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第9話『諸説紛紛②-ショセツフンプン』
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「じゃあ、何から話そうか」
函南彰子は嬉々とした表情で西澤顕人と滝田晴臣を見た。
三人は学内のカフェテリアに来ていた。
既に昼時間が終わり混雑がなくなっている店内だったが、恐らく話の内容に問題が生じると理解して、函南はわざとカフェテリアのテラス席を選んだ。
隣りのテーブルとの距離が広いし、何より室内席より声が響かないのが良い。
函南はまだ昼食を取っていなかったのか、パスタのランチセットを注文していた。クリーム系のソースにほうれん草やベーコンが絡まっている。それと小さな小鉢にサラダのセットだ。見るからに女子の昼食というメニュー。
そして何故か晴臣は大盛りカレーのセットを注文していた。お前さっき宮先生のところで散々が今川焼き食べてたのにまだ食うきか、と顕人は高く積まれたご飯にたっぷりとカレーがかけられた皿に目を疑う。
この小柄な見た目に反して大食漢。燃費が悪いとも言えるのか。
顕人は自分の頼んだコーヒーだけが乗ったトレーの場違い感に気が遠くなる。
しかしそんな顕人を余所に、函南はフォークにパスタを巻きつけながら話し出す。
「サモエド管理中隊としてまだ正式に『ペッパーハプニング』を調べてないんだけど、聞き込みとかはもう始めてるの。あんまり後回しになると被害に遭った生徒たちの記憶も風化しちゃうからね」
「まあ、そうですよねえ」
晴臣はスプーンでカレーとご飯を山盛りに掬いながら口へと入れる。ハムスターの頬袋のように頬を膨らまして咀嚼する。もっと小匙で食べればいいのにと思うが、顕人は過去に数度指摘したがまるで効果がないし、本人がそれで良いのだろうと諦めた。
函南は晴臣とは対照的に、フォークに小さく巻き付けて食べる。
「被害者・目撃者の話では犯人は男性六人。皆、目出し帽を着用していたので顔はわからないけれど、体格はかなり良かったらしい」
「ウチは体育学科はないから、体育会系の部活・同好会に所属してるってことでしょうか」
顕人はそう言いながらカップに口を付ける。
目の前で食事をする二人に対して、自分だけが手持ち無沙汰なことに少し困り顕人はちびちびとコーヒーを飲む。
犯人は男が六人。体格が良い。
だけどかなり広い学内。生徒の数も多い。
別に体育会系の部活・同好会に属していなくても身体を鍛えている生徒はいるだろう。
容疑者が多すぎだ。
もっと特定する方法はないのか。
顕人がそんなことを考えていると、晴臣はもごもごと咀嚼しているものを飲み込み函南に声をかける。
「他に手がかりあるんですよね。函南先輩、さっき話が長くなるって言ってたし、これで終わらないんでしょ?」
確かに。これで話が終わっては困る。
晴臣の言葉に、函南はにやりと楽しそうに、そして得意気に笑う。
「勿論。これで終わらないわ。警備部の古橋さんって知ってる?」
「「知らないです」」
函南の言葉に、顕人と晴臣の返事が被る。
「うん、そうだよね。そうかなって思ってた。私も顔見知りになったの、サモエド管理中隊に入ってからだから……。やっぱり普通の生徒ってあんまり関わりにならないか」
函南は肩を落としながらパスタを口に入れる。
警備部の古橋さんとは。
学内の警備員として雇われている男性だそうだ。
警備部の仕事は、学内の入口である正門と裏門にある警備室からの人の出入りの管理。
来客の対応、並びに車両の誘導。
そして学内の見回りだ。
警備部と一言で言っても、担当が細かく分かれているらしい。
広い学内なので当然と言えば当然だが。
古橋さんはその中で、学内監視業務第一区の担当だと懇切丁寧に函南は語る。
そりゃあ長い話にもなる。
ここまでの説明で、晴臣は大盛りカレーの半分を切り崩していた。
さて。
学内監視業務第一区とは何ぞやと、顔を見合わせる顕人と晴臣に函南は更に丁寧に説明をしてくれる。
この広い学内には歩道に沿っていくつもの監視カメラが設置されている。
