【完結】翠くんは、可愛いがられたい

日月ゆの

文字の大きさ
42 / 48

42.いつかまた、同じ『好き』になれたらいいな

しおりを挟む

 自分の声なのにどこか淡々とした響きに、おかしくなります。

 本当の気持ちを声に出すことは、こんなに呆気なく、簡単なことだったんですね。
 過剰に臆病になっていた自分が恥ずかしいです。
 僕に勇気をくれるのはいつも玄くんです。

「あのね、知っていました。僕を憐れみ、庇護しようとしていたのを。
 みんなが、僕の病気を心配してくれていたのも同じくらい知っています。
 でも、そんな思いを抱かせてしまう、情けない自分が悪いと思っていたんです。
 伊織くんたちが僕を心配し、困らないように先回りしてくれていたのもありがたかったんです。
 でも僕は、たとえ上手く出来なくても、体の負担になるかもしれなくても、自分でやってみたかったんですよ」

「……知らなかったな」

「……はい。僕がお母さんの事故のことで『わがまま』を言ってはいけないって勝手に罪悪