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第19話『最初の山場』
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祐生の顔からは黒いシミが綺麗になくなり、俺は心の底から安心した。
祐生本人もただ疲れが出ただけだと思っていたし、母さんもそうだと思っていた。
俺だけが家族の危機が去って心の底から安堵した。
本当に良かった、本当に良かった。
二度とこんな思いはしたくない。そう思うのと同じくらい、俺は才明寺が生み出す火花の美しさにもう一度見たいと思ってもいたのだ。
さて。
学生の春のイベントと言えば何か。
大半の人はゴールデンウィークと言うだろう。仲の良くなった友達と遊びに出かけて親交を深めるには良い期間だ。学内とは違う時間を過ごせば相手のまた別の一面も見えて更に仲良くなれるだろう。
だが、しかし。
それは仲の良い友達がいる場合だ。
俺のように四月の大半、特定の『仲良し』を作ることのできなかった俺には関係のない話だ。メタな話をイベント発生に必要なフラグを立てることができなかったのだ。
俺はゴールデンウィークを自宅で引き籠もり、怒涛の四月からは考えられない程穏やかな時間を過ごした。
それにゴールデンウィークが終わればすぐに一学期の中間試験だ。
学生として本分がそこにある。授業で学んだことを如何に昇華できるか。そこにかかっている。
俺は四月にごたごたした期間の範囲を躓かないように、ゴールデンウィークはじっくりと机に向かった。
正直、一学期の中間範囲は狭いし、それほど難しくはないだろう。そう思っていたが、学生皆がそうではない、ということを俺はゴールデンウィーク明けに実感することになる。
「柵木、助けて……」
地の底から響くような悲痛さが滲む低い声でそう呟く才明寺。その表情はあまりに暗く、とてもじゃないが連休明けの人間には見えない。……いや待て、連休明けの人間にはこういう悲痛な面持ちのヤツが多いのか?
兎も角、登校早々、俺の席の前で待ち構えていた才明寺に思わず後退る。すると彼女は「取り敢えず話を聞いて!」と言いながら、電車で一時間程の距離にあるテーマパークのロゴが描かれたクッキーの箱を差し出して深々と頭を下げる。
テーマパークの存在は知っているが、引越し前に祐生がこっちに来たら絶対行きたいと満面の笑顔で言っていたが、俺としてはあの場所に足を踏み入れる日が来るのかと思いながら祐生の話に曖昧な笑いを浮かべて聞いてたのを思い出す。
俺は箱を受け取りながらも才明寺に「何だこれ」と問う。
「お土産! ゴールデンウィークに中学の友達と行って来たの」
そうにこやかに才明寺は笑う。数秒前のこの世の終わりのような
「いや、そういうことを訊きたいんじゃねえよ。これが何かなんて見りゃわかる。俺が訊きたいのは理由だよ。何で俺がお前にお土産貰うんだよ」
俺は受け取った箱と才明寺を交互に見る。
片手には余るサイズの箱。高校生の限られた小遣いで、わざわざ買ってくるには重みが酷い。
何だ、一体何を要求されるんだ。
俺は戦々恐々としていると、才明寺は四月の始めに配られた一学期の行事予定が書かれた紙を広げて俺に見せてくる。
「此処にご注目」
「はあ?」
才明寺は五月の欄を差す。
書かれているのはゴールデンウィーク。
その次は中間試験。それが何だ?
俺が不思議そうにスケジュールを見ていると、才明寺の表情に暗さが戻ってくる。
「ゴールデンウィークの後に中間試験があるなんて……!!」
まるで初めて知ったかのような言い方だ。
ゴールデンウィークの後に中間試験があるのは、中学校の時からだろ。今年で四回目だろ、何言ってんだ。
俺は呆れながら才明寺を見る。
「で?」
「中間試験があるのよ?!」
「そんなの知ってるよ」
俺は机に漸く通学カバンを置いて席に着く。結局意図がはっきりしない土産の箱も机に置く。才明寺は俺の机の前に回ると手を合わせて俺に拝む。
「中間と期末って、赤点取った数で夏休みの補講と宿題が増えるって聞いたんだけど」
「らしいな」
俺には関係ない話だけど。
赤点なんて取らないだろ。そもそもこの学校の赤点が何点か知らないけど。
そんなことを考えながら一時間目の授業の準備をしていると、才明寺は机に置いていた土産の箱を俺にずずいと押し出す。
「勉強、教えて」
「……」
「勉強、教えて」
「二回も言うな、聞こえてる」
「私の夏休みがかかってるの! だからお願い!」
才明寺はそう言いながら、また両手を合わせて俺に拝む。
赤点なんて本気で言ってるのかと俺は呆れるが、すぐに考えを改める。
俺の目の前にいる女は鉛筆転がして試験を乗り越えてきたヤツなのだから。
とはいえ、これまでも放課後に顕になっていく彼女の学力に、確かに才明寺なら赤点も有り得るのかと思ってしまう。
「で、どうなの?」
才明寺は俺に詰め寄る。
彼女には恩があるから叶えるのは吝かではないが……これはかなり面倒だ。
俺は悩みながら才明寺をちらりと見ると、彼女はキラキラと期待を込めた瞳で見つめてくる。
その視線を止めろ。居心地が悪い。
その視線から逃げたくて、俺は「……今日、提出の課題あるけど、終わってんのか?」と問うと、才明寺からスンと表情がなくなり慌てて自分の席に逃げ帰る。
……あいつ、宿題してないな。
赤点云々より、そういうところで減点されて補講に呼ばれるんじゃないのか。
