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第14話『飛揚跋扈①-ヒヨウバッコ-』
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滝田晴臣は西澤顕人と別行動を始めて、社会学部に向かった。
函南彰子が『ペッパーハプニング』の犯人たちが社会学部の方に逃げて行ったと発言したからだ。
社会学部、そして体育会系部活か同好会の生徒から犯人を探せば良いのだが、かなり難しい。
この大学に於いて、社会学部生が一番多い割合を占めている。学内にいる生徒の三割以上が社会学部生なのだ。
そして他の学部よりも遥かに、体育会系部活もしくは同好会に属している生徒が多いのだ。
それなら、社会学部の体育会系部活の生徒掴まえて、どんどん話を聞いていけば良いのでは?
晴臣はカフェテリアで函南の話を聞きながら、そう安直な結論を出したのだ。
室江のメモの件に『ペッパーハプニング』の犯人たちが直接関わりがあるかはさておき、生徒たちに悪質な悪戯を敢行した連中のことは見過ごせないと思ったのが一つ。そしてもう一つ、『ペッパーハプニング』と室江の関連性を消し、『メモ用紙の主、善人説』の可能性を大きくしようという狙いがあった。
というか後者がメインだった。
この賭けは自信がある、と意気込んで晴臣は社会学部棟へ向かった。
きっと社会学部を訪ねたのは顕人であったなら、ロクに話も聞かせて貰えず追い返されていただろう。
体育会系部活や同好会は、その集まりでの結束が強い。
授業や食事を共に行い、他の生徒よりも長くいる時間が長く友好関係や信頼関係が築きやすいことも関係しているのだろう。
ただの流言程度で、身内を売るようなことはしない。
例え、部内に『ペッパーハプニング』の犯人がいるかもしれないと言われても、部外者の言葉に耳を傾けることはないだろう。最悪、痛い目に遭わされる展開も予想できる。
だがしかし、それは話を聴きに行ったのは顕人であったらという場合だ。
滝田晴臣はこれに当てはまらないのだ。
去年の春、この大学の体育会系部活や同好会全体である騒動が起こった。
それはその部活や同好会の主要メンバーのメンタルダウンだ。
夏の大会に向けて準備していた各部活と同好会の大会メンバーが心を病んでしまい大会への参加を拒むという騒動が起きたのだ。
そしてその騒動の原因を作ったのが、他ならぬ晴臣だったのだ。
晴臣は文学部という文系学部に所属しているものの、小柄にも関わらず身体能力に大変恵まれていた。
陸上を始め、大抵のスポーツに好成績を残すことができる逸材だった。
晴臣が入学した去年の春、晴臣の噂を聞きつけた体育会系部活や同好会はこぞって彼を引き入れようと躍起になった。
しかし晴臣としては大学で部活に入るのはあまり気乗りしなかったので、全ての誘いを断っていた。
しかしとある切欠で金銭のやり取りをして助っ人業を行うこととなった。
晴臣を雇えた部活や同好会は、試合や大会に勝ち進むことができたのだが、大してルールも覚えていない、練習も参加しない人間が、これまで頑張ってきた自分たちの成果を軽々と超えていってしまう事実を目の当たりにして、部員たちは心を病んだ。
晴臣の身体能力と運動センスはそれだけ異常だったのだ。
その後、ひと騒動あり晴臣は助っ人業を廃業したもの、体育会系部活や同好会の間では、『メンタルクラッシャー滝田』として今も恐れられているのだ。
体育会系部活・同好会所属の生徒で二年生より上は、未だに晴臣の姿を見て逃げ出す者もいる。
「……誰かいないかなあ」
晴臣は社会学部棟に入ってあたり見回す。
社会学部棟は、生徒数が多いことから文学部棟よりも少し大きい。
文学部棟が七階建てに対して、こちらは十階建て。建物の坪面積も文学部棟より広い。
しかし教室棟やどの学部棟も共通して、建物の玄関ホールには生徒が使えるよう休憩スペースがありベンチやテーブルと椅子が置かれている。
昼休みならもっと賑わっているが、今が三限目の最中であるからか、空席もそこそこある。
さて、この中からどうやって体育会系部活・同好会の生徒を探し出す。
一々声を掛けるのも面倒くさい。
晴臣は悩むがすぐに妙案が思い浮かび、楽しそうに笑う。彼は大きく息を吸うと、玄関ホールに響くくらいの大声で「頼もお!!」と叫んだ。
玄関ホールで雑談をしていたグループ、休憩スペースで課題をしていた生徒、その他の生徒たちが何事かと晴臣に視線を向ける。
が、晴臣を見た生徒たちの中に、一部顔色を悪くする男子生徒が何人もいた。
彼らは知っているのだ、去年の晴臣に行いを。
晴臣はあからさまに顔色が変わった生徒に狙いを絞ると、彼らに話を聞きに行こうかと足を踏み出す。
だけどその矢先、どさりと荷物が落ちる音が玄関ホールに谺する。
晴臣がその音の方へと顔を向けると、建物に入って右手の方にあるエレベーターホールの近くに、おおよそ十メートルほどの距離のところで顔面蒼白な男子生徒が晴臣を見て震えていた。
ショルダーバッグは床に落ち、彼はまるで化物に遭遇したかのように口をぱくぱくと開閉させて後退る。
その顔には晴臣は見覚えがあるものの、一体誰か思い出せない。
けど、まあいいか、という気持ちで晴臣は彼に向き直る。
「今日和、ちょっとお話良いですか?」
晴臣が男子生徒に声をかけ一歩踏み出すと、彼も慌てて後退る。
いやいやそんな逃げなくても、と晴臣は思わず苦笑するが、恐らく彼の心にはまだ深く傷が残っているのだろう。となると、彼は恐らく体育会系部活・同好会の中で晴臣の行動に影響を受けた部員。恐らくは先輩。同回生や後輩が知らないような話も知っているかもしれない。
これは是非話が訊きたい。
晴臣は彼の警戒を解こうと、取り敢えず笑ってみせる。
だけどそれが逆効果だったのか、彼は「ひゃあああああ!」と無様な悲鳴を上げて奥の廊下に向かって走り出す。落とした荷物も拾わないところを見ると、本当に必死らしい。
何もそこまで本気で逃げなくても。
だけど。
「待ってくださいって」
晴臣は走り出した彼の背中を見据えて、同じく走り出す。
一歩、また一歩。
重力を感じさせないような軽い足取りで一歩を踏み出す。
小柄故の瞬発力、でもそれだけでは理由が足りないその速さ。
晴臣は三秒ほどで前を走る男子生徒に追いつき、彼の腕を掴む。彼は「ぎゃあ!」と悲鳴をあげて抵抗するが、晴臣は背後から膝裏を蹴りつけて彼を強制的に床に膝を付かせる。そしてそのまま片手で彼の腕を後ろで捻りあげて、空いている手で彼の首を後ろから掴む。
「助けて、助けて!」
男子生徒は必死に叫ぶ。
これでは晴臣こそが学内の平和を乱す暴漢のようではないか。……実際そうなのだが。
体育会系部活・同好会の事情を知らない一般の生徒たちは何事かと響めき、晴臣を知っている生徒たちは捕まっている彼を生贄にしてそそくさと逃げていく。
そろそろ彼の叫びに嗚咽が混じり出して、晴臣は内心焦る。
去年の自分は、一男子生徒に此処までさせるほどのショックと傷を与えていたのか、と。
しかし他の目星い生徒に逃げられた今、彼を逃がす訳にはいかない。
晴臣は彼を解放する。このまま泣き叫ばれでもしたら、警備部がやってくる。それは大変面倒くさい。
男子生徒はあっさりと解放されたことに驚きながら、それでも恐怖で萎縮した表情で晴臣を見上げる。
「あの、ほんと、調べてることがあって、話訊きたいだけなんです」
晴臣が心底困った様子でそうぼやくと、男子生徒の表情に徐々に血の気が戻ってくる。
「話? 何?」
彼は引き攣ったままの顔だったが、何とかそう答える。
これで漸く話が聞けると安堵したが、それでもまだ響めく玄関ホールは居心地が良い訳もなく晴臣は「ちょっと込み入った話なんで場所変えましょう」と言って彼を無理矢理立たせて外へと引き摺っていった。
***
そこまでの話を聞いて顕人は顔を引き攣らす。
正直その捕まった男子生徒に同情してしまう。彼は運が悪かったのだ。
「鬼か、お前は」
顕人は呆れた顔で思わず呟く。
すると晴臣は炒飯を食べると手を止めて「もう『鬼』じゃないよ」と少し視線を下げてぼやく。
その言葉に顕人の脳裏に、去年の出来事が過ぎる。
「そうだな、悪かった。もう『鬼』じゃないな」
「そうだよ」
顕人が素直に謝ると、晴臣はひひっと悪戯っぽく笑う。
その顔は何処か泣きそうにも見えて、顕人は思わず視線を晴臣から逸らす。
去年のこと、実はまだ気にしてるのか。
あまり深く考えないタイプだと思ってたが。
顕人がそんなことを考えていると、晴臣が「やっぱり餃子も注文しようかな」と呟くので今日に阿呆らしくなって「ホントにハルは燃費悪いな」と溜息をついた。
函南彰子が『ペッパーハプニング』の犯人たちが社会学部の方に逃げて行ったと発言したからだ。
社会学部、そして体育会系部活か同好会の生徒から犯人を探せば良いのだが、かなり難しい。
この大学に於いて、社会学部生が一番多い割合を占めている。学内にいる生徒の三割以上が社会学部生なのだ。
そして他の学部よりも遥かに、体育会系部活もしくは同好会に属している生徒が多いのだ。
それなら、社会学部の体育会系部活の生徒掴まえて、どんどん話を聞いていけば良いのでは?
