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これは……生徒の間で流行っていたいわゆる「異世界もの」か?
こんな形で異世界に飛ばされるなんて……1
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ヘドロのごとく重い足取りは家に帰るまで続いた。感覚のマヒした脳内には、教室長の放ったあの言葉が今でも繰り返されている。
『真実かどうかではなく、こういった声を上げられるような人間性であることが問題なんですよ!』
「…………」
それは確かにごもっともな意見だ。結局は生徒との信頼関係が築けなかったから、こんなことをでっち上げられる。「それならもう辞めます」とその場で言ったら言ったで、「そんなすぐに諦めないでくださいよ!」と意味不明の慰留をしてきた挙句、中途半端な様を窘《たしな》められた。もう関係者ではないのだからいまさら蒸し返すことでもないのだが、どう綺麗ごとを並べようとも思うところはあるわけで──。これまで様々な職場を転々としていた身として、ようやく終の棲家を見つけたとすら思ったほどに良い環境だった塾──。皮肉にもそこが最も敷居の高い場所となってしまった。よくよく考えると、人に教えるという仕事が自分には向いていなかったのかもしれない。
さて、これからどうしよう──。ぼんやり見上げるなり両親の遺影と目が合った。
「あれから10年か──」
それは、ちょうど講師職に就いた時期でもあった。病床の父は「勉強してきた甲斐があったな」と笑っていたっけ──。夭逝した母の元へと旅立ったのは、その夜のことだった。世間からはどう思われるか分からないが、今となっては「本当に恵まれた家庭環境だった」と胸を張って言える。メディアでは「受験戦争」などと揶揄されているが、己の場合、そんな勉強づけの日々ですら楽しい時間だった。その理由として、すぐ横にある「我が家の受験ルール」が大きく関係していた。
●出されている問題はすべてクイズなのだから、ゲーム感覚でやること
●つまらなくなったら、すぐにやめること
●模試はあくまでスコアランキング
在りし日の母によって認《したた》められたこれらの文言は、幼き日の思い出とともに今もこうして胸に刻まれている。本人としては子どもでも食べられるよう味つけしただけなのかもしれないが、振り返ってみれば確かにどれも的を射ている。電子レンジがコンセントを電気の供給源として採用している理由なんて完全に雑学クイズだし、4つのブロックを使って空間を埋めろだなんてパズル以外の何物でもない。
こういった考えもまた、自分の中で留めておけばよかったのだ。これからは一プレイヤーとして新天地を探すとするか──。良くも悪くも吹っ切れたのか、気だるげな手つきでパソコンを立ち上げてPINを入力する。しかし──。
「『算数ダンジョン』? なんだ、これ?」
その他を端に押しやるようにして画面中央に大きく居座る謎のアイコン。新作アプリを逐一チェックしている自分ですら、一度も目にしたことがない。このご時世、算数・数学なんて嫌いな人間のほうが多いっていうのに、よくもまぁこんなものを発表したものだ。仮にユーザーが現れたとして、よほどの物好きか、その道のマニアぐらいのものだろう。いったいどんな内容なのか──。いずれにせよ息の長いゲームとは思えないし、お試しでやってみるか──。あくまで足を止める稀有な存在の一人──そんな軽い気持ちで、アイコンをクリックした。
〝制限時間5分:1213や9897のように連続する2つの2けたの自然数を並べてできた4けたの自然数をNとするとき, 13の倍数となるNを小さい順にすべて答えなさい〟
「──えっ?」
真っ黒な画面に浮かぶその一文を前に、率は驚きを露にした。思いのほか本格的だったことで呆気に取られたのだ。すぐさま紙とシャープペンシルを手に取り、計算を書き連ねる。
【連続する2けたの自然数は★・★+1と★+1・★の場合で、★・★+1なら100×★+★+1=101×★+1, ★+1・★なら100×(★+1)+★+100=101×★+100とそれぞれ表せる。13で割ると(101×★+1)÷13=7×★あまり10×★+1だから10×★+1が13の倍数であればよい。★に当てはまるのは9,22,35,48,61,74,87,100,…であるから22,35,48,61,74,87より2223,3536,4849,6162,7475,8788の6つ。さらに(101×★+100)÷13=7×★+7あまり10×★+9だから10×★+9が13の倍数であればよい。このとき★に当てはまるのは3,16,29,42,55,68,81,94,107,…であるから16,29,42,55,68,81,94より1716,3029,4342,5655,6968,8281,9594の7つ。
以上より答えは1716,2223,3029,3536,4342,4849,5655,6162,6968,7475,8281,8788,9594】
13個の数字を入力し、決定ボタンを押した次の瞬間──。
『この問題を30秒足らずで解くとは──。さぁ、戦士よ。我が元へ──』
