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第6話『閃光』
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入学したいと思っている高校は綺麗な校舎だった。
何でも何年か前に有名大学への合格者を出したとかで、それを機に進学校としての知名度を上げたのだがそれに併せて校舎を改修したらしい。
綺麗な校舎、整えられた備品。
両親への説得で、校舎が綺麗になっている、と言ったもののどんなものかはちゃんと調べていなかったが実際これ程綺麗とは思っておらず試験を受けに来て心底驚かされた。
筆記試験の日に見れたのは一部の教室だけだったが、玄関の校内図では自習室や広い図書室など設備も充実しているように思えた。
あの土地が嫌で両親が首を縦に振ってくれそうな高校を適当に探したが、悪くないかもしれない。
試験も手応えがあったし、来る高校生活に期待が持てた。
入試が終わって、俺は同じく入試に来ていた学生たちと共に学校を出た。
殆どの生徒は最寄りの駅に向かって歩く。自宅が近隣の学生は各々の帰路について散っていく。
俺は彼らを見送りながら、駅へ向かう学生たちから離れる。
まだこっちの方へ引越しはしておらず、現在は住居を探している状態だ。
今日は俺の入試に併せて、両親は新しい住居を見に来ている。
この後に合流することになっていた。
俺はスマートフォンで集合場所を確認するため、歩道の端に寄って足を止める。
予め母さんに送られていた地図と現在地を確認する。この場所からどういうルートが良いだろうか。
そんなことを考えていると、不意に視界の端に不気味なものが映り込む。
それは黒い煙のようだった。
歩道脇に並んでいる花壇の真横、まるで焚き火のように歩道のレンガタイルから湧き上がっている。
煙草の煙のように風ですぐに消えてしまいそうなものではない。
黒く濃い深い色をしていた。風に吹かれても霧散せず、その空間に絵の具でも塗りつけたようだ。
靴墨だってコイツには負けるだろう。
げっそりするような黒い煙の中には何か得体の知れないものが蠢いている。
蜘蛛のように見えた。
だけどスマートフォン越しに見ているとそれはまるで蠍みたいに長い尾のようなものを煙の中で揺らしている。だけど蠍にしては尾が長すぎる。優に一メートルは超えている。
まるで釣りでもするように尾を地面まで垂れ下げている。
あんなもので一体何を釣ろうというのか。
いや、考えなくても知っている。
こういうヤツは取り憑く人間を探しているのだ。
あの蠍のようなものが見えず近づいてきた人間に取り憑き、『障る』のだ。
まるで赤ん坊の頃の弟がそうだったかのように。
やばい、絶対近づかない。
何だったら迂回して進もう。
俺はスマートフォンを片手に道を確認している風を装いながら、黒い煙のようなものを観察する。まさかあっちも俺に見られているとは思わないだろう。
俺はソイツを視界の端に捉えたまま、ゆっくりと離れる。
見つけたときに三メートル程の距離があったが、今はもう少し距離が開いて五メートルくらいになる。
きっとこんなのはヤツ等にとっては誤差みたいなもので、この五メートルの距離だってあってないようなものなのだろう。
俺はもう絶対にあんなのとは関わらない。
そう自分に言い聞かせて、俺はヤツに背を向けた。そして漸くスマートフォンに向けていた視線を前へと戻した。
俺の顔を覗き込む不気味な姿だってもうない。
これで良い。
だけど半泣きになりながら陰鬱した表情でのそのそと歩いてくる女子が今度は視界に入ってくる。制服姿のその女子はまるで財布でも落としたのかこの世の終わりのような顔つきで俺が迂回することを決めた道を進んでいく。
重い足取りでゆっくりと花壇の横を歩いている。
あまり暗い雰囲気を背負っていたのでもしかして『常人に見えないもの』なのかと震えた。だけど足元を見ると影がある。それを見て、ああこの女子はちゃんと人間だ、と胸を撫でおろした。
しかしこのまま進めば確実にあの黒いヤツにぶつかる。
あの女子が何故泣いているかはどうでも良いが、あの黒いヤツみたいなのは気持ちが沈んでいる人間に『障る』ことが多い。
ぶつかれば確実に取り憑かれる。
「……」
俺は足を止めて、女子を見てしまう。
女子は自分のことを不躾に見てくる俺のことなんて気が付いていないようで俯きがちに歩いていく。
俺の横を通り過ぎて行く。
もうあと数秒で彼女はヤツにぶつかってしまう。
何か声をかけるべきか。
いや、でも、不自然だろいきなり。
大体何て声かけるんだよ。
『目の前にやばいのがいるから花壇から離れた方が良いよ』?