晴臣はカフェテリアで函南の話を聞きながら、そう安直な結論を出したのだ。
室江のメモの件に『ペッパーハプニング』の犯人たちが直接関わりがあるかはさておき、生徒たちに悪質な悪戯を敢行した連中のことは見過ごせないと思ったのが一つ。そしてもう一つ、『ペッパーハプニング』と室江の関連性を消し、『メモ用紙の主、善人説』の可能性を大きくしようという狙いがあった。
というか後者がメインだった。
この賭けは自信がある、と意気込んで晴臣は社会学部棟へ向かった。
きっと社会学部を訪ねたのは顕人であったなら、ロクに話も聞かせて貰えず追い返されていただろう。
体育会系部活や同好会は、その集まりでの結束が強い。
授業や食事を共に行い、他の生徒よりも長くいる時間が長く友好関係や信頼関係が築きやすいことも関係しているのだろう。
ただの流言程度で、身内を売るようなことはしない。
例え、部内に『ペッパーハプニング』の犯人がいるかもしれないと言われても、部外者の言葉に耳を傾けることはないだろう。最悪、痛い目に遭わされる展開も予想できる。
だがしかし、それは話を聴きに行ったのは顕人であったらという場合だ。
滝田晴臣はこれに当てはまらないのだ。
去年の春、この大学の体育会系部活や同好会全体である騒動が起こった。
それはその部活や同好会の主要メンバーのメンタルダウンだ。
夏の大会に向けて準備していた各部活と同好会の大会メンバーが心を病んでしまい大会への参加を拒むという騒動が起きたのだ。
そしてその騒動の原因を作ったのが、他ならぬ晴臣だったのだ。
晴臣は文学部という文系学部に所属しているものの、小柄にも関わらず身体能力に大変恵まれていた。
陸上を始め、大抵のスポーツに好成績を残すことができる逸材だった。
晴臣が入学した去年の春、晴臣の噂を聞きつけた体育会系部活や同好会はこぞって彼を引き入れようと躍起になった。
しかし晴臣としては大学で部活に入るのはあまり気乗りしなかったので、全ての誘いを断っていた。
しかしとある切欠で金銭のやり取りをして助っ人業を行うこととなった。
晴臣を雇えた部活や同好会は、試合や大会に勝ち進むことができたのだが、大してルールも覚えていない、練習も参加しない人間が、これまで頑張ってきた自分たちの成果を軽々と超えていってしまう事実を目の当たりにして、部員たちは心を病んだ。
晴臣の身体能力と運動センスはそれだけ異常だったのだ。
その後、ひと騒動あり晴臣は助っ人業を廃業したもの、体育会系部活や同好会の間では、『メンタルクラッシャー滝田』として今も恐れられているのだ。
体育会系部活・同好会所属の生徒で二年生より上は、未だに晴臣の姿を見て逃げ出す者もいる。
「……誰かいないかなあ」
晴臣は社会学部棟に入ってあたり見回す。
社会学部棟は、生徒数が多いことから文学部棟よりも少し大きい。
文学部棟が七階建てに対して、こちらは十階建て。建物の坪面積も文学部棟より広い。
しかし教室棟やどの学部棟も共通して、建物の玄関ホールには生徒が使えるよう休憩スペースがありベンチやテーブルと椅子が置かれている。
昼休みならもっと賑わっているが、今が三限目の最中であるからか、空席もそこそこある。
さて、この中からどうやって体育会系部活・同好会の生徒を探し出す。
一々声を掛けるのも面倒くさい。
晴臣は悩むがすぐに妙案が思い浮かび、楽しそうに笑う。彼は大きく息を吸うと、玄関ホールに響くくらいの大声で「頼もお!!」と叫んだ。
玄関ホールで雑談をしていたグループ、休憩スペースで課題をしていた生徒、その他の生徒たちが何事かと晴臣に視線を向ける。
が、晴臣を見た生徒たちの中に、一部顔色を悪くする男子生徒が何人もいた。
彼らは知っているのだ、去年の晴臣に行いを。
晴臣はあからさまに顔色が変わった生徒に狙いを絞ると、彼らに話を聞きに行こうかと足を踏み出す。
だけどその矢先、どさりと荷物が落ちる音が玄関ホールに谺する。