その数はかなりの多さなのだが、一箇所でその映像をモニターするのは困難なので学内の敷地を五つに分けてそれぞれの区画担当の警備班がモニターしているそうだ。
そして学内監視業務第一区は、正門から教室棟と図書館、それに近い文学部棟と経済学部棟周辺を指している。
それぞれの建物内は個別に警備担当がおり、古橋さんは主に第一区の野外担当の警備担当だそうだ。
「古橋さんがどういう人かわかりましたけど、つまりどういう?」
「西澤くん、察しが悪いなあ。つまり、古橋さんはあの『ペッパーハプニング』の日の監視カメラの映像が見れる立場にいるってこと」
「いや、話の流れでそれはわかりますけど……」
「学生が監視カメラの映像って見れるものなんですか?」
口篭る顕人に、晴臣が援護する。
そう、そういうことだ。晴臣の言葉に顕人は大きく頷く。
すると函南は「普通は無理」とあっさり答える。
「監視カメラの映像を見るには、中隊長が何枚も書類を記入して、学生課に申請して、そこから更に警備部に申請して、許可が出れば見せてもらえるけど、大抵許可が出るのに一週間以上かかる。申請内容によっては却下されることも多いしね」
函南は残り僅かなパスタをフォークで巻き上げてるとそのまま口に入れる。
そのタイミングで、晴臣も大盛りカレーを完食する。あの大きなご飯の山を食べきるとは、と顕人は感心する。
函南はパスタを咀嚼して飲み込むと「でも古橋さんは別なの」と呟く。
それがどういう意味かと顕人が考えようとするが、それより早く函南は驚きの言葉を宣う。
「古橋さん、私に気があるみたいなの」
そう照れた様子で呟く函南に、顕人は返す言葉が見つからなかった。
正直、何言ってんだ、という気持ちだった。
晴臣も似たようなものらしく、まるで何も聞こえなかったと言いたげに水を飲んでいる。
二人の反応を気にも留めていない様子の函南は訊いてもいないのに続ける。
「学内で見かけたら挨拶とか声をかけてくれるし、中隊の活動中にジュースご馳走してくれたこともあるし」
「勘違いでは?」
「雨の日に傘忘れて困ってたら傘貸してくれたり」
「それって勘違いでは?」
「ああ、もう滝田五月蝿い!」
果敢に挑む晴臣に顕人は内心賞賛するが、函南の激怒を食らう結果になった。
いや、それは古橋さんの親切エピソードでは、と思わざるを得ないのだが。
顕人がそう思っていると、函南は「でも頼んだら前も監視カメラの映像見せてくれたの!」とテーブルを叩く。
「えっ、函南先輩、古橋さんを脅したんですか?」
「滝田、さっきから失礼ね。頼んだの! 普通に! 脅してない!」
「でもいくら良い人でも監視カメラの映像を見せますか? 学生自治会所属とはいえ学生に……」
顕人がそう訊くと、函南は「だから古橋さんは私に気があるの! 頼んだら見せてくれるの!」とムキになる。
しかもこの様子から察するに、申請せずに監視カメラの映像を見たのは今回が初めてではなさそうだ。
古橋さん、大丈夫だろうか。
顕人は会ったこともない古橋さんが心配になった。
「じゃあ、『ペッパーハプニング』の日の監視カメラの映像見れたんですか?」
晴臣が訊くと、函南のボルテージは一気に下がったのか落ち着いた様子で「見たわ」と頷く。
「走り去った人は確かに六人。皆証言通り目出し帽を被っていた。六人は正門から教室棟に向かって走っていたけど、途中で左折して第一区の監視カメラでは追跡できなくなったの」
「ちなみにどっちへ逃げたんですか?」
「社会学部の方ね。更に奥に工学部があるけど、あの周辺は私たちが放置自転車の一斉撤去をしていた。わざわざ中隊が忙しくなるあの日を狙ったとしか思えないのに、私たちの前に姿を見せることはしないと思う。だから私は社会学部の生徒を疑ってるの」
「社会学部かあ」
晴臣は首を傾げる。
あそこは人数が多い学部だから特定できるか……。
顕人がコーヒーを飲みながら考えていると、函南はトレーを横に寄せてテーブルに身を乗り出す。
「で? どうしてアンタたちは『ペッパーハプニング』を調べてるの?」
彼女はまるで面白いことを察したかのように目を輝かせて二人に詰め寄る。
晴臣が思わず席を立とうとするが、彼女は晴臣の手を掴み「滝田?」と途轍もないプレッシャーをかけてくる。
もしかしてとんでもない人に絡んでしまったのではないのか?
