黒き死神が笑う日

神通百力

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娘を愛しすぎた母

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 今年に入って子供の転落死が増えている。
 五歳の娘がいる身としてはとても心配だ。私はシングルマザーだから、娘を一人にしなければならない時もある。
 それに高層マンションの十階に住んでいるし、この高さから落ちたら即死は免れないだろう。娘が誤ってベランダから転落しないように、気を付けなければならない。
 娘は今、おもちゃで遊んでいる最中だ。
 そろそろ夕飯の買い出しに行かなければいけないが、娘を一人にして大丈夫だろうか? 一緒に連れていくべきだろうか? しかし、娘はおもちゃで遊びたいだろうし、無理に連れて行くわけにはいかない。
 私はどうするべきだろうか? そうだ、椅子に縛り付ければいいんだ。これなら転落する心配もないし、ガラガラも一緒に縛ってあげれば遊ぶこともできる。腕を動かせば音は鳴るはずだ。
 私は部屋に紐を取りに行った。それから娘の口に丸めたハンカチを突っ込み、タオルで口を縛った。そして娘を紐で椅子に縛り付けた。ガラガラは外れないように、腕にしっかりと縛り付ける。 
「すぐに帰るから、少し待っててね」
 私はそう言って、娘のおでこにキスをした。
 テーブルに置いておいたカバンを持って私は家を出た。

 ☆☆

 高層マンションを出て徒歩五分のところにスーパーはあった。
 私は娘が大好きなハンバーグの材料を購入し、すぐにレジで精算をした。
 スーパーを出ると、私は早歩きで家に帰った。
 帰宅するとすぐに娘を縛っていた紐とタオルを外し、ハンカチも取り出した。
「今夜の夕食はハンバーグだよ」
 私は娘を抱きしめた。椅子に縛り付けて正解だった。そのおかげで娘は転落せずにすんだ。椅子に縛り付けてなかったら、どうなっていたことか。これから買い物する時には必ず娘を椅子に縛り付けてから、行くことにしよう。
 私はそう決意した。

 ☆☆

 ――半年後、娘は自殺した。
 その日も椅子に縛り付けていたが、娘はカッターナイフを隠し持っていた。カッターナイフで紐を切断した後、ベランダから飛び降りたのだ。
 私が帰ってきた時にはもう遅かった。娘の姿はなく、切断された紐とカッターナイフ、そして遺書があるだけだった。
 もっと早く帰るべきだった。椅子に縛り付けているから大丈夫だろうとゆっくり買い物しすぎた。
 遺書にはこう書かれていた。


 おかあさんはわたしのことがきらいだから、いすにしばりつけるんだよね。
 でなければ、いすにしばりつけたりしないよね。
 でも、だったらなんでおかあさんはわたしにきすしたりだきしめたりするんだろう?
 わたしにはおかあさんがわからない。おかあさんのことがこわい。
 わたしはきっといらないこなんだよね。
 おかあさん、さよなら。


 私はなんてことをしてしまったんだろう。娘を転落死させたくなかったから、椅子に縛り付けた。しかし、そのせいで娘を自殺に追い込んでしまった。嫌われてると思いこませてしまった。
 私は心の底から娘を愛していたが、選択肢を間違えた。転落死させたくないのなら、一緒に連れて行けば済んだ話なのだ。そうしておけば、娘を自殺に追い込むことはなかっただろうに。
 私は母親失格だ。こんな私に生きる資格はない。娘を自殺に追い込んだ私なんかに。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね」
 私は娘に謝りながら、十階のベランダから飛び降りた。
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