晴臣がその音の方へと顔を向けると、建物に入って右手の方にあるエレベーターホールの近くに、おおよそ十メートルほどの距離のところで顔面蒼白な男子生徒が晴臣を見て震えていた。
ショルダーバッグは床に落ち、彼はまるで化物に遭遇したかのように口をぱくぱくと開閉させて後退る。
その顔には晴臣は見覚えがあるものの、一体誰か思い出せない。
けど、まあいいか、という気持ちで晴臣は彼に向き直る。
「今日和、ちょっとお話良いですか?」
晴臣が男子生徒に声をかけ一歩踏み出すと、彼も慌てて後退る。
いやいやそんな逃げなくても、と晴臣は思わず苦笑するが、恐らく彼の心にはまだ深く傷が残っているのだろう。となると、彼は恐らく体育会系部活・同好会の中で晴臣の行動に影響を受けた部員。恐らくは先輩。同回生や後輩が知らないような話も知っているかもしれない。
これは是非話が訊きたい。
晴臣は彼の警戒を解こうと、取り敢えず笑ってみせる。
だけどそれが逆効果だったのか、彼は「ひゃあああああ!」と無様な悲鳴を上げて奥の廊下に向かって走り出す。落とした荷物も拾わないところを見ると、本当に必死らしい。
何もそこまで本気で逃げなくても。
だけど。
「待ってくださいって」
晴臣は走り出した彼の背中を見据えて、同じく走り出す。
一歩、また一歩。
重力を感じさせないような軽い足取りで一歩を踏み出す。
小柄故の瞬発力、でもそれだけでは理由が足りないその速さ。
晴臣は三秒ほどで前を走る男子生徒に追いつき、彼の腕を掴む。彼は「ぎゃあ!」と悲鳴をあげて抵抗するが、晴臣は背後から膝裏を蹴りつけて彼を強制的に床に膝を付かせる。そしてそのまま片手で彼の腕を後ろで捻りあげて、空いている手で彼の首を後ろから掴む。
「助けて、助けて!」
男子生徒は必死に叫ぶ。
これでは晴臣こそが学内の平和を乱す暴漢のようではないか。……実際そうなのだが。
体育会系部活・同好会の事情を知らない一般の生徒たちは何事かと響めき、晴臣を知っている生徒たちは捕まっている彼を生贄にしてそそくさと逃げていく。
そろそろ彼の叫びに嗚咽が混じり出して、晴臣は内心焦る。
去年の自分は、一男子生徒に此処までさせるほどのショックと傷を与えていたのか、と。
しかし他の目星い生徒に逃げられた今、彼を逃がす訳にはいかない。
晴臣は彼を解放する。このまま泣き叫ばれでもしたら、警備部がやってくる。それは大変面倒くさい。
男子生徒はあっさりと解放されたことに驚きながら、それでも恐怖で萎縮した表情で晴臣を見上げる。
「あの、ほんと、調べてることがあって、話訊きたいだけなんです」
晴臣が心底困った様子でそうぼやくと、男子生徒の表情に徐々に血の気が戻ってくる。
「話? 何?」
彼は引き攣ったままの顔だったが、何とかそう答える。
これで漸く話が聞けると安堵したが、それでもまだ響めく玄関ホールは居心地が良い訳もなく晴臣は「ちょっと込み入った話なんで場所変えましょう」と言って彼を無理矢理立たせて外へと引き摺っていった。
***
そこまでの話を聞いて顕人は顔を引き攣らす。
正直その捕まった男子生徒に同情してしまう。彼は運が悪かったのだ。
「鬼か、お前は」
顕人は呆れた顔で思わず呟く。
すると晴臣は炒飯を食べると手を止めて「もう『鬼』じゃないよ」と少し視線を下げてぼやく。
その言葉に顕人の脳裏に、去年の出来事が過ぎる。
「そうだな、悪かった。もう『鬼』じゃないな」
「そうだよ」
顕人が素直に謝ると、晴臣はひひっと悪戯っぽく笑う。
その顔は何処か泣きそうにも見えて、顕人は思わず視線を晴臣から逸らす。
去年のこと、実はまだ気にしてるのか。
あまり深く考えないタイプだと思ってたが。
顕人がそんなことを考えていると、晴臣が「やっぱり餃子も注文しようかな」と呟くので今日に阿呆らしくなって「ホントにハルは燃費悪いな」と溜息をついた。
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