見える彼 と 見えない彼女

神﨑なおはる

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第44話『見える人』

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 才明寺からの電話の後、暫く歩いていたが前を歩く三留たちは細い道に入った。
 アスファルトによって歩きやすくされていた道路から、雑草の目立つ砂利道に入る。一メートルに満たない幅だったが、草が生えている道と呼べるような隙間を俺たちは歩き出す。
 マジな山登りっぽくなってきたな。今日は普通のスニーカーだけど、大丈夫だろうか。
 俺は足元に不安を感じつつ、前を歩く三留たちに付いて行く。
 今歩いている道は幸いにも、よく踏み均されているようで歩くに不自由がなさそうなことは少し歩いて察した。この奥はどうなっているか、わからないが……。
 そんな歪な道を五分も歩かない内に、先頭を歩いていた三留は「あれ?」と声を上げながら足を止めた。その声に、皆が三留の視線の先を見る。
 五メートル程先に工事現場や立ち入り禁止の場所でよく見るような黄色と黒の標識ロープが道を塞ぐようにかかっていた。それでも厳重という感じではなく、道の端にある木に適当にくくりつけられて、道向の木に同じように結ばれている雑な感じ。高さも一メートルくらいのところだし、簡単に潜れてしまう。これを張った奴のやる気のなさが滲み出ている。
 そのロープを結んでいる木には、『虫発生中』『殺虫剤散布中』という真新しい看板が立てかけられている。
「四月に来た時はなかったのになあ」
 三留はロープを見ながら呟く。
 その呟きに雲野は「一回来てんのかよ」と笑う。
「俺はそんな気したよ、だって三留、すっげースタスタ歩いていくんだから」
「確かに道知ってる風だったよなあ」
 早島と雲野が笑う。
 それを見ながら利部は「どうする?」とロープを指差す。
「虫なら別に良くないか? そんなに長居しないしさ」
 三留は呟く。その声に誰も異を唱えることはなく次々とロープを潜っていく。
 は? 此処、私有地なのでは?
 そう思うも、次々とロープを潜って奥へ進む一行。
 俺が戸惑っていると、ロープを潜っていた貴水が振り返り「柵木くん?」と声をかけてくれる。
 俺はこの状況に少し焦りながら「此処って私有地じゃないのか?」と貴水に問う。貴水は「あー……」と困った顔をする。
「そうなんだ、此処私有地。でも目的地がこの奥にあるんだ」
「何があるの」
 それは違法なことをしても見るべきものなのか。俺はただ貴水の言葉を待つ。
 すると貴水は「何があるのか、俺は柵木くんの『答え』が聞きたいところなんだ」と困り顔を溶かして楽しそうに笑う。
「俺の答え?」
「そう」
 貴水の言葉の意味をまた考えさせられる。何だろう、今日はこういうことが多いな。
 何だか頭が痛くなる。
 そんなとき、貴水は「あ」と小さく声をあげるので、俺は下げていた視線を貴水に向ける。貴水は俺の方を指差してこう言った。

「後ろ、避けた方が良くない?」

 その言葉に、俺は慌てて振り返る。
 すると、後ろに黒いミイラのような何かがのっそりとした足取りで近づいてきていた。ドラマや映画で見るような焼死体のような姿の『何か』だった。もしかしたら火事で死んだ人の幽霊なのかもしれない。この近くで家事でもあったのか。
 驚いて俺は慌ててその幽霊に道を空ける。
『常人の目に見えないもの』の中には、生きている人間に見られていることを知るとちょっかいをかけてくる奴も中にはいるけれど、『あの女』のように、でもコイツはそうではないらしく俺に見向きもせずゆっくりとした足取りで道を進む。
 ただ単に彷徨っているだけなのか、それとも目的の場所が向こうにあるのか。どちらにせよ、成仏できずにいるのは確かだ。
 その在り方に少し同情してしまう。
 幽霊はのそりのそりと道を進む。貴水もその幽霊を避けてその姿を見送る。

 え。

 俺は今、これまで一度だって遭遇したことのない状況に襲われていることに気がつき汗が噴き出す。今、何が起こった。
 貴水のヤツ、幽霊を避けなかったか?!
 ぎょっとして俺は幽霊から貴水を凝視する。
 貴水は幽霊の行先を見ていたが、ゆっくりと俺に視線を戻し「何処行くんだろうね」と呟く。
 その言葉に俺は貴水も『見えている』のだと直感する。
 今まで会ったことはなかった。たった一人だって『常人に見えないもの』が見えているという人間に会ったことはなく、俺の苦しみが分かる人間は存在しないのかもしれないと思ってたけれど……。
 喜ぶべきなのか、驚くべきなのか。何か言うべきなのか、言葉が全く出てこない。
 だけど貴水はそうではないらしく「何かそこそこ大きかったね」と笑う。

「た、貴水には、その『見える』のか」

 何が、とは言えなかった。勘違いだったときのことが怖かったから。
 貴水は少し考えるように首を傾げると「歩きながら話そうか」と言いながら俺が潜りやすいようにロープを引っ張り上げる。
 だけど俺は、まだ、そのロープを越えることを躊躇していた。それを見透かしたように貴水は「来るか来ないか好きにしたらいいよ。ただ俺は、今日以降、柵木くんが話したい・・・・ことを一切話す気はないけど」と言い放つ。
 どうする?
 貴水は笑う。
 俺は貴水とロープを交互に見ると、息を整えてそのロープを潜った。
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