馬鹿か。
何も言わなくていい。
あんなところ、歩いているから悪いんだろ。
自業自得だ。
そう自分に言うけれど、凄く嫌だった。
俺は、そういうのも嫌で変わりたいと思ったんじゃないのか。
そう思った時に振り返っていたし、気が付けば肩を落として歩くその女子に声をかけていた。
「あの!」
その声に女子は足を止めて、目の端に涙を溜めた顔で振り返る。
彼女は鼻をすすりながら、突然自分を呼び止めてきた俺を怪しむように見てくる。
「何ですか」
警戒からか低く呟く彼女の声に、俺は声をかけてから何と言うべきなのかと焦る。声をかける前に考えておけよと、数秒前の自分を叱責したくて堪らない。
「あの、えっと……」
「何」
声をかけてきたくせに何もまともなことを言わない俺に彼女は苛立ちを滲ませる。
俺は必死に不自然なく彼女を呼び止めた理由を考え、そしてビビリながら口走る。
「さっき、そこの花壇にでっかい蜘蛛がいたんだ。虫が嫌いなら離れて歩いた方が良いよ」
女子というものは大半が虫の類が嫌いだろう。
ゴキブリ、ムカデ、蜘蛛。
中学でもこんな小さな蜘蛛が壁を這っていただけでキャーキャー騒いでいた。
彼女も同様で、俺の口から『でっかい蜘蛛』と言った瞬間、暗かった表情がみるみる青くなる。
彼女は真横を並ぶ花壇を見て慌てて花壇から離れる。
自分の足元を何度も確認して、俺が口からでまかせで言った蜘蛛を探す。でも自分の近くにはいないと安心して肩を落とすと俺に会釈して歩き出す。
花壇の真横から離れて、あの黒いヤツと衝突しないだろう。
でも、大丈夫だろうか。
俺は心配になって歩く彼女を暫く見る。
女子はものの数秒で、あの黒いヤツの横を通り過ぎる。
だけどそれまで動かなかったヤツは彼女が通り過ぎるとその後を追いかけるように動き出した。
やっぱり駄目だった。
ああいう暗い性質の人間はああいうものを寄せてしまう。
俺のやったことは無駄だったんだ。
そう思うのも束の間で、ヤツはその長い尾のようなものを彼女の背後から身体へと巻きつける。本当に一瞬の出来事だった。
「あ」
その瞬間に俺は無意識に小さな悲鳴を上げた。
彼女は見えていないし、自分にこれから何が降りかかるかも知らないのだろう。
だけど尾が巻き付いた瞬間、違和感があったのか身体を震わせた。
その妙な感覚を、俺が口にした蜘蛛が近くの木から落ちてきたのかと思ったのかもしれない。
彼女は周囲を気にしながら、肩を払うような仕草をする。
そういうヤツらはそんなことじゃあ取れないぞ。
俺は同情しながら心の中でそう呟く。
しかし実際は違った。
彼女が手で肩を払った時、黒い虫のような何かは彼女の肩に乗っていた。
彼女はそれに触れたのだ。
いや、そもそも実体を持たないものだから触れるはずがない。
だから普通はそんなことじゃあ取り除けない。
それなのに、彼女が肩を払うように虫に手が当たった瞬間、彼女の手が触れた箇所からその黒い虫は弾け飛んだのだ。
それはロケット花火が生み出す閃光のようだった。
触れられた箇所から火花を散らし一瞬して燃え尽きて消えた。
「え」
その光景はあまりに衝撃的だった。
テレビを見ながら気まぐれに『バルス』と呟いたら数秒後に『空から謎の島が落ちてきた』というニュース速報を見たくらいの衝撃だった。落ちるのはSNSのサーバーくらいだと思っていたのに。
何が起こったのかわからなかった。
えっ、本当に何が起こったの?
