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第10話『できないヤツ』
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教室にたった一人自分の席に座っていた才明寺は扉を開けた俺を見た。
その表情は、入試の日に見たような悲痛さが滲んでいる。
何だそのこの世の終わりのような顔は。
俺は才明寺の表情に思わず一歩引くと、才明寺自身自分がどういう顔をしているのか自覚があるのか慌てて顔を俯けて机に視線を落とす。
俺は自分の席に戻りながらも才明寺の席を横目で見る。
机には数枚のプリントがあった。
内容までは確認できないが、今日出た宿題にプリント課題はなかったはずだ。だけど才明寺は苦役を強いられた労働者のような表情でプリントを睨んでいるが、握られたペンが動く様子はない。
正直な話、関わりたくねえ。
さっさとカバンを引っ掴んで帰ろう。
そう思いながらカバンに手を伸ばす。だけどその瞬間、数分前の大森先生との会話を思い出す。俺の助けが必要なヤツというのは才明寺のことだったのだろうか。
俺はカバンに向かって伸ばしていた手を下ろすと、才明寺に気付かれないように深呼吸をして才明寺の机に近づく。
「何やってんの」
才明寺の席の前に立ってプリントを覗き見る。
それは今日やった小テストのプリントだった。英語、数学、現代文。三つ全部揃っている。が、それらの点数の低空飛行っぷりに俺は思わず二度見する。
小テストだぞ?
広大な範囲からの問題じゃないんだぞ?
限られた小さな範囲の中で出された問題で、何故こんな点数になるんだ?
そのあまりの点数に言葉が出てこないが、俺の表情を見て才明寺は顔を赤くして慌てて上半身を机に乗せるようにしてその小テストを隠す。
「見ないでよ!」
「……ひっどいな、解答欄間違えたのか?」
いやもうそれしか考えられない。
しかしどれも才明寺にとって真面目な解答だったらしく彼女は更に顔を赤くして俺を睨んだ。
「全力でやってこれよ! 悪かったわね!」
「おう……」
マジか。
俺は彼女の身体と机の隙間からするりとプリントを引っ張り出す。
数学の小テストだ。これは特に酷い、まさかの0点だった。
あまりの低空飛行が過ぎる答案を俺があんぐりと見ていると彼女は俯いて、内に秘めたる忸怩たる思いを呪いのように呟く。
「できないヤツの気持ちなんてわからないわ、できるヤツには」
その斬りつけるような鋭い言葉は俺を貫く。
勉学において俺は自分と他者を比べて卑屈になったことは全くないが、この目に関しては常に絶望に近い感情を抱えていた。
『常人に見えないもの』の隣りでにこやかに笑って日々の生活を精一杯楽しむ他人が、『常人に見えないもの』を見てその驚異を思い知ってヤツらを恐れて頭を低くして生きる俺に訴えかけてくるのだ。『そんな風に生きてて疲れないか』と。
言葉にしてくるわけじゃあない。ただそういう雰囲気を出してくるんだ。
俺は、才明寺の言葉を聞いて、皆が同じことを考えているのだと知る。
多かれ少なかれ、他者を羨望する心が自分に付き纏う。
「見えないヤツに俺の気持ちが分かるか」
ぼそりと呟いた言葉は息を吐くように無意識に出てしまった本音だった。
俺も、その目に恐怖を映すことなく日々を明るく暮らす『見えないヤツ』が妬ましいのだ。
呟いてから、拙い、と思ったが、幸い才明寺には聞こえていなかったのか彼女は怪訝な顔をして「何?」と聞き返してくる。
「……中学校で習ったはずの範囲、しかも基礎問題ができないヤツの気持ちが、俺に分かるか」
「な!」
俺が数学の小テストを見ながらそう呟くと、才明寺はショックを受けて怒りで赤かった顔を見る見ると青くした。そんな凹むようなことだったのか。
「で、何やってんの」
「……小テスト全部、不合格だったから解答直してから帰るように言われたの。でも全然わかんなくって」
「えぇ……」
そもそもこのテスト合格点が存在したのか。
俺は才明寺の一つ前の席に座って「紙ある? ルーズリーフでもプリントの裏でも良いけど」と言いながら才明寺が机に転がしたペンを取る。
「ルーズリーフあるわ」
才明寺はそう言いながらルーズリーフを取り出す。
俺はそれに、今回の小テストの問題に使う公式と簡単な図を書き出していくが、才明寺はまるで古代文字でも見るような顔で公式を睨む。
「一問目と四問目は三平方の定理、二問目と三問目は接弦定理を使う、五問目は乗法公式」
「え、さんへうほう、せつげん?」
「おい」
「えっ、習ったっけ」
「習ったはずだろ、乗法公式とか中学の始めらへんのだろが」
「そうだっけ?」
首を傾げる才明寺に今度は俺が頭を抱えたくなる。
こいつこれまでの数学の授業に何をしていたんだ。
「一応確認するけど九九はできるんだよな?」
「そこまで酷くないわよ?!」
「いや、既に結構酷いぞ」
「嘘」
俺の言葉に才明寺は顔を更に青くする。
取り敢えず一番簡単な乗法公式から始める。
……平方根とか確実に躓いてそうだな、こいつ。
俺は、可能なら限り言葉を噛み砕いて、何故この公式はこうなるかを才明寺に説明する。説明する度に頭の上に?マークを並べていく才明寺に対して、内心、よくこの高校に受かったなと慄くしかなかった。
その表情は、入試の日に見たような悲痛さが滲んでいる。
何だそのこの世の終わりのような顔は。
俺は才明寺の表情に思わず一歩引くと、才明寺自身自分がどういう顔をしているのか自覚があるのか慌てて顔を俯けて机に視線を落とす。
俺は自分の席に戻りながらも才明寺の席を横目で見る。
机には数枚のプリントがあった。
内容までは確認できないが、今日出た宿題にプリント課題はなかったはずだ。だけど才明寺は苦役を強いられた労働者のような表情でプリントを睨んでいるが、握られたペンが動く様子はない。
正直な話、関わりたくねえ。
さっさとカバンを引っ掴んで帰ろう。
そう思いながらカバンに手を伸ばす。だけどその瞬間、数分前の大森先生との会話を思い出す。俺の助けが必要なヤツというのは才明寺のことだったのだろうか。
俺はカバンに向かって伸ばしていた手を下ろすと、才明寺に気付かれないように深呼吸をして才明寺の机に近づく。
「何やってんの」
才明寺の席の前に立ってプリントを覗き見る。
それは今日やった小テストのプリントだった。英語、数学、現代文。三つ全部揃っている。が、それらの点数の低空飛行っぷりに俺は思わず二度見する。
小テストだぞ?
