フィリアの食卓

神﨑なおはる

文字の大きさ
34 / 38
二、家族の形

第7話『受け入れられない歪さ』

しおりを挟む
 茉莉花が部屋を飛び出していったが、大黒に焦りはなかった。
 というのも、茉莉花には定番の『避難場所』があるのだ。
 大黒と喧嘩した時、大黒が仕事で遅くなった時、一人で寂しい時に向かう場所がある。それは隣りの部屋だ。
 大黒たちの住む部屋の隣りには、大黒の大学時代からの友人が住んでいる。
 宮紡みやつむぐと言い、大学で学生に対して教鞭を執っている男だ。
 彼の部屋には白い体毛の犬を飼っている。コバルトという名前で、茉莉花はよく散歩に連れて行っている。
 いつも落ち込んだりすると茉莉花は隣りの部屋へ向かい、白く大きな犬の体毛に埋もれるように抱きつくのだ。
 きっと、今も。

 少し時間を置いて様子を見に行こう。

 大黒はそんなことを思いながら、大黒はゆっくりと立ち上がり帰ってきてそのままにしていた通勤カバンを自分の部屋に置きに行き、スーツの上着をハンガーにかける。
 晩ご飯はどうしようか。
 いつもはスーパーに寄って食材だったり安くなった惣菜を買って帰るのだが、今日は学校からの電話に驚いて慌てて帰ってきたのだ。
 ネクタイを緩めながらキッチンに向かうと、茉莉花が米を炊いていてくれたようだった。冷蔵庫の中のものでおかずを作ろうかと冷蔵庫を確認していると、玄関の方から音がする。
 茉莉花が帰ってきたにしては早すぎる。
 それなら恐らく隣人がやってきたのだろう。
 茉莉花が、今夜はコバルトと一緒に寝る、と言い出したことも過去に何度かある。
 そういうときは決まって宮が茉莉花のお泊まりセットを取りに来るのだ。
 今回もそうだろう。
 大黒はキッチンで待っていると、案の定、宮がやってくる。そして大黒の顔を見るなり「ひっでー顔」と歯に衣着せぬ物言いをする。
 その言葉に大黒は苦笑を返す。

「うん、今回はちょっと堪えたかな」
 大黒はもう十年以上の付き合いになる友人に本音を零す。
 宮も、此処まで凹んでいる友人の姿に、物珍しそうな顔をする。
「何だよそれ。俺が聞いても良い話か?」
 宮は茶化すように聞いてくるが、寧ろ聞いてくれる方が有難かった。
 大黒自身、どうしたら良いか、考え倦ねていたから。

「茉莉花さんに言われてしまった……、僕は『お父さん』じゃないでしょ、って」
「おー……」
 あまりに重々しい内容に、宮から徹底的に茶化してやろうという気持ちが一気に消え失せるのが見て取れた。
 いや、いっそのこと笑い飛ばして欲しかったが……。
 大黒はそんなことを思いながら、宮に学校から電話を受けたことや、家庭訪問のことを話した。

「それで、お前の感想は?」
 大黒が話し終えると宮はそう尋ねる。
「そうだな……。茉莉花さんに気を使わせてしまった、かな」
「何だ、そこは『父親としてこんなにも頑張ってるのに!』って言わないのか」
「僕が父親? 烏滸がましい」
「いや実際、お前は良くやってる。父親と母親、両方こなしてるようなもんだろう」
「茉莉花さんの母親は、何処まで行っても璃亜夢りあむさんだよ。二人も要らないし、そもそも性別が違う」
 大黒は茉莉花の母のことを考える。
 数ヶ月顔は見ていないが、今はどうしているのか。

「姫のこと、いっつも気にかけて大事にして、一般的かつ平均的な家庭の親ってもっと雑なところがあるけどな」
 宮は茉莉花を姫と呼ぶ。大黒はその理由を知らないが、茉莉花は満更でもない様子だし深く追求しないことにしている。
「僕はあくまで、茉莉花さんを『お預かり』している身だからね」
「七年も育てりゃもう立派に『育て親』だと思うけどな」
 宮の言葉に大黒は何とも言えない表情で首を横に振った。

 大黒の様子に、長年この二人を見ていた宮は内心呆れる。
 もっと緩く考えれば良いものを……。
 大黒も茉莉花も、根が真面目過ぎるから、世間一般的に『普通』とは呼ばれないこの関係にどうしようもなく歪さを感じているのだ。
『そういう関係もあるよね』とは思えないのだ。
 宮は内心面倒くせえなと思いながら、きょろりと部屋を見回す。

「そういや、姫は? どっかで拗ねてんのか?」
 宮にそう問われて、大黒は思わず宮を見て、そして血の気がどっと引く。
「そっちに行ってないのか?」
「え」
 大黒の言葉に、今度は宮も血の気が引く。
「ウチには来てない。いつの話だ?」
「十分くらい前」
 大黒がそう言い切る前に、宮は玄関へと急ぐ。部屋を出ると、慌てて自分の部屋に戻るが、やはり茉莉花の姿はない。
 大黒も宮の後を追いかけるように宮の部屋の前で待つが、出てきた宮の様子から彼女がいないのは明らかだった。

「十分ならまだこの辺りだろ。子供の足じゃあそう遠くは無理だ」
「茉莉花さんの足で行ける場所……学校、図書館、スーパー……よく遊ぶ友達の家」
「近いのは学校と図書館だな。俺は図書館の方行くから、お前は学校から行ってくれ」
「わかった」
 二人は頷くとマンションの廊下を走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

明治かんなぎ少女の冥契 五百年の時を超えて、あなたに愛を

花籠しずく
キャラ文芸
 ――ですが、わたくしは生まれました。あなたに会うために。  月のものが来るようになってから、琥珀は不思議な夢を見る。誰かに探されている夢。きっと大切な人だったことは分かるのに、目が覚めると朧気で何も思い出せない。婚約者である志貴の言いなりの人形になる生活をし、生家とは会うと脅され、心が疲弊していたある日、家からひとり抜け出すと、妖魔のようなものに出会う。呪術師である志貴に、一時祓ってもらいはしたが、不思議と心が痛む。夢に美しい男が現れ、声に導かれるようにして、ある山のふもとの、廃れた神社の中に入ると、そこには苦しそうに蹲るあの妖魔がいた。琥珀はそれが夢に現れた、蘿月という男だと直感する。全身が黒い靄で包まれた彼の、靄を払う方法を、どうしてか琥珀は知っていた。口づけをし、息を吹き込むように、生きて、と願った。  帰ってすぐに志貴に殴られ、月のものがはじまっていたことが志貴にばれる。琥珀を穢そうとする志貴の様子に恐ろしさを覚えて、助けてと叫んだその瞬間、闇を裂くようにして、蘿月が現れた。 「琥珀は、俺が五百年待ち望んだ花嫁だ」  これは、時を超えて紡がれる愛の物語。そして虐げられた少女が、愛を知り、愛のために生きる自由を選ぶ物語。 ※R-15っぽいゆるい性描写があります。

処理中です...