「えっ……? なっ……」
身を引こうとしたときにはもうすでに遅かった。伸びてきた浅黒い腕はこちらの手首をぎゅっと掴み、画面の中へと引きずり込んでいた。
『真実かどうかではなく、こういった声を上げられるような人間性であることが問題なんですよ!』
「…………」
それは確かにごもっともな意見だ。結局は生徒との信頼関係が築けなかったから、こんなことをでっち上げられる。「それならもう辞めます」とその場で言ったら言ったで、「そんなすぐに諦めないでくださいよ!」と意味不明の慰留をしてきた挙句、中途半端な様を窘《たしな》められた。もう関係者ではないのだからいまさら蒸し返すことでもないのだが、どう綺麗ごとを並べようとも思うところはあるわけで──。これまで様々な職場を転々としていた身として、ようやく終の棲家を見つけたとすら思ったほどに良い環境だった塾──。皮肉にもそこが最も敷居の高い場所となってしまった。よくよく考えると、人に教えるという仕事が自分には向いていなかったのかもしれない。
さて、これからどうしよう──。ぼんやり見上げるなり両親の遺影と目が合った。
「あれから10年か──」
それは、ちょうど講師職に就いた時期でもあった。病床の父は「勉強してきた甲斐があったな」と笑っていたっけ──。夭逝した母の元へと旅立ったのは、その夜のことだった。世間からはどう思われるか分からないが、今となっては「本当に恵まれた家庭環境だった」と胸を張って言える。メディアでは「受験戦争」などと揶揄されているが、己の場合、そんな勉強づけの日々ですら楽しい時間だった。その理由として、すぐ横にある「我が家の受験ルール」が大きく関係していた。
●出されている問題はすべてクイズなのだから、ゲーム感覚でやること
●つまらなくなったら、すぐにやめること
●模試はあくまでスコアランキング
在りし日の母によって認《したた》められたこれらの文言は、幼き日の思い出とともに今もこうして胸に刻まれている。本人としては子どもでも食べられるよう味つけしただけなのかもしれないが、振り返ってみれば確かにどれも的を射ている。電子レンジがコンセントを電気の供給源として採用している理由なんて完全に雑学クイズだし、4つのブロックを使って空間を埋めろだなんてパズル以外の何物でもない。
こういった考えもまた、自分の中で留めておけばよかったのだ。これからは一プレイヤーとして新天地を探すとするか──。良くも悪くも吹っ切れたのか、気だるげな手つきでパソコンを立ち上げてPINを入力する。しかし──。
「『算数ダンジョン』? なんだ、これ?」
その他を端に押しやるようにして画面中央に大きく居座る謎のアイコン。新作アプリを逐一チェックしている自分ですら、一度も目にしたことがない。このご時世、算数・数学なんて嫌いな人間のほうが多いっていうのに、よくもまぁこんなものを発表したものだ。仮にユーザーが現れたとして、よほどの物好きか、その道のマニアぐらいのものだろう。いったいどんな内容なのか──。いずれにせよ息の長いゲームとは思えないし、お試しでやってみるか──。あくまで足を止める稀有な存在の一人──そんな軽い気持ちで、アイコンをクリックした。
〝制限時間5分:1213や9897のように連続する2つの2けたの自然数を並べてできた4けたの自然数をNとするとき, 13の倍数となるNを小さい順にすべて答えなさい〟
「──えっ?」
真っ黒な画面に浮かぶその一文を前に、率は驚きを露にした。思いのほか本格的だったことで呆気に取られたのだ。すぐさま紙とシャープペンシルを手に取り、計算を書き連ねる。
【連続する2けたの自然数は★・★+1と★+1・★の場合で、★・★+1なら100×★+★+1=101×★+1, ★+1・★なら100×(★+1)+★+100=101×★+100とそれぞれ表せる。13で割ると(101×★+1)÷13=7×★あまり10×★+1だから10×★+1が13の倍数であればよい。★に当てはまるのは9,22,35,48,61,74,87,100,…であるから22,35,48,61,74,87より2223,3536,4849,6162,7475,8788の6つ。さらに(101×★+100)÷13=7×★+7あまり10×★+9だから10×★+9が13の倍数であればよい。このとき★に当てはまるのは3,16,29,42,55,68,81,94,107,…であるから16,29,42,55,68,81,94より1716,3029,4342,5655,6968,8281,9594の7つ。
以上より答えは1716,2223,3029,3536,4342,4849,5655,6162,6968,7475,8281,8788,9594】
13個の数字を入力し、決定ボタンを押した次の瞬間──。
『この問題を30秒足らずで解くとは──。さぁ、戦士よ。我が元へ──』
「えっ……? なっ……」
身を引こうとしたときにはもうすでに遅かった。伸びてきた浅黒い腕はこちらの手首をぎゅっと掴み、画面の中へと引きずり込んでいた。
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