顕人は、助けを求めて自分を見てくる晴臣の視線を黙殺しながら、残り僅かなコーヒーを流し込んだ。
函南彰子は嬉々とした表情で西澤顕人と滝田晴臣を見た。
三人は学内のカフェテリアに来ていた。
既に昼時間が終わり混雑がなくなっている店内だったが、恐らく話の内容に問題が生じると理解して、函南はわざとカフェテリアのテラス席を選んだ。
隣りのテーブルとの距離が広いし、何より室内席より声が響かないのが良い。
函南はまだ昼食を取っていなかったのか、パスタのランチセットを注文していた。クリーム系のソースにほうれん草やベーコンが絡まっている。それと小さな小鉢にサラダのセットだ。見るからに女子の昼食というメニュー。
そして何故か晴臣は大盛りカレーのセットを注文していた。お前さっき宮先生のところで散々が今川焼き食べてたのにまだ食うきか、と顕人は高く積まれたご飯にたっぷりとカレーがかけられた皿に目を疑う。
この小柄な見た目に反して大食漢。燃費が悪いとも言えるのか。
顕人は自分の頼んだコーヒーだけが乗ったトレーの場違い感に気が遠くなる。
しかしそんな顕人を余所に、函南はフォークにパスタを巻きつけながら話し出す。
「サモエド管理中隊としてまだ正式に『ペッパーハプニング』を調べてないんだけど、聞き込みとかはもう始めてるの。あんまり後回しになると被害に遭った生徒たちの記憶も風化しちゃうからね」
「まあ、そうですよねえ」
晴臣はスプーンでカレーとご飯を山盛りに掬いながら口へと入れる。ハムスターの頬袋のように頬を膨らまして咀嚼する。もっと小匙で食べればいいのにと思うが、顕人は過去に数度指摘したがまるで効果がないし、本人がそれで良いのだろうと諦めた。
函南は晴臣とは対照的に、フォークに小さく巻き付けて食べる。
「被害者・目撃者の話では犯人は男性六人。皆、目出し帽を着用していたので顔はわからないけれど、体格はかなり良かったらしい」
「ウチは体育学科はないから、体育会系の部活・同好会に所属してるってことでしょうか」
顕人はそう言いながらカップに口を付ける。
目の前で食事をする二人に対して、自分だけが手持ち無沙汰なことに少し困り顕人はちびちびとコーヒーを飲む。
犯人は男が六人。体格が良い。
だけどかなり広い学内。生徒の数も多い。
別に体育会系の部活・同好会に属していなくても身体を鍛えている生徒はいるだろう。
容疑者が多すぎだ。
もっと特定する方法はないのか。
顕人がそんなことを考えていると、晴臣はもごもごと咀嚼しているものを飲み込み函南に声をかける。
「他に手がかりあるんですよね。函南先輩、さっき話が長くなるって言ってたし、これで終わらないんでしょ?」
確かに。これで話が終わっては困る。
晴臣の言葉に、函南はにやりと楽しそうに、そして得意気に笑う。
「勿論。これで終わらないわ。警備部の古橋さんって知ってる?」
「「知らないです」」
函南の言葉に、顕人と晴臣の返事が被る。
「うん、そうだよね。そうかなって思ってた。私も顔見知りになったの、サモエド管理中隊に入ってからだから……。やっぱり普通の生徒ってあんまり関わりにならないか」
函南は肩を落としながらパスタを口に入れる。
警備部の古橋さんとは。
学内の警備員として雇われている男性だそうだ。
警備部の仕事は、学内の入口である正門と裏門にある警備室からの人の出入りの管理。
来客の対応、並びに車両の誘導。
そして学内の見回りだ。
警備部と一言で言っても、担当が細かく分かれているらしい。
広い学内なので当然と言えば当然だが。
古橋さんはその中で、学内監視業務第一区の担当だと懇切丁寧に函南は語る。
そりゃあ長い話にもなる。
ここまでの説明で、晴臣は大盛りカレーの半分を切り崩していた。
さて。
学内監視業務第一区とは何ぞやと、顔を見合わせる顕人と晴臣に函南は更に丁寧に説明をしてくれる。
この広い学内には歩道に沿っていくつもの監視カメラが設置されている。
その数はかなりの多さなのだが、一箇所でその映像をモニターするのは困難なので学内の敷地を五つに分けてそれぞれの区画担当の警備班がモニターしているそうだ。
そして学内監視業務第一区は、正門から教室棟と図書館、それに近い文学部棟と経済学部棟周辺を指している。
それぞれの建物内は個別に警備担当がおり、古橋さんは主に第一区の野外担当の警備担当だそうだ。
「古橋さんがどういう人かわかりましたけど、つまりどういう?」
「西澤くん、察しが悪いなあ。つまり、古橋さんはあの『ペッパーハプニング』の日の監視カメラの映像が見れる立場にいるってこと」
「いや、話の流れでそれはわかりますけど……」
「学生が監視カメラの映像って見れるものなんですか?」
口篭る顕人に、晴臣が援護する。
そう、そういうことだ。晴臣の言葉に顕人は大きく頷く。
すると函南は「普通は無理」とあっさり答える。
「監視カメラの映像を見るには、中隊長が何枚も書類を記入して、学生課に申請して、そこから更に警備部に申請して、許可が出れば見せてもらえるけど、大抵許可が出るのに一週間以上かかる。申請内容によっては却下されることも多いしね」
函南は残り僅かなパスタをフォークで巻き上げてるとそのまま口に入れる。
そのタイミングで、晴臣も大盛りカレーを完食する。あの大きなご飯の山を食べきるとは、と顕人は感心する。
函南はパスタを咀嚼して飲み込むと「でも古橋さんは別なの」と呟く。
それがどういう意味かと顕人が考えようとするが、それより早く函南は驚きの言葉を宣う。
「古橋さん、私に気があるみたいなの」
そう照れた様子で呟く函南に、顕人は返す言葉が見つからなかった。
正直、何言ってんだ、という気持ちだった。
晴臣も似たようなものらしく、まるで何も聞こえなかったと言いたげに水を飲んでいる。
二人の反応を気にも留めていない様子の函南は訊いてもいないのに続ける。
「学内で見かけたら挨拶とか声をかけてくれるし、中隊の活動中にジュースご馳走してくれたこともあるし」
「勘違いでは?」
「雨の日に傘忘れて困ってたら傘貸してくれたり」
「それって勘違いでは?」
「ああ、もう滝田五月蝿い!」
果敢に挑む晴臣に顕人は内心賞賛するが、函南の激怒を食らう結果になった。
いや、それは古橋さんの親切エピソードでは、と思わざるを得ないのだが。
顕人がそう思っていると、函南は「でも頼んだら前も監視カメラの映像見せてくれたの!」とテーブルを叩く。
「えっ、函南先輩、古橋さんを脅したんですか?」
「滝田、さっきから失礼ね。頼んだの! 普通に! 脅してない!」
「でもいくら良い人でも監視カメラの映像を見せますか? 学生自治会所属とはいえ学生に……」
顕人がそう訊くと、函南は「だから古橋さんは私に気があるの! 頼んだら見せてくれるの!」とムキになる。
しかもこの様子から察するに、申請せずに監視カメラの映像を見たのは今回が初めてではなさそうだ。
古橋さん、大丈夫だろうか。
顕人は会ったこともない古橋さんが心配になった。
「じゃあ、『ペッパーハプニング』の日の監視カメラの映像見れたんですか?」
晴臣が訊くと、函南のボルテージは一気に下がったのか落ち着いた様子で「見たわ」と頷く。
「走り去った人は確かに六人。皆証言通り目出し帽を被っていた。六人は正門から教室棟に向かって走っていたけど、途中で左折して第一区の監視カメラでは追跡できなくなったの」
「ちなみにどっちへ逃げたんですか?」
「社会学部の方ね。更に奥に工学部があるけど、あの周辺は私たちが放置自転車の一斉撤去をしていた。わざわざ中隊が忙しくなるあの日を狙ったとしか思えないのに、私たちの前に姿を見せることはしないと思う。だから私は社会学部の生徒を疑ってるの」
「社会学部かあ」
晴臣は首を傾げる。
あそこは人数が多い学部だから特定できるか……。
顕人がコーヒーを飲みながら考えていると、函南はトレーを横に寄せてテーブルに身を乗り出す。
「で? どうしてアンタたちは『ペッパーハプニング』を調べてるの?」
彼女はまるで面白いことを察したかのように目を輝かせて二人に詰め寄る。
晴臣が思わず席を立とうとするが、彼女は晴臣の手を掴み「滝田?」と途轍もないプレッシャーをかけてくる。
もしかしてとんでもない人に絡んでしまったのではないのか?
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