そんなことを思いながら、俺は机に残された土産の箱に諦めたように肩をすくめた。
祐生本人もただ疲れが出ただけだと思っていたし、母さんもそうだと思っていた。
俺だけが家族の危機が去って心の底から安堵した。
本当に良かった、本当に良かった。
二度とこんな思いはしたくない。そう思うのと同じくらい、俺は才明寺が生み出す火花の美しさにもう一度見たいと思ってもいたのだ。
さて。
学生の春のイベントと言えば何か。
大半の人はゴールデンウィークと言うだろう。仲の良くなった友達と遊びに出かけて親交を深めるには良い期間だ。学内とは違う時間を過ごせば相手のまた別の一面も見えて更に仲良くなれるだろう。
だが、しかし。
それは仲の良い友達がいる場合だ。
俺のように四月の大半、特定の『仲良し』を作ることのできなかった俺には関係のない話だ。メタな話をイベント発生に必要なフラグを立てることができなかったのだ。
俺はゴールデンウィークを自宅で引き籠もり、怒涛の四月からは考えられない程穏やかな時間を過ごした。
それにゴールデンウィークが終わればすぐに一学期の中間試験だ。
学生として本分がそこにある。授業で学んだことを如何に昇華できるか。そこにかかっている。
俺は四月にごたごたした期間の範囲を躓かないように、ゴールデンウィークはじっくりと机に向かった。
正直、一学期の中間範囲は狭いし、それほど難しくはないだろう。そう思っていたが、学生皆がそうではない、ということを俺はゴールデンウィーク明けに実感することになる。
「柵木、助けて……」
地の底から響くような悲痛さが滲む低い声でそう呟く才明寺。その表情はあまりに暗く、とてもじゃないが連休明けの人間には見えない。……いや待て、連休明けの人間にはこういう悲痛な面持ちのヤツが多いのか?
兎も角、登校早々、俺の席の前で待ち構えていた才明寺に思わず後退る。すると彼女は「取り敢えず話を聞いて!」と言いながら、電車で一時間程の距離にあるテーマパークのロゴが描かれたクッキーの箱を差し出して深々と頭を下げる。
テーマパークの存在は知っているが、引越し前に祐生がこっちに来たら絶対行きたいと満面の笑顔で言っていたが、俺としてはあの場所に足を踏み入れる日が来るのかと思いながら祐生の話に曖昧な笑いを浮かべて聞いてたのを思い出す。
俺は箱を受け取りながらも才明寺に「何だこれ」と問う。
「お土産! ゴールデンウィークに中学の友達と行って来たの」
そうにこやかに才明寺は笑う。数秒前のこの世の終わりのような
「いや、そういうことを訊きたいんじゃねえよ。これが何かなんて見りゃわかる。俺が訊きたいのは理由だよ。何で俺がお前にお土産貰うんだよ」
俺は受け取った箱と才明寺を交互に見る。
片手には余るサイズの箱。高校生の限られた小遣いで、わざわざ買ってくるには重みが酷い。
何だ、一体何を要求されるんだ。
俺は戦々恐々としていると、才明寺は四月の始めに配られた一学期の行事予定が書かれた紙を広げて俺に見せてくる。
「此処にご注目」
「はあ?」
才明寺は五月の欄を差す。
書かれているのはゴールデンウィーク。
その次は中間試験。それが何だ?
俺が不思議そうにスケジュールを見ていると、才明寺の表情に暗さが戻ってくる。
「ゴールデンウィークの後に中間試験があるなんて……!!」
まるで初めて知ったかのような言い方だ。
ゴールデンウィークの後に中間試験があるのは、中学校の時からだろ。今年で四回目だろ、何言ってんだ。
俺は呆れながら才明寺を見る。
「で?」
「中間試験があるのよ?!」
「そんなの知ってるよ」
俺は机に漸く通学カバンを置いて席に着く。結局意図がはっきりしない土産の箱も机に置く。才明寺は俺の机の前に回ると手を合わせて俺に拝む。
「中間と期末って、赤点取った数で夏休みの補講と宿題が増えるって聞いたんだけど」
「らしいな」
俺には関係ない話だけど。
赤点なんて取らないだろ。そもそもこの学校の赤点が何点か知らないけど。
そんなことを考えながら一時間目の授業の準備をしていると、才明寺は机に置いていた土産の箱を俺にずずいと押し出す。
「勉強、教えて」
「……」
「勉強、教えて」
「二回も言うな、聞こえてる」
「私の夏休みがかかってるの! だからお願い!」
才明寺はそう言いながら、また両手を合わせて俺に拝む。
赤点なんて本気で言ってるのかと俺は呆れるが、すぐに考えを改める。
俺の目の前にいる女は鉛筆転がして試験を乗り越えてきたヤツなのだから。
とはいえ、これまでも放課後に顕になっていく彼女の学力に、確かに才明寺なら赤点も有り得るのかと思ってしまう。
「で、どうなの?」
才明寺は俺に詰め寄る。
彼女には恩があるから叶えるのは吝かではないが……これはかなり面倒だ。
俺は悩みながら才明寺をちらりと見ると、彼女はキラキラと期待を込めた瞳で見つめてくる。
その視線を止めろ。居心地が悪い。
その視線から逃げたくて、俺は「……今日、提出の課題あるけど、終わってんのか?」と問うと、才明寺からスンと表情がなくなり慌てて自分の席に逃げ帰る。
……あいつ、宿題してないな。
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そんなことを思いながら、俺は机に残された土産の箱に諦めたように肩をすくめた。
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