胎動

神﨑なおはる

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40:大人と子供の境界線はひどく曖昧

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「産みたくて産んだわけじゃない。どうにかして出てくる前に殺そうと思ってたわ。ずっと恨み言を聞かせてた。死んでくれ、死んでくれ、ってずっと呪ってきた」
「今もか?」
「今はちょっとわかんない」
「何で?」
「二日前までは殺そうと思ってた。五月蝿いし、臭いし、夜も全然眠れなくて。すぐそこの公園の池に捨てようとした」
「思い止まったのか」
「公園に行こうと部屋を出たら大黒さんに呼び止められたの」
「あいつ、何て?」
「私が今から殺しに行こうとしている赤ちゃん見て、産まれたんですねおめでとうございますって」
「まあ、あいつからしたら普通の反応だな」
「もう何言ってんだこいつってなって……何がめでたいのよって怒鳴ったわ」
「大黒のやつ、絶対引いたんじゃないのかそれ」
「どうだったんだろ、私がもうそれどころじゃなかったから。……それから泣き散らかす私の話を聞いてくれて、病院にまで連れてってくれた」
「病院? 何で」
「私が病院に行かずに、公衆トイレで出産したって話したから」
「……お前、ガキのくせに過激なことするなあ」
「一昨日と昨日、凄く、親身になってくれた。嬉しかったの。凄く、嬉しかったの……嬉しかった、のに」
「……」
「このまま……ずっと、今のままで良かったのに、今のままが、良かったのに」
「それは自分勝手な話だな。大黒や赤ん坊の気持ちなんて関係ない、お前だけが望むことだろそれは」
「自分勝手なやつはいっぱいいるわ! どうして私だけが責められるの?!」
「我を押し通すことも必要なときはあるけど、お前のそれはただの我儘だろ。義務は果たさないのに要求だけ突きつける。それが『子供』のやることだ。だからお前は『子供』なんだ」
「何よそれ」
「今のままは絶対に続かない。お前はこの子をどうするかまずは決めるべきだ。……まだ殺す気があるのか?」
「……わからない。茉莉花って名前をつけて、おっぱいあげて、顔を見てたら、もうわからなくなった」
「茉莉花っていうのかこの子」
「名前がなかったから、あの人が名前をつけてあげてって。でも思い浮かばなかったから……キッチンにあるお茶の名前をもらったの。友達からの引越し祝いだって言ってた」
「……」
「何よ変な顔して。大黒さんはいい名前だって言ってくれたわ」
「いや、別に、名前に不満はないけど。……お前はこの子をどうしたい。この子の『母親』になりたいって思うか?」
「……私はずっとこの子に死ねって思ってたの。そんなヤツが母親とか、人生詰んでるわよね」
「これ以降、この子の人生に関わる気はないってことか?」
「まだ……そこまで考えられない」
「『母親』になれないなら、それは別に良い。ならさっさとお前はこの子の人生から速やかに存在を消すべきだ。中途半端に存在があると、苦しむのは子供だ」
「それ、経験談?」
「そうだったらどうした」
「アンタのお母さん、何でいなくなったの」
「俺も知らん。俺はあの人のことを何にも知らん。顔は写真で見て知ってる。綺麗な人だった。だけど実家とは折り合いが悪かったみたいだ。子供の時に一度父さんに連れられてあの人の実家に行ったことがある。どうしてあの子に子供なんて産ませた、あの子は人を不幸にする血統なんだって祖母に言われた」
「それどういう意味?」
「俺もよく知らん。知りたくもない。だけど母親は多分、今も何処かで誰かを不幸にしてるんだろうさ、俺みたいに」
「母親が嫌い?」
「嫌いだ。どうせなら、死んでたことにしてて欲しかったくらいだ」
「……そう」
「この子はどうだろうな。自分の死を望んでた女を、お母さん、なんて呼ばなくちゃいけないなんてそれはそれで不幸だ」
「……だから言ってるじゃない、産まれた瞬間、人生詰んでるって」
「じゃあ手放すか?」
「その方が良い、のかな」
「それはお前次第だろ」
「私が育てても不幸になるって言った癖に」
「そうは言ってない。大体子育て数日の新米が育てた気になってんじゃねえぞ」
「何よそれ」
「今のお前は育てる以前の立場だろ。これからこの子は育っていくんだ。その時にこの子のために何をするかじゃないのか。この子のために、これからもこの子の人生に関わって一緒に成長していくつもりがあるなら、今の生活じゃ駄目だ。何よりお前は自立して『大人』にならなくちゃいけない。この子のために使えるもんは親でも何でも使うべきだ。……でも、まだこのまま『子供』でいるなら手放す方がこの子も良い。周りからの支援も望めない『子供』に育てられても、この子が困るだけだ」
「……大黒さんにも言われた。私って『子供』?」
「俺は大黒ほど出来た『大人』じゃないが、お前は間違いなく『子供』だ」

「じゃあ、『大人』になるためにはどうした良かったの?」

「大抵は『子供』でいられなくなって『大人』になるんだ。お前はこの瞬間、どうなんだろうな」
「……ほんと、何よそれ」
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