界の状況をお話しします。」
 女神は、ゆっくりと話し始めた。






 女神の話をまとめると・・・禁忌を破った人間が魔王と化して魔物を統べていて、その魔物が結界を攻撃している。だから、四つの神殿を巡って神器を集め、魔王を倒して欲しい。そして、その世界で女神は、信頼できる人間達に魔力を与えたり、神託を下している。
 そしてついに、女神の力が弱まりはじめ、200年間国を守り続けた結界に初めて亀裂が入った。魔物が人間を滅ぼすのも時間の問題である。ということだった。
 事情は大体わかった。だけど、私のような凡人に魔王が討伐できるなんて思えない。もっと適任な人がいるはずだ。
 「どうして私なの?こんな平凡な、頭の悪い私が旅とか戦うとか、無茶だよ。他の人じゃ対抗できないの?」
 「他の人では力が足りません。あなたでなければ奴を倒せないのです。動物のお世話をしてきたおかげでわずかな異変に気付きやすく、負けず嫌いで責任感もあります。そして一度やると決めた事はやり通す、心の芯が強い方です。あなた以外に魔王討伐はこなせません!」
 声を荒げて必死に懇願している。褒められると、断りにくい。
 「・・・もし断ったら私はどうなるの?」
 「他の死者と同じ様に、あなたを死者の国へ送ります。そして私の世界は滅びます。」
 つまり、本当に死ぬということ。魔王討伐なんて嫌だけど、このまま死ぬのは違う、と思っているのも確かだ。
 そう考えた所で女神が言葉を続けた。
 「あ、もし、引き受けて下さるのでしたら、私の世界にいる間、あなたの願いを3つ叶えてあげましょう。」
 『今ならもれなく』のノリだった。おまけは好きだし、どうせ死ぬならやるだけやってみようかな。それに、私を選んだのは女神だ。もし上手くいかなくても私だけの責任じゃない、と思っとく。
 「うん、わかりました。その願い引き受けましょう。どこまでやれるか分かりませんが、頑張ってみます。」
 「ありがとうございます。そう言ってくれると信じていました。とっても嬉しいです。」
 まぁ、引き受けなきゃ殺すって言っているし。私に選択権はなかったな、別にいいけど。それより、3つの願いの一つはもう決まっている。すっぽかされる前に約束させなければ。
 「じゃ、早速ひとつ目のお願いですが、私を男にしてください。」
 切り替えの速い私に驚いたのか、内容に驚いたのか、女神は固まった。
 「・・・?え、男・・・ですか?」
 そう、死の間際で来世に祈った事。それが今すぐ確実に叶うなら、最高だ。
 「はい、男です。だって女の身体は面倒だらけ!生理が本当に嫌。牛は少し血が出るだけなのに。あとトイレも、男は立ちションが出来ていいよね、トイレットペーパーを使わなくていいからエコだし楽だし。最悪トイレがなくてもなんとかなるし。それから基礎体力もある。だから男にしてください。あ、でも繁殖本能が出るとどうすればいいのか分かんないから、そういう現象はなしで。」
 性別不合とかではないが、幼い時からずっと羨ましかった。戦闘時だって女より男の方が戦いやすいはずだ。
それにしても、汚い話をしてしまった。さすがの女神もドン引きだ。距離も離れている。
 「・・・そんな下品な事を言ってはいけません。」
 下ネタを言ったからかな、ちょっと怒った。声が低い。
 「牛とかの動物の世話に、下の話は大事だからね、体調とか繁殖とか。これを恥じてちゃ務まりません。でもこんなのまだ序の口だよ。学生時代は、食事をしながら牛や人間の去勢の話ばっかりしていたから。」
 「だからってそんな大声で言ってはいけません、言い方を考えて下さい。はぁ、つまり、死んだような男になりたいのですね?」
 「うぇ、その言い方やめてくれる?だけど、まあそういうことになりますね。」
 「承知しました。では、最初の神器を手に入れた時に、身体を入れ替えますね。」
 今すぐじゃないのは残念だけど、我慢しよう。 
 「今回のように、私と直接対話が出来るのは、神器を手に入れた時だけです。つまり、あと4回です。残り2つの願いはどうしますか?今でもいいですし、神殿で叶えることも出来ますよ。」
 「んー、そうですね。何が必要になるかは暮らしながらじゃないと分からないと思うので、次の機会にします。」
 「そうですか、分かりました。私からの話はこれで全てです。早速、あなたを地上へ送ります。場所は王城です。 そこには私の使徒が滞在しています。この世界やこれからの事を聞いて、準備を万全にしてから旅に出て下さい。」
 「分かりました。」
 王か誰かに聞くなりして、国一番の戦闘技術を教えてもらわないといけないよね。今更だけど、本当に私なんかに魔王討伐なんて出来るのだろうか。不安だけど、もうやるしかない。ここからは魔法のある異世界だ、何が起こってもおかしくない。
 「それでは、目を閉じてください。旅の成功を心から祈っています、あなたなら出来るはずです。」
 私は女神に言われたとおりに目を閉じた。すると意識が遠くなってきた・・・が女神の言葉に一瞬意識が戻った。
 「あ、言い忘れる所でしたが、ここから地上までの移動で、魔王側から何かしらの妨害があるかもしれません。どこに着いたとしても王城を目指して下さい。」
 は?このままご臨終とか冗談じゃない!と言いたかったが口が開かなかった。
 「では、頼みましたよ。」
 その言葉を最後に私は意識を失った。ついでに、女神は意外と乱暴だと気付いた。
 

 

 

 

第1話‐終

しおりを挟む

処理中です...