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
俺が硬直して自分が見た光景に戸惑っていると、俺の悲鳴地味た声が消えていたのか数メートル先の彼女は慌てて振り返り悲痛な顔になる。
「えっ、何、変な感じしたけど本当に蜘蛛?! 背中?! 背中についてるの!?」
彼女はそう言いながら半泣きになりながら俺に近づく。
だけど俺はそれどころではなかった。
彼女は一体何をしたのか。
何が起こったのかわからなかったから。
俺は近付いてくる彼女に何を言っていいのかわからず、思わずその場を逃げ出した。
まだ残像のように視界にちらつくあの光が俺の脳裏を焦がしていた。
何でも何年か前に有名大学への合格者を出したとかで、それを機に進学校としての知名度を上げたのだがそれに併せて校舎を改修したらしい。
綺麗な校舎、整えられた備品。
両親への説得で、校舎が綺麗になっている、と言ったもののどんなものかはちゃんと調べていなかったが実際これ程綺麗とは思っておらず試験を受けに来て心底驚かされた。
筆記試験の日に見れたのは一部の教室だけだったが、玄関の校内図では自習室や広い図書室など設備も充実しているように思えた。
あの土地が嫌で両親が首を縦に振ってくれそうな高校を適当に探したが、悪くないかもしれない。
試験も手応えがあったし、来る高校生活に期待が持てた。
入試が終わって、俺は同じく入試に来ていた学生たちと共に学校を出た。
殆どの生徒は最寄りの駅に向かって歩く。自宅が近隣の学生は各々の帰路について散っていく。
俺は彼らを見送りながら、駅へ向かう学生たちから離れる。
まだこっちの方へ引越しはしておらず、現在は住居を探している状態だ。
今日は俺の入試に併せて、両親は新しい住居を見に来ている。
この後に合流することになっていた。
俺はスマートフォンで集合場所を確認するため、歩道の端に寄って足を止める。
予め母さんに送られていた地図と現在地を確認する。この場所からどういうルートが良いだろうか。
そんなことを考えていると、不意に視界の端に不気味なものが映り込む。
それは黒い煙のようだった。
歩道脇に並んでいる花壇の真横、まるで焚き火のように歩道のレンガタイルから湧き上がっている。
煙草の煙のように風ですぐに消えてしまいそうなものではない。
黒く濃い深い色をしていた。風に吹かれても霧散せず、その空間に絵の具でも塗りつけたようだ。
靴墨だってコイツには負けるだろう。
げっそりするような黒い煙の中には何か得体の知れないものが蠢いている。
蜘蛛のように見えた。
だけどスマートフォン越しに見ているとそれはまるで蠍みたいに長い尾のようなものを煙の中で揺らしている。だけど蠍にしては尾が長すぎる。優に一メートルは超えている。
まるで釣りでもするように尾を地面まで垂れ下げている。
あんなもので一体何を釣ろうというのか。
いや、考えなくても知っている。
こういうヤツは取り憑く人間を探しているのだ。
あの蠍のようなものが見えず近づいてきた人間に取り憑き、『障る』のだ。
まるで赤ん坊の頃の弟がそうだったかのように。
やばい、絶対近づかない。
何だったら迂回して進もう。
俺はスマートフォンを片手に道を確認している風を装いながら、黒い煙のようなものを観察する。まさかあっちも俺に見られているとは思わないだろう。
俺はソイツを視界の端に捉えたまま、ゆっくりと離れる。
見つけたときに三メートル程の距離があったが、今はもう少し距離が開いて五メートルくらいになる。
きっとこんなのはヤツ等にとっては誤差みたいなもので、この五メートルの距離だってあってないようなものなのだろう。
俺はもう絶対にあんなのとは関わらない。
そう自分に言い聞かせて、俺はヤツに背を向けた。そして漸くスマートフォンに向けていた視線を前へと戻した。
俺の顔を覗き込む不気味な姿だってもうない。
これで良い。
だけど半泣きになりながら陰鬱した表情でのそのそと歩いてくる女子が今度は視界に入ってくる。制服姿のその女子はまるで財布でも落としたのかこの世の終わりのような顔つきで俺が迂回することを決めた道を進んでいく。
重い足取りでゆっくりと花壇の横を歩いている。
あまり暗い雰囲気を背負っていたのでもしかして『常人に見えないもの』なのかと震えた。だけど足元を見ると影がある。それを見て、ああこの女子はちゃんと人間だ、と胸を撫でおろした。
しかしこのまま進めば確実にあの黒いヤツにぶつかる。
あの女子が何故泣いているかはどうでも良いが、あの黒いヤツみたいなのは気持ちが沈んでいる人間に『障る』ことが多い。
ぶつかれば確実に取り憑かれる。
「……」
俺は足を止めて、女子を見てしまう。
女子は自分のことを不躾に見てくる俺のことなんて気が付いていないようで俯きがちに歩いていく。
俺の横を通り過ぎて行く。
もうあと数秒で彼女はヤツにぶつかってしまう。
何か声をかけるべきか。
いや、でも、不自然だろいきなり。
大体何て声かけるんだよ。
『目の前にやばいのがいるから花壇から離れた方が良いよ』?
