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5.ゆーれいさんの僕です
しおりを挟む玉手箱もどきのお弁当を両腕で抱えながら教室に向かい歩きます。
いざ、ドキドキしながら1ヶ月ぶりの教室に足を踏み入れます。
お友達同士で親しげに挨拶をかわしたり、教科書を開きながら予習をしていたり朝の準備でざわめく教室が一瞬でしんと静まり返った気がします。
これもいつものことなのですが、何度経験しても心臓が縮み上がりそうです。
慣れ親しんだクラスの中に僕という異分子が入ると、空気が冷えて固まる。
そう。いきなり『ゆーれい』などをみてしまったときのように。
「綾瀬さまが歩いてるよ!」
「元気になったみたい。良かったー」
「俺、今日は話しかけてみようかな……」
うろ覚えの自分の席をさがし、教室を見渡すと数人から素早く目をそらされました。
『ゆーれいさん』である僕がクラスメイトさんには見えているということがわかりました。
まず存在を知覚されただけでも中等部時代よりは進歩なのでは。
むりくりポジティブに変換し、名簿順に割り振られた僕の席に腰掛けます。
窓際の一番うしろの席。
僕は、名簿の「あ」行のしんがりを中等部時代から頑なに務め続けている。
2日しか通っていないので特になんの感慨もないのが少し寂しい。
机やイスが入院前と変わっていたとしても気づかないですよ。
机にカバンを置き、椅子に腰掛けます。教科書やノート、筆記用具を中に入れていきます。
「あの……綾瀬さま、くん」
前の席から声が聞こえて来ました。まさかの僕の名字を言っていた気がします。
ゆーれいさんの僕に話しかけているはずが無いとは思いますが、一応知覚された前歴がある。
そっと顔を前に向ければ、声の主は身体ごとひねりこちらを向いていました。
「えっと。俺、天宮なんだけど。中等部から前の席で一緒なんだけど……」
……知っています。プリント回してもらった時くらいしか会話したことないです。
いきなり自己紹介しだしてどうしたんでしょうか。
驚きでじっと見つめ返すことしかできないでいた。
天宮くんは不安そうに視線をさまよわせはじめました。
身体ごと向けてまで自己紹介をしてもらえたのに、無視するわけにはいきません。
「あ、えと覚えています。天宮くん」
「……っ、え、天宮くんです? そうなんです!」
しっかり覚えていますと気持ちを込めてじっと目を見つめながら答えます。
人見知りな性格なので、慣れない人と目を合わせるのは苦手です。
でも、天宮くんは僕の中で中等部から合わせ4年間名簿の「あ」行の殿を守ってきた同志です。
大丈夫。
なぜか混乱したみたいに天宮くんは首をひねったり、小さく拳を握ります。
「あの退院おめでとうございます。困ったりしたら、気軽に声かけてねっ!」
優しい言葉をもらうと申し訳無さでいっぱいになってしまいます。
でも、お兄さんは卑屈にならず、そのまま受け取ればいい、と。
「はい。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
自然と笑顔がこぼれます。
すると、天宮くんはなぜか真っ赤なお顔でお口をポカンと開けて固まりました。
そして、周りの視線が痛いです。
僕はゆーれいさんですけど、見たものを凍らせる雪女さんではありません。
異常にシーンと静まり返る教室内の空気。
「え、えと……」
「あのっ! 僕は出席番号12番。関です!」
がたっと音がなる。
前かがみで僕の方へ身を乗り出す隣の眼鏡をかけた男の子が。
なんとなくこの知的なフルフレームの黒縁眼鏡は見覚えがあるような。
「あ、……クラス委員長さん」
「はいっ! 中等部から続けて今年も押し付け……ではなく! 席が隣なので教科書忘れたときやそれ以外でも声をかけてもらえたらな……と」
お顔を真っ赤にし、手をパタパタ動かすクラス委員長さんの関くんです。
またまたクラスメイトに知覚され、優しく話しかけられました。
いつも遠巻きに視線を投げつけられるか、この関くんに挨拶されるくらいだったんです。
もしや高校生の僕はゆーれいさんとして進化して、ついに浮遊霊から地縛霊になったのでは?
ふよふよな浮遊霊では無く、決まった場所に出没するゆーれいさんとクラスメイトに認知されたんですね。
「今年も関くんと一緒のクラスで安心です。これからもお隣さんとしてよろしくお願いします」
「ひぇっ?! まさかの過去から認知されていた?! あ、ありがとうございますっ!」
口元を押さえた関くんは、何度も頭を下げ僕にお礼を言います。
心なしか先程よりも周りからの視線が痛くなってきましたよ。
あからさまに怪訝なお顔で廊下から教室を覗き込む生徒さんもちらほらといます。
完全に良い意味でない注目を集めてしまいました。
ど、どうしましょう。
今までゆーれいさんとして過ごしてきたスキルを使うことに。
特別なことではないですが、授業をただ真面目に準備するだけで何故かみんなが僕に話しかけて来なくなるんです。
自分では不思議でならないし、悲しいです。
が、この不可思議な現象がやっと役に立つときがきたようです。
そうこうしているうちに予鈴がなり、担任の先生が教室に入ってきました。
同時に、僕へまとわりつく視線もなくなり一安心です。
「じゃあ今日は教科書22ページ開いて」
現国担当教師の1言で、みんなが一斉に教科書を開きます。
ぱらぱらと紙をまくる音が何重にも重なり、大きく教室内に響く。
教師が黒板に打ち付けるようにチョークで書く音。カリカリとノートへ板書を書き写す音。
たくさんの音が僕の周りでします。
ふいに開け放たれた窓からの風に煽られ、目の前でクリーム色のカーテンが膨らみます。
バラララ、とすごい勢いで教科書が早くまくれ上がり、どこからともなく小さく声が上がり出しました。
頬をなでつける風はもう新緑の瑞々しい若葉が薫ります。
教科書がぱたり、とゆっくり風に閉じられてしまいました。
「……ふふっ」
授業中に強い風が吹いて教科書が閉じただけ。
たったそれだけのこと。
この現国授業は入院中もタブレットで録画したものを病室で1人受けていた。
でも窓が開けられない病室では風が入り込んできてこんなこと起こりません。
タブレット画面越しにはわからない授業中の取り巻く空気や音が新鮮で、頬が勝手に緩んでしまいます。
僕は、今、『普通』になれています。
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