胎動

神﨑なおはる

文字の大きさ
18 / 50

18:痛くて苦しくて悲しくて

しおりを挟む
 璃亜夢は多目的トイレで声を殺して泣き続けていたがどれくらいの時間が経った頃か、徐々に腹部に痛みを感じ始める。
 この世の終わりが来たのかと璃亜夢は感じた。
 暫くは一定間隔で痛みがやってきては引いていく感じを繰り返す。
 璃亜夢は腹の痛みに恐怖を感じながら祈るような気分で便座に座っていた。
 だけど時間が進むにつれ、痛みは増し、いよいよ座っていられなくなりタイルに転がった。普段なら衛生面とか気になって絶対にできないが、今は腹の痛みにもうそれどころじゃあなかった。
 のたうち回るように床を転がる。
 叫びそうになるのを、コインランドリーで洗ったばかりのタオルハンカチを口に詰めて堪える。
 痛すぎて只管辛い。
 世の母親たちはこんな苦行に耐えて子供を産むのか。
 望んで子供を産む母親たちでも大変なことなのに、望んでもないのにこの瞬間を迎える璃亜夢に耐えられるのか。
 このまま無残に死んでしまうんじゃないのか。

 璃亜夢は何度も何度も体勢を変えながら痛みに耐える。
 最終的に仰向けの体勢に落ち着く。
 出る、もう何か出る!
 股の方へ途轍もない力で圧迫される感覚に目が回る。
 見れないからわからないが、腹の中のこいつの頭が子宮口から出てこようとしているのかもしれない。
 痛くてもうよくわからなくて。
 こういうとき、ドラマとかでどういう呼吸方法をしていたか。思い出そうとするが、痛いとか苦しいとか、そういうことが璃亜夢の思考を埋めてしまう。
 本当に痛くて苦しい。
 助けて欲しい。
 この痛みから誰か助けて。
 璃亜夢は口の中のタオルハンカチを噛み締めて何度も力む。
 何度力んだかわからない。
 だけどその瞬間は来てしまう。
 それまで苦しい程の圧迫感が不意にするりと抜ける。

 んやああああああ。
 ふぎゃあああああ。

 多目的トイレに鳴き声が響く。璃亜夢を苦しめ続けた獣の鳴き声だ。
 璃亜夢は腹部を襲う圧迫感に解放されゆっくりと身体を起こしタオルハンカチを吐き出して漸く十分に呼吸をする。
 視線を下ろすと、そこには小さな猿のエイリアンのような生き物がいた。
 こんな小さな生き物に、璃亜夢は死にたくなるような気持ちになっていたことに複雑な気持ちだった。
 ちょっと高いところから落とせば、簡単に殺せるに違いない。
 こんなちっぽけな存在に……。
 璃亜夢は血まみれのくしゃくしゃな小猿のようなものを見て嘲笑する。

「お前のせいで、散々な目にあったわよ」
 璃亜夢はふがふがと呼吸をして鳴き声をあげる生き物に手を伸ばす。
 妊娠してから随分体力が損なわれてきた璃亜夢であっても、生まれたばかりのこいつを絞め殺すくらいはできるだろう。
 抵抗もできないはずだ。
 璃亜夢は恐る恐るそれに触れる。

 温かい。
 血の気の引いた璃亜夢よりも温かい。
 その温かさに、当たり前の話だが、こいつも生きているのだと璃亜夢は思う。
 自分は今から生き物を殺すのだ。
 そう思っていると、璃亜夢の手に何かが触れる。
 生まれたばかりの生き物の小さな手が、首を絞めようと伸ばしていた璃亜夢の手に触れる。
 小さくふにゃふにゃな手で璃亜夢の手に触れた。

「……触るなよ、気持ち悪い」
 璃亜夢は掠れた声で言い放つ。
 だけどそいつは璃亜夢の手を握って、一瞬だけ、笑ったかのように表情を変える。
 それを見て、璃亜夢は無性に泣きたくなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...