馬鹿か。
何も言わなくていい。
あんなところ、歩いているから悪いんだろ。
自業自得だ。
そう自分に言うけれど、凄く嫌だった。
俺は、そういうのも嫌で変わりたいと思ったんじゃないのか。
そう思った時に振り返っていたし、気が付けば肩を落として歩くその女子に声をかけていた。
「あの!」
その声に女子は足を止めて、目の端に涙を溜めた顔で振り返る。
彼女は鼻をすすりながら、突然自分を呼び止めてきた俺を怪しむように見てくる。
「何ですか」
警戒からか低く呟く彼女の声に、俺は声をかけてから何と言うべきなのかと焦る。声をかける前に考えておけよと、数秒前の自分を叱責したくて堪らない。
「あの、えっと……」
「何」
声をかけてきたくせに何もまともなことを言わない俺に彼女は苛立ちを滲ませる。
俺は必死に不自然なく彼女を呼び止めた理由を考え、そしてビビリながら口走る。
「さっき、そこの花壇にでっかい蜘蛛がいたんだ。虫が嫌いなら離れて歩いた方が良いよ」
女子というものは大半が虫の類が嫌いだろう。
ゴキブリ、ムカデ、蜘蛛。
中学でもこんな小さな蜘蛛が壁を這っていただけでキャーキャー騒いでいた。
彼女も同様で、俺の口から『でっかい蜘蛛』と言った瞬間、暗かった表情がみるみる青くなる。
彼女は真横を並ぶ花壇を見て慌てて花壇から離れる。
自分の足元を何度も確認して、俺が口からでまかせで言った蜘蛛を探す。でも自分の近くにはいないと安心して肩を落とすと俺に会釈して歩き出す。
花壇の真横から離れて、あの黒いヤツと衝突しないだろう。
でも、大丈夫だろうか。
俺は心配になって歩く彼女を暫く見る。
女子はものの数秒で、あの黒いヤツの横を通り過ぎる。
だけどそれまで動かなかったヤツは彼女が通り過ぎるとその後を追いかけるように動き出した。
やっぱり駄目だった。
ああいう暗い性質の人間はああいうものを寄せてしまう。
俺のやったことは無駄だったんだ。
そう思うのも束の間で、ヤツはその長い尾のようなものを彼女の背後から身体へと巻きつける。本当に一瞬の出来事だった。
「あ」
その瞬間に俺は無意識に小さな悲鳴を上げた。
彼女は見えていないし、自分にこれから何が降りかかるかも知らないのだろう。
だけど尾が巻き付いた瞬間、違和感があったのか身体を震わせた。
その妙な感覚を、俺が口にした蜘蛛が近くの木から落ちてきたのかと思ったのかもしれない。
彼女は周囲を気にしながら、肩を払うような仕草をする。
そういうヤツらはそんなことじゃあ取れないぞ。
俺は同情しながら心の中でそう呟く。
しかし実際は違った。
彼女が手で肩を払った時、黒い虫のような何かは彼女の肩に乗っていた。
彼女はそれに触れたのだ。
いや、そもそも実体を持たないものだから触れるはずがない。
だから普通はそんなことじゃあ取り除けない。
それなのに、彼女が肩を払うように虫に手が当たった瞬間、彼女の手が触れた箇所からその黒い虫は弾け飛んだのだ。
それはロケット花火が生み出す閃光のようだった。
触れられた箇所から火花を散らし一瞬して燃え尽きて消えた。
「え」
その光景はあまりに衝撃的だった。
テレビを見ながら気まぐれに『バルス』と呟いたら数秒後に『空から謎の島が落ちてきた』というニュース速報を見たくらいの衝撃だった。落ちるのはSNSのサーバーくらいだと思っていたのに。
何が起こったのかわからなかった。
えっ、本当に何が起こったの?
開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
俺が硬直して自分が見た光景に戸惑っていると、俺の悲鳴地味た声が消えていたのか数メートル先の彼女は慌てて振り返り悲痛な顔になる。
「えっ、何、変な感じしたけど本当に蜘蛛?! 背中?! 背中についてるの!?」
彼女はそう言いながら半泣きになりながら俺に近づく。
だけど俺はそれどころではなかった。
彼女は一体何をしたのか。
何が起こったのかわからなかったから。
俺は近付いてくる彼女に何を言っていいのかわからず、思わずその場を逃げ出した。
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