黒き死神が笑う日

神通百力

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愛する彼女

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 とある病院の二階の奥にある病室に俺は来ていた。
「君が入院してから一年が経つね」
「…………」
 返事はない。そりゃそうだ。何せ彼女は植物状態なのだから。
「昨日も君の事ばかりを考えて夜も眠れなかったよ。ここのところ寝不足でね。ほら、目の下に隈が出来てるだろう」
「…………」
 俺は毎日のように病室に来て、彼女に話しかけている。いつか、目覚めると信じて。
「最近、料理教室に通い始めてね。君に手料理を食べさせたいと思って」
「…………」
 彼女に話しかけて手を握ってやることしか出来ない自分が歯痒い。
「今日はこれで帰るよ。明日も来るね」
 彼女の唇に自らの唇を重ね合わせる。
 俺は立ち上がった。その時に義足である右足が視界に映る。
「じゃあね」
 病室を出る。
 廊下を歩きながら、あの日のことを思い出す。あの日、俺たちは遊園地へデートをしに行った。その帰り道に信号無視をしたトラックが突っ込んできた。それによって、俺は右足を切断、彼女は植物状態に陥った。
 病院を出て、空を見上げる。
 彼女が目覚めるその日まで精一杯笑って生きようと思う。彼女は俺が悲しんでいる表情を見たくないだろうから。俺も彼女が悲しんでいる表情は見たくない。
 彼女が目覚めた時に共に笑っていられますように。
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