黒き死神が笑う日

神通百力

文字の大きさ
上 下
88 / 210

記憶

しおりを挟む
「お兄ちゃん、おやすみなさい」
 リビングでテレビを観ていたら、後ろから声が聞こえた。振り返ると里香りかがパジャマ姿で立っていた。
「ああ、おやすみ」
 真人まさとは軽く手を振った。里香は笑顔で手を振り返し、階段を駆け上がった。
 里香とは本当の兄妹ではない。かといって両親が再婚したわけでもない。
 里香は実験体の一人だった。"記憶はどこまで操作できるのか"についての実験だ。里香の脳を弄って記憶を操作し、真人を兄だと思い込ませたのだ。
 実験を開始してから今日で一週間だが、里香は自身の記憶を疑うそぶりは見せていない。実験は概ね成功といえるだろう。しかし、実験はまだ始まったばかりだから、油断はできない。
 里香を監視し、様子を逐一上司に報告するのが真人の役目だった。
 真人はテレビを消し、階段を上がって自分の部屋に戻った。

 ☆☆

 里香はベッドに座って壁をじっと見つめていた。壁の向こうは真人の部屋だ。
 里香が真人を兄だと思い込んでいると信じ込ませたのは里香なのだ。つまり本当の実験体は真人なのだ。
 兄は里香の様子を上司に報告するのが役目だと思っているが、それもそのように信じ込ませているだけだ。
 実際は里香が真人の様子を上司に報告する役目を担っていた。
 しかし、本当にそれが真実なのか?
 いや、まさか。里香はふいによぎった不安を慌てて打ち消す。

 この記憶は――嘘か真か。
しおりを挟む

処理中です...