黒き死神が笑う日

神通百力

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髪の御加護があらんことを

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「あなたにチャンスを与えます。この髪の中に一本だけ天国へと通じる道があります。正しい道を選べば天国での生活を謳歌できるでしょう。ただし、道を誤れば永遠に地獄を味わってもらうことになります」
 閻魔女王えんまじょおうは微笑んでいたが、目は笑っていなかった。腰まで伸びた黒髪が風でなびいている。閻魔大王の妻であり、大罪を犯した夫の代わりに地獄を統括している。
 地獄には大罪を犯した者が落とされ、強制労働を強いられる。労働者はノルマをクリアすると、天国の移住権を得るチャンスが与えられる。正しい道を選べば自由を手に入れられるのだ。
 そして俺はノルマをクリアし、チャンスを得たのだ。目の前には五本の髪が垂れ下がっている。数万本の髪が複雑に絡み合い、一本の髪を形成していた。空を見上げるが、黒雲に覆われ、髪の頂上が見えなかった。
 俺は深呼吸すると、一番右端の髪に手を伸ばした。
「その髪でよろしいですね?」
 俺は閻魔女王の言葉に頷いた。閻魔女王が指を鳴らすと、四本の髪が吸い込まれるかのように空へと消え失せた。閻魔女王に促され、髪を登り始めた。
 落ちないように両足で髪を挟むと、両手を使って登った。毛先が皮膚に突き刺さり、痛みが走った。痛みをこらえながら、着実に登っていくが、黒雲まではまだまだ距離があった。
 登り始めてからどれほどの時間が経っただろうか? ようやく黒雲を突き抜けたが、ゴールはまだまだ先だ。黒雲の先は第七階層の地獄だった。天国まではまだまだ時間がかかる。
 気合を入れ直すと、スピードを上げ、髪を登っていく。かなりの時間を要しながらも、第六階層、第五階層……と順調に登っていった。しかし、第四階層に差し掛かった辺りで思わぬハプニングが起きた。
 いつの間にかかいていた汗で手が滑ってしまったのだ。慌てて髪を掴むが、汗で手が滑り、勢いよく落下していく。あっという間に最下層まで落ちてしまった。
「おや、落下したようですね。道は合っていましたし、もう一度登りますか?」
「……いや、もういいよ」
 第四階層まで要した時間と労力を考えると、もう一度登る気にはなれなかった。
 俺の返事に頷くと、閻魔女王は指を鳴らし、髪は空へと消え失せた。
「お帰りなさい、
 閻魔女王――俺の妻――は喜びと罪悪感が綯い交ぜになった表情をしている。俺に強制労働をさせるのは辛いが、一緒に過ごせるのは嬉しいといったところだろうか。
 俺は地獄を強制労働なんてしなくていい環境に変えようとした。しかし、大罪と見做されてしまい、俺は統括者から降ろされた。俺の代わりに妻が地獄の統括者に選ばれた。その結果、俺は他の労働者と同じように強制労働を強いられる羽目になった。そして現在に至るわけだ。
 俺はゆっくりと起き上がると、閻魔女王とともにその場から離れた。
 明日からまた強制労働の日々が始まるのだ。
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