広大な範囲からの問題じゃないんだぞ?
限られた小さな範囲の中で出された問題で、何故こんな点数になるんだ?
そのあまりの点数に言葉が出てこないが、俺の表情を見て才明寺は顔を赤くして慌てて上半身を机に乗せるようにしてその小テストを隠す。
「見ないでよ!」
「……ひっどいな、解答欄間違えたのか?」
いやもうそれしか考えられない。
しかしどれも才明寺にとって真面目な解答だったらしく彼女は更に顔を赤くして俺を睨んだ。
「全力でやってこれよ! 悪かったわね!」
「おう……」
マジか。
俺は彼女の身体と机の隙間からするりとプリントを引っ張り出す。
数学の小テストだ。これは特に酷い、まさかの0点だった。
あまりの低空飛行が過ぎる答案を俺があんぐりと見ていると彼女は俯いて、内に秘めたる忸怩たる思いを呪いのように呟く。
「できないヤツの気持ちなんてわからないわ、できるヤツには」
その斬りつけるような鋭い言葉は俺を貫く。
勉学において俺は自分と他者を比べて卑屈になったことは全くないが、この目に関しては常に絶望に近い感情を抱えていた。
『常人に見えないもの』の隣りでにこやかに笑って日々の生活を精一杯楽しむ他人が、『常人に見えないもの』を見てその驚異を思い知ってヤツらを恐れて頭を低くして生きる俺に訴えかけてくるのだ。『そんな風に生きてて疲れないか』と。
言葉にしてくるわけじゃあない。ただそういう雰囲気を出してくるんだ。
俺は、才明寺の言葉を聞いて、皆が同じことを考えているのだと知る。
多かれ少なかれ、他者を羨望する心が自分に付き纏う。
「見えないヤツに俺の気持ちが分かるか」
ぼそりと呟いた言葉は息を吐くように無意識に出てしまった本音だった。
俺も、その目に恐怖を映すことなく日々を明るく暮らす『見えないヤツ』が妬ましいのだ。
呟いてから、拙い、と思ったが、幸い才明寺には聞こえていなかったのか彼女は怪訝な顔をして「何?」と聞き返してくる。
「……中学校で習ったはずの範囲、しかも基礎問題ができないヤツの気持ちが、俺に分かるか」
「な!」
俺が数学の小テストを見ながらそう呟くと、才明寺はショックを受けて怒りで赤かった顔を見る見ると青くした。そんな凹むようなことだったのか。
「で、何やってんの」
「……小テスト全部、不合格だったから解答直してから帰るように言われたの。でも全然わかんなくって」
「えぇ……」
そもそもこのテスト合格点が存在したのか。
俺は才明寺の一つ前の席に座って「紙ある? ルーズリーフでもプリントの裏でも良いけど」と言いながら才明寺が机に転がしたペンを取る。
「ルーズリーフあるわ」
才明寺はそう言いながらルーズリーフを取り出す。
俺はそれに、今回の小テストの問題に使う公式と簡単な図を書き出していくが、才明寺はまるで古代文字でも見るような顔で公式を睨む。
「一問目と四問目は三平方の定理、二問目と三問目は接弦定理を使う、五問目は乗法公式」
「え、さんへうほう、せつげん?」
「おい」
「えっ、習ったっけ」
「習ったはずだろ、乗法公式とか中学の始めらへんのだろが」
「そうだっけ?」
首を傾げる才明寺に今度は俺が頭を抱えたくなる。
こいつこれまでの数学の授業に何をしていたんだ。
「一応確認するけど九九はできるんだよな?」
「そこまで酷くないわよ?!」
「いや、既に結構酷いぞ」
「嘘」
俺の言葉に才明寺は顔を更に青くする。
取り敢えず一番簡単な乗法公式から始める。
……平方根とか確実に躓いてそうだな、こいつ。
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