【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

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41.僕は家族になりたくない。翠が好きだから

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「……伊織くんご飯食べた?」

 累くんのお家のソファーに向かい合い座っているのは、Uberされた伊織くん。
 累くんと恭くんは、僕と伊織くんを置き去りにして、部屋を出ていきました。
 去り際、累くんが伊織くんに「男みせろよ」と睨みつけ。
 恭くんは無言です。例の仁王像の視線付きでしたが。

 いざ二人きりになるとなにから話せばいいのかわかりません。
 お部屋に入って来た時から頑なに視線も合いません。
 目に入ったおかかおにぎりのお皿を見て、浮かんだことを話しかけました。

「……うん。翠はまだなら、しっかり食べないとだめだよ。ひとつだけでも」

 10秒くらい無言だった伊織くんは、おかかおにぎりを乗せたお皿を僕へ寄せます。
 いつものように僕を心配してくれる優しい伊織くんにぎゅうと胸が苦しくなります。

「食べるから……お話聞いて欲しい。僕は伊織くんとちゃんと家族になりたい」

 顔を上げ、真正面から伊織くんを見つめます。
 息を呑み、暫く無言で僕を見つめた伊織くんは、ゆっくりと頷きました。
 息を吸います。

「伊織くんのお母さんと僕のお母さんが事故にあった日、発作が起きたのは嘘だったんだ。
 ごめんなさい。僕が伊織くんの家族を奪ったんです。伊織くんはなにも悪くないよ。
 お母さんに構って欲しくてウソついて、わがまままいったから、伊織くんのお母さんは亡くなったんです。
 謝っても許されないこと、取り返しのつかないことをしたけど、伊織くんとはこれからも仲良くしたい。
 だから玄くんのことも誤解がないようにしたいんです」

 あれだけ何年も言えなかったことがするする溢れて止まりません。
 自分でも呆れかえるくらいのわがままな言葉の数々です。
 でも、言い切ります。

「…………違うよ。僕のお母さんが翠の家族を奪ったんだよ。……でしょ?」

 伊織くん青色の瞳はの虚ろでガラス玉の様です。

「それも違うよっ!」

 僕の想像以上に伊織くんがこの出来事で負った傷は深くて、広い。
 今も痛み、苦しんでいたんですね。

 その結果、伊織くんの悲しみにつけ込んで、優しさを搾取していたなんて思わなかった。

 僕達は同じ出来事の被害にあったもの同士だけど、お互いの受けた傷を隠し続けてきたから、気づかなかった。

 厳しいけど優しい、玄くんからもらったあの言葉を伊織くんに贈りたい。

「ねぇ伊織くん。どうしようもない戻らない過去に対して、自分を責めるのは間違いなんです。
 自分を責め続けたところで反省や償いにもなりません。
 誰もそんなこと望んでいない……から! 
 僕は全部お話して伊織くんと仲直りがしたい、また家族にっ」

 なりたい、まで言い切れずに喉が締まる。
 伊織くんの鈍く光る青色の瞳が僕を射貫いたから。
 今まで見たこともないくらい険しい瞳。

「だからっ! ……僕は家族になりたくないんだ。翠が好きだから!」

 いつも穏やかな伊織くんからの突然の心ごとぶつけるような告白。
 まさかの予想外で思考が停止してしまう。
 「家族」としてでの好きの意味では説明がつかないくらい、伊織くんの瞳には激しい熱が帯びる。

「翠だけが好きだから、僕は翠が嫌がる言葉も吐いて心を縛って、手も勝手に繋いだんだ! 
 誰にも翠を盗られないように……。篠崎なんかと手を繋いだ翠を見たくなかった!」

 きらきら伊織くんからは、考えられないくらい執着めいた真っ黒い独白です。
 僕のことが嫌いになったわけでもなく、面倒くさくなったわけでもなく。

 玄くんと手を繋いだことを怒ってた?

 言葉も無く呆然と見つめる僕へ伊織くんはふっと柔らかく微笑みます。

「最初はね。僕より可哀想な翠がいれば、自分が可哀想な子って思わずに……ふと襲われる罪悪感や寂しさからの逃避で心が楽だったんだ。
 そんな優越感まじりの打算から翠の世話を焼いているうちにね。
 ……いつの間にか翠に癒やされる時間が、手放せなくなっていた自分に気づいた」

 ダメダメな僕に癒やされるなんてあるはずない。
 伊織くんにはずっと迷惑ばかりかけていました。

 伊織くんはふうっと息を吐きます。
 そして、僕のお顔を見てあははと楽しそうに笑います。

「全然心当たりないって顔してる。
 翠が発作で苦しむたびに、弱音も吐かないで治療している姿は、とってもいじらしくて可愛い。
 それに、絶対に翠は誰かのせいにもしないし誰のことも悪く言わないからさ。
 そばにいるだけでささくれ立つ心が安らいだんだ。自分の醜さも忘れてしまって……好きになったんだ」

 伊織くんはふわりと優しく笑います。
 その笑顔が幸せそうで、家族よりももっと強い気持ちを抱いているとやっとわかってしまいました。

 本気で僕のことを好きなんですね。
 
 理解できた瞬間、遅れて体の奥から熱がこみ上げる。

 熱が全身に広がり、ぽかぽかしてきた頭で、浮かぶのは玄くんのことだけ。

 ⸺僕は玄くんが好きです。

 伊織くんも好きですが、それはあくまで家族としてなんです。

 玄くんみたいに誰かにとられたくないとか、独り占めしたくないなんて全く思いません。

「翠」

 俯いて考えていた僕へ伊織くんがそっと呼ぶ。

「気持ち悪かった? 従兄だし、男からは……」
「そんなこと絶対思いません! こんなに真剣に伝えられた気持ちに!」

 ぶんぶん首を振って否定する。

「そうだね。……翠はそういう子だから……」

 ほっとした様子でしみじみと呟き、伊織くんは僕を真っ直ぐ見つめます。

「篠崎がね、翠は意外に行動力あるし、前向きに変わろうとする強さも持ってるかっこいい子って言うんだ。
 僕たちが心配しすぎて安心する為に翠を過保護に囲ってるとも。
 優しすぎる翠が、臆病な僕達がより安心できるように、やりたいことや本音を無意識に押し殺すようになってたとも」

 こうも言っていたな、と伊織くんは笑います。

「翠はお前らの大事なお人形さんやお姫様じゃねー」

 伊織くんでは絶対言わない乱暴な言葉遣い。

 そのギャップが玄くんが伊織くんへ本当にそう言ってくれたのだと証明する。

 嬉しい。玄くんが好きです。

 せり上がる気持ちが上手くコントロールできなくて、じわり、と視界を滲ませていく。

「ねえ、翠。……翠は篠崎のこと」

 柔らかな声音に、これから伊織くんが言おうとしていることがわかりました。

 でも、それは僕の口から言わなければならないことだ。

 伊織くんの真剣な想いに真摯に向き合うために勇気を出すべき。

 ぐっと唇に力を入れた。

「僕は玄くんが好きです」
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