20 / 23
余波
しおりを挟む
シャルルによると、使い魔が暴走した件はかなり大ごとになったらしい。その影響で午前の授業は全てなくなってしまった。
それからしばらく、他愛もない話をした。欠席していた授業のノートは全て後日渡すことになり、一安心する。渡されたところで勉強をするかは別だが。
「ウェンダーさん、夕食は大丈夫かしら?」
「あっ、すっかり忘れてた!ごめんミリセント、私少し行ってくるね。」
「わかった。いってらっしゃい!」
クランドールに言われ、はっと思い出す。軽く手を合わせて謝罪をすると、ぱたぱたと保健室から出ていった。
二人取り残され、一瞬しんと静まり返る。クランドールと目が合うと、彼女は少し口角を上げた。
「…スコーピオンさん、聞いてもいいかしら?その左目のこと。」
「…?ああ、これですか?」
そう言われて左目を触る。気付けば視力はなくなり、眼帯をしていた。少しもこれに関する記憶はない。
「私もよくわからないんですよねぇー、気付いたらというか…。」
「あら、そうなの?私の魔法でも治らなかったから気になっていたのよ。」
「え、そうなんですか?!」
マーニャ・クランドールといえば、ステラの中でも数少ない回復系魔法を得意とする魔法使いだ。
(以前の世界で傷を受けたとか…?その影響で治せないのかな…。)
首を捻りながら思案していると、クランドールに遮られた。
「ごめんなさいね、こんなこと言って。でも今日はゆっくり休んでほしいから、この話はまた今度。ね?」
有無を言わさぬ圧を感じ、渋々首を縦に振った。クランドールは満足げに頷く。
「さて、私もそろそろ部屋に戻ろうかしら。何かあったら使い魔を私のところに呼んでね。」
「はい、ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げると、クランドールはふわりと微笑む。再度安静にするよう釘を刺し、ミリセントを抱き締める。柔らかな感触に埋められ、あわや窒息しかけた。
軽やかな足取りで保健室を出て行く彼女を見送り、ベッドに倒れ込む。なんだか急に疲れが襲ってきた。
休む間もなく、ドアがたたかれた。咄嗟に上体を起こすと、見知った顔が瞳に映る。ミリセントは目を丸くした。
「ろ、ロラン先生!」
「やあ、体調はどう?」
軽く会釈をすると、クランドールが置いていった椅子に腰をかける。
「ほとんど治りました…一応まだ安静にしとけらしいです。」
ぱちぱちと目を瞬かせ、安堵の息を吐く。背もたれに体を預けるといつもの笑顔を浮かべた。
「そっか、安心したよ。君は右腕がもうダメになったって聞いてたから…。」
「え、全然平気なんですが…なんか話誇張されてません?」
「あはは、そうかもね。」
よかったー、と笑うと、ミリセントを見据えた。
「まず、事故を止めようとしてくれてありがとう。おかげで怪我人は主に君だけだ。」
「そ、そうなんですか…いえ、もっと上手くやれたのに…。」
包帯が巻かれた右腕を見つめ、しゅんとする。もう少し上手くやっていれば、こんな怪我をする必要もなかったのに。
「まあ、校内で勝手に魔法を使ったから多少罰則は食らうと思うけど…。」
「ですよねぇ…。」
覚悟はしていたが、やはり思うところがあった。小さなため息をつくが、諦めるしかない。
ロランは、ミリセントの胸ポケットから顔を覗かせている手帳を一瞥し、声を潜めて話を続ける。
「今回の…君が言う『以前も見た事故』であってる?」
「!そ、そうです。あの時は、ひどい怪我を負った人が何人か出てて…。」
「止めようとした、ってことか。」
こくりと小さく頷く。しばらく目を瞑ってなにやら考えていたロランだが、ややあって口角を上げた。一人で何かを勝手に理解したようだ。
「あ、あの…なにか?」
「最初は半信半疑だったんだ、君の話。…でも、もう信じるほかないなって思ったんだ。」
ミリセントの中に小さな罪悪感があった。しかし、それを打ち明けるタイミングは今しかないだろう。きゅっとベッドのシーツを握り、意を決して口を開く。
「…ごめんなさい、先生。私まだ先生のこと信じきれてないんです…。」
ロランはきょとんとしたかおでミリセントを見た。
「…どうして?」
「どうしてって、普通ありえないじゃないですか…魔法を使わないで、時間が戻るはずがないです。時間の魔法は禁止魔法だから…私のこと、魔法警察に突き出してもおかしくないって…思って…。」
言葉に詰まりながらどうにか言葉を絞り出す。ロランは眉を顰め、顔を曇らせた。
「…僕ってそんなに信用ない?」
「そう言うわけじゃないんですけど…。」
ごにょごにょと言葉に困っていると、彼は椅子から立ち上がりミリセントに近づく。その容姿が非常に美しいと感じた。
「君が人助けのために行動していることは知っているよ。だから、もし君が魔法を使っていたとしても警察に引き渡すつもりはない。その未来を知っているのが君だけなら、尚更だ。…僕も、ノクスを自由にさせるわけにはいかないからね。」
諭す様にそういうと、彼は少しだけ笑った。
(信じても…いいのかな。)
どうにも頭を使うのは苦手だ。ぐるぐると目が回ってしまう。
「それに、少し、心当たりもあるからね…。」
小さな声で、独り言の様にロランが呟く。その言葉は、ミリセントには届かなかった。
「心当たりって…?」
「…そのうち話すよ。」
そういうと優しく微笑む。しかし、その顔にはどこか翳りが見えた。
それからしばらく、他愛もない話をした。欠席していた授業のノートは全て後日渡すことになり、一安心する。渡されたところで勉強をするかは別だが。
「ウェンダーさん、夕食は大丈夫かしら?」
「あっ、すっかり忘れてた!ごめんミリセント、私少し行ってくるね。」
「わかった。いってらっしゃい!」
クランドールに言われ、はっと思い出す。軽く手を合わせて謝罪をすると、ぱたぱたと保健室から出ていった。
二人取り残され、一瞬しんと静まり返る。クランドールと目が合うと、彼女は少し口角を上げた。
「…スコーピオンさん、聞いてもいいかしら?その左目のこと。」
「…?ああ、これですか?」
そう言われて左目を触る。気付けば視力はなくなり、眼帯をしていた。少しもこれに関する記憶はない。
「私もよくわからないんですよねぇー、気付いたらというか…。」
「あら、そうなの?私の魔法でも治らなかったから気になっていたのよ。」
「え、そうなんですか?!」
マーニャ・クランドールといえば、ステラの中でも数少ない回復系魔法を得意とする魔法使いだ。
(以前の世界で傷を受けたとか…?その影響で治せないのかな…。)
首を捻りながら思案していると、クランドールに遮られた。
