33 / 38
二、家族の形
第6話『赤の他人』
しおりを挟む
大黒朱鳥が急いで自宅マンションに帰るとリビングには同居している小学生女児・酒栄茉莉花が神妙な面持ちで大黒の帰りを待ち受けていた。
茉莉花は大黒の顔を見るなり気まずそうに「おかえりなさい、あすか君」と呟くが、視線は大黒を直視できずやや部屋中を彷徨っている。ソファーに座りクッションを抱きかかえて座る茉莉花は、既に自分が仕出かした失態について理解している様子だった。
大黒はそんな茉莉花を見ながら、さてどう切り出したものか、と考えながらソファーではなくカーペットに正座する。
「茉莉花さん」
「……」
「先生から連絡が着たよ。今日、家庭訪問の日だったんだね」
「うん……」
「どうして教えてくれなかったのかな。先生も此処に来て、僕も麗子さんもいないからびっくりしてた」
大黒はおおよそ一時間前にスマートフォンにかかってきた電話を思い出す。
相手は茉莉花のクラスの担任教師からで、今日は家庭訪問のためこの部屋にやってきた第一保護者欄に名前を記載している大黒も、第二保護者欄の祖母・酒栄麗子もこの場にはいないのだから。
いたのは茉莉花だけで、茉莉花は自分の名前の由来になったジャスミンティーを淹れて教師をもてなしたらしい。
あまりに有無を言わせないもてなしに教師は困惑しながらも、何故誰もいないのか尋ねたが、茉莉花が連絡をし忘れていたのだといい「先生、来てくれたのにごめんなさい」と謝罪したのだという。
この部屋に住んでいるのは、大黒と茉莉花の二人。
二人に血の繋がりはなく、遠縁というわけでもない。
ただ茉莉花の母と『数日の縁』があったから。
それだけで茉莉花の母が育てることができなくなった茉莉花を引き取った。
茉莉花の祖母も、母のことがあったせいか、茉莉花を育てる自信がないと養子縁組に茉莉花を出すことを考えていたが、大黒がそれを止めたのだ。
何とかなると思ったし、この七年は実際何とかなってきたのだ。
だけど小学生になって、学校に行き始めることで茉莉花の生活が変わる。
これまでと得られる知識・情報量が違ってくる。
クラスメイトの話す家族の姿と、自分の経験とは違いに気がついている節があった。
それを大黒に明確に問うことはしてこなかった。
だけど、母と今度いつ会えるのか、ということを以前に比べて母の予定を気にするようになった。
会いたいのだろう、と大黒は思った。
やはり子供にとって『母』という存在はそれだけ大きなものだ。
全く関わりのない状態だったらどうだったかはわからない。
だけど茉莉花の母は、茉莉花との関わりを全て絶っているわけではない。
誕生日やクリスマスにはプレゼントと手紙を届けるし、年に数度か食事会も行われる。
茉莉花への情は間違いなくあるのに、茉莉花の母は『母』であることを拒否したのだ。
その心情については、七年経った今でも大黒の知るところではない。
彼女に、聞ければいいのだろう。
だけどそれは突き詰めれば茉莉花と彼女の母の問題なのだ。
『他人』である大黒が踏み込んでいいことではないのだ。
「……先生に言った通り、お知らせのプリントを見せるの忘れてただけ?」
大黒は、いつもの、夕食時の雑談のような調子で茉莉花に問う。
しかしながら、茉莉花の表情には緊張が張り付いていて、ソファーでクッションを抱えたまま。大黒を無視しているわけではなく、彼女の中で言葉を整頓しているように見える。
大黒は茉莉花の準備ができるのを待つ。
「……あすか君、お仕事いそがしいって。この間のゴールデンウィークも、お休みなのにお仕事行ってたから」
「家庭訪問は大事なものだから休めたよ? それに僕が駄目でも麗子さんにお願いすれば」
「おばあちゃん、先週電話したら昨日からおじいちゃんと旅行だって」
「あー……」
そういえば先月電話したときに、旅行の計画を立ててると話していたが、昨日からだったのか。
大黒が麗子の予定を忘れていたことを反省する。
「それでも、言って欲しかったな。茉莉花さんのために時間は作りたいし」
大黒がそう呟く。
その言葉に一瞬肩を大きく揺らす。
「言えない。あすか君は、『お父さん』じゃないでしょ」
茉莉花は小さな声で呟く。
その声に大黒はぎょっとする。
大黒の表情が変わるのに気がついた茉莉花は自分の発言に顔を青くする。彼女はクッションを手から落とすと「ご、ごめんなさい」としどろもどろに口走り慌てて部屋を飛び出す。
大黒は、茉莉花から発せられた言葉が想像以上に彼にダメージを与えていることに自覚しながら肩を落として溜息をついた。
茉莉花は大黒の顔を見るなり気まずそうに「おかえりなさい、あすか君」と呟くが、視線は大黒を直視できずやや部屋中を彷徨っている。ソファーに座りクッションを抱きかかえて座る茉莉花は、既に自分が仕出かした失態について理解している様子だった。
大黒はそんな茉莉花を見ながら、さてどう切り出したものか、と考えながらソファーではなくカーペットに正座する。
「茉莉花さん」
「……」
「先生から連絡が着たよ。今日、家庭訪問の日だったんだね」
「うん……」
「どうして教えてくれなかったのかな。先生も此処に来て、僕も麗子さんもいないからびっくりしてた」
大黒はおおよそ一時間前にスマートフォンにかかってきた電話を思い出す。
相手は茉莉花のクラスの担任教師からで、今日は家庭訪問のためこの部屋にやってきた第一保護者欄に名前を記載している大黒も、第二保護者欄の祖母・酒栄麗子もこの場にはいないのだから。
いたのは茉莉花だけで、茉莉花は自分の名前の由来になったジャスミンティーを淹れて教師をもてなしたらしい。
あまりに有無を言わせないもてなしに教師は困惑しながらも、何故誰もいないのか尋ねたが、茉莉花が連絡をし忘れていたのだといい「先生、来てくれたのにごめんなさい」と謝罪したのだという。
この部屋に住んでいるのは、大黒と茉莉花の二人。
二人に血の繋がりはなく、遠縁というわけでもない。
ただ茉莉花の母と『数日の縁』があったから。
それだけで茉莉花の母が育てることができなくなった茉莉花を引き取った。
茉莉花の祖母も、母のことがあったせいか、茉莉花を育てる自信がないと養子縁組に茉莉花を出すことを考えていたが、大黒がそれを止めたのだ。
何とかなると思ったし、この七年は実際何とかなってきたのだ。
だけど小学生になって、学校に行き始めることで茉莉花の生活が変わる。
これまでと得られる知識・情報量が違ってくる。
クラスメイトの話す家族の姿と、自分の経験とは違いに気がついている節があった。
それを大黒に明確に問うことはしてこなかった。
だけど、母と今度いつ会えるのか、ということを以前に比べて母の予定を気にするようになった。
会いたいのだろう、と大黒は思った。
やはり子供にとって『母』という存在はそれだけ大きなものだ。
全く関わりのない状態だったらどうだったかはわからない。
だけど茉莉花の母は、茉莉花との関わりを全て絶っているわけではない。
誕生日やクリスマスにはプレゼントと手紙を届けるし、年に数度か食事会も行われる。
茉莉花への情は間違いなくあるのに、茉莉花の母は『母』であることを拒否したのだ。
その心情については、七年経った今でも大黒の知るところではない。
彼女に、聞ければいいのだろう。
だけどそれは突き詰めれば茉莉花と彼女の母の問題なのだ。
『他人』である大黒が踏み込んでいいことではないのだ。
「……先生に言った通り、お知らせのプリントを見せるの忘れてただけ?」
大黒は、いつもの、夕食時の雑談のような調子で茉莉花に問う。
しかしながら、茉莉花の表情には緊張が張り付いていて、ソファーでクッションを抱えたまま。大黒を無視しているわけではなく、彼女の中で言葉を整頓しているように見える。
大黒は茉莉花の準備ができるのを待つ。
「……あすか君、お仕事いそがしいって。この間のゴールデンウィークも、お休みなのにお仕事行ってたから」
「家庭訪問は大事なものだから休めたよ? それに僕が駄目でも麗子さんにお願いすれば」
「おばあちゃん、先週電話したら昨日からおじいちゃんと旅行だって」
「あー……」
そういえば先月電話したときに、旅行の計画を立ててると話していたが、昨日からだったのか。
大黒が麗子の予定を忘れていたことを反省する。
「それでも、言って欲しかったな。茉莉花さんのために時間は作りたいし」
大黒がそう呟く。
その言葉に一瞬肩を大きく揺らす。
「言えない。あすか君は、『お父さん』じゃないでしょ」
茉莉花は小さな声で呟く。
その声に大黒はぎょっとする。
大黒の表情が変わるのに気がついた茉莉花は自分の発言に顔を青くする。彼女はクッションを手から落とすと「ご、ごめんなさい」としどろもどろに口走り慌てて部屋を飛び出す。
大黒は、茉莉花から発せられた言葉が想像以上に彼にダメージを与えていることに自覚しながら肩を落として溜息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を
花籠しずく
キャラ文芸
――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。
月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。
帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。
「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」
これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。
※R-15っぽいゆるい性描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる