【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

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13.交換ことおそろいです

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「あの、今日は移動教室なので……もう行きます」

「あっ! あ、あぁ……なぁ」

「……は、い」

 お兄さんがいつもなら『またな』と言ってくれるのに、今日は言ってくれません。

 少し寂しいな、と思っていたらなにやらお兄さんが首の後ろをしきりに擦っています。

 さっき明らかに首に負担のかかる昼寝をしていたので寝違えちゃったんでしょうか。
 校医さんに頼んで湿布もらえませんかね、と悩む僕の目の前にスマホが差し出されました。

「これ……」

「あ! 電話じゃなくても保健室行けばもらえますよ」

「はぁ? お前の連絡先教えろ」

「はい?!」

 誰かと連絡先を交換したこともない僕には無い発想だっったんですよ。

 お兄さんと連絡先を交換したいのに、スマホをカバンへ忘れてきたのでできません!

「……いやなのかよ?」

「う、あ、あのスマホ持っていません。あ、いや正確には持っているんですが……」

「…………」

 すいーっと視線を逸らすお兄さん。
 正直にありのままの事実をお伝えしたら、断ったみたいな雰囲気になってしまいました。
 違うんですと言ってもなんか白々しいですよね。

「あの、失礼します!」

 意を決した僕はお兄さんの片手をお借りして、カーディガンの左右ポケットの上をぽんぽん叩きます。

「今日は忘れただけなんです。……だから明日でも良いですか?」

 お膝の上でぎゅうとお兄さんの手を両手で包み込むように握って頼み込みます。

「ぐぅ!……うん」

「ありがとうございます!」

 いつの間にか下がっていた視線を上げると、お兄さんはやわらかく微笑んでくれていました。

「じゃあ今日は名前教えろよ」

「あの、僕『綾瀬あやせすい』といいます! よろしくおねがいします!」

「すい?」

「……あ、はい。字はこう書きます」

 ただ名前を呼ばれただけなのに、また喉の奥がきゅうっとしました。
 ごまかすために、お兄さんの手の平に指でゆっくりと『翠』と書きます。

 指先を大きな手のひらに滑らせますが、手のひらの薄い皮の感触、ダイレクトに伝わる体温に顔が熱を持つ。

「緑色って意味のほうか。……俺とおそろいだ」

「え?」

「『篠崎しのざきげん』っていうんだ。俺の名前」

 お兄さんが僕の手のひらを掬うように手を持ち替えます。
 細長い指が僕の手の平にしなやかに滑り、流れた線はやがて『玄』という文字を形作った。

「黒色っていう意味の漢字で『玄』」

 時間にしてあっという間だったのかも知れませんが、時間の流れがゆっくりに感じられました。
 ふわふわとろける気持ちが触れた指先から胸に伝わったような……、不思議な感覚が残ります。

「素敵な名前です。……おそろい嬉しいです」

「……そうだな」

 しみじみと呟かれた声は優しくて、明日は連絡先を絶対に交換したいと思いました。

 その後、お兄さんにスマホを必ず明日持って来るのでとお約束をした僕は、連絡先交換を予約させてもらいました。

 ノラさんと昇降口へ向かいます。

 でもあまりそのあとのことは覚えていません。
 
 いつもどおりに『またな』と言ってお兄さんとお別れしただけなのに、胸の中がなぜかきゅうっと苦しくていっぱいいっぱいだったんです。

「またな。翠」

 お名前をお兄さんに呼ばれただけ。

 それだけのことなのに、無性に泣きたくなってしまったんです。
 
 
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