黒き死神が笑う日

神通百力

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等価交換

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「私は皆野宗みなのしゅうのことが好きだ。私と付き合ってもらえないだろうか?」
 吹野冬ふきのとうが何か告白してきた。吹野は隣の席の女子生徒だ。
「断る」
「どうして? 金ならいくらでも払うから。いくら欲しいか言ってくれないか」
 吹野は言いつつ、財布を取り出す。
「何、買収して付き合おうとしてんだよ。バカだろう」
「違うよ。これは等価交換だ」
「等価交換だと?」
 吹野はいったい何を言っているのだろうか。
「金を払うことによって、皆野は金をもらえる。私は皆野をもらえる。ほら、りっぱな等価交換だろ?」
 吹野は笑ったが、そういう問題ではない。
「得するのお前だけじゃないか。それだと俺は損しかしない」
「どうして?」
 不思議そうに吹野は言った。
「俺は金をもらえる。それはいいんだ。問題はお前が俺をもらう点だ。そんなの奴隷のようなものだろう」
「奴隷じゃないよ。この私の彼氏になれるんだ。こんなに幸福なことはこれから先訪れないよ」
 何様だ。幸福な事は訪れる。確証はないけどな。
「自意識過剰なんだな、吹野」
「そんなことないよ。もう一度言うけど、私と付き合ってもらえないだろうか?」
「断る。俺にはすでに付き合っている彼女がいるからな」
「…………」
 吹野は沈黙し、その数秒後に告げた。

「そんな瑣末な問題がどうかしたの?」

 いや、それなりに重要なことだと思う。けっして瑣末な問題なんかではない。
 吹野からすれば、全然瑣末な問題かもしれないが、俺とついでに彼女にとっては瑣末な問題ではなく、そこそこ重要なことだ。

「どうせ、その子とはお遊びなんだからさ」

「勝手に決め付けるな」
 俺は吹野を睨みつける。
「それじゃあ、お遊びじゃなく、真剣なんだね?」
「いや、真剣というほどではないな。どちらかというと遊びに近い」
「お遊びってこと当たってたのに、私は理不尽にも睨みつけられたわけか」
 吹野は仕返しとばかりに睨みつけてくる。俺は少し思考を巡らせる。
「何となくだが、お前と付き合った方が面白そうだな。今付き合っている彼女は何の面白味もないからな。はっきり言ってつまらん」
「ということは私と付き合ってくれるんだね。今の彼女はどうするんだい?」
「別れる。要するに捨てるってことだな」
 俺は携帯電話を取り出し、彼女にかける。
『もしもし? 皆野どうしたの?』
 声が僅かに上ずっている。何かを期待しているのだろうか。お望みどおり、期待に応えてやるとしよう。
「別れよう。お前と居てもつまらないしな。お前はもう用済みだ」
『え? やだよ。別れたくないよ。用済み――』
 うるさいから途中で電話を切る。
「付き合う前に等価交換だ。一万円な」
 俺は手のひらを上に向けて差し出す。
「うん」
 吹野は一万円を俺の手のひらに置いた。俺はその一万円を財布に仕舞う。
「それじゃあ、私の家に行こうか」
「ああ、よろしくな」
「私の方こそ、よろしくね」
 吹野は俺の手を引いて、歩き出す。

 等価交換完了。
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