「ごめんなさいね、こんなこと言って。でも今日はゆっくり休んでほしいから、この話はまた今度。ね?」
有無を言わさぬ圧を感じ、渋々首を縦に振った。クランドールは満足げに頷く。
「さて、私もそろそろ部屋に戻ろうかしら。何かあったら使い魔を私のところに呼んでね。」
「はい、ありがとうございます。」
ぺこりと頭を下げると、クランドールはふわりと微笑む。再度安静にするよう釘を刺し、ミリセントを抱き締める。柔らかな感触に埋められ、あわや窒息しかけた。
軽やかな足取りで保健室を出て行く彼女を見送り、ベッドに倒れ込む。なんだか急に疲れが襲ってきた。
休む間もなく、ドアがたたかれた。咄嗟に上体を起こすと、見知った顔が瞳に映る。ミリセントは目を丸くした。
「ろ、ロラン先生!」
「やあ、体調はどう?」
軽く会釈をすると、クランドールが置いていった椅子に腰をかける。
「ほとんど治りました…一応まだ安静にしとけらしいです。」
ぱちぱちと目を瞬かせ、安堵の息を吐く。背もたれに体を預けるといつもの笑顔を浮かべた。
「そっか、安心したよ。君は右腕がもうダメになったって聞いてたから…。」
「え、全然平気なんですが…なんか話誇張されてません?」
「あはは、そうかもね。」
よかったー、と笑うと、ミリセントを見据えた。
「まず、事故を止めようとしてくれてありがとう。おかげで怪我人は主に君だけだ。」
「そ、そうなんですか…いえ、もっと上手くやれたのに…。」
包帯が巻かれた右腕を見つめ、しゅんとする。もう少し上手くやっていれば、こんな怪我をする必要もなかったのに。
「まあ、校内で勝手に魔法を使ったから多少罰則は食らうと思うけど…。」
「ですよねぇ…。」
覚悟はしていたが、やはり思うところがあった。小さなため息をつくが、諦めるしかない。
ロランは、ミリセントの胸ポケットから顔を覗かせている手帳を一瞥し、声を潜めて話を続ける。
「今回の…君が言う『以前も見た事故』であってる?」
「!そ、そうです。あの時は、ひどい怪我を負った人が何人か出てて…。」
「止めようとした、ってことか。」
こくりと小さく頷く。しばらく目を瞑ってなにやら考えていたロランだが、ややあって口角を上げた。一人で何かを勝手に理解したようだ。
「あ、あの…なにか?」
「最初は半信半疑だったんだ、君の話。…でも、もう信じるほかないなって思ったんだ。」
ミリセントの中に小さな罪悪感があった。しかし、それを打ち明けるタイミングは今しかないだろう。きゅっとベッドのシーツを握り、意を決して口を開く。
「…ごめんなさい、先生。私まだ先生のこと信じきれてないんです…。」
ロランはきょとんとしたかおでミリセントを見た。
「…どうして?」
「どうしてって、普通ありえないじゃないですか…魔法を使わないで、時間が戻るはずがないです。時間の魔法は禁止魔法だから…私のこと、魔法警察に突き出してもおかしくないって…思って…。」
言葉に詰まりながらどうにか言葉を絞り出す。ロランは眉を顰め、顔を曇らせた。
「…僕ってそんなに信用ない?」
「そう言うわけじゃないんですけど…。」
ごにょごにょと言葉に困っていると、彼は椅子から立ち上がりミリセントに近づく。その容姿が非常に美しいと感じた。
「君が人助けのために行動していることは知っているよ。だから、もし君が魔法を使っていたとしても警察に引き渡すつもりはない。その未来を知っているのが君だけなら、尚更だ。…僕も、ノクスを自由にさせるわけにはいかないからね。」
諭す様にそういうと、彼は少しだけ笑った。
(信じても…いいのかな。)
どうにも頭を使うのは苦手だ。ぐるぐると目が回ってしまう。
「それに、少し、心当たりもあるからね…。」
小さな声で、独り言の様にロランが呟く。その言葉は、ミリセントには届かなかった。
「心当たりって…?」
「…そのうち話すよ。」
そういうと優しく微笑む。しかし、その顔にはどこか翳りが見えた。
0
あなたにおすすめの小説
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る
がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。
その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。
爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。
爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。
『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』
人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。
『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』
諸事情により不定期更新になります。
完結まで頑張る!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて
ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記
大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。
それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。
生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、
まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。
しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。
無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。
これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?
依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、
いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。
誰かこの悪循環、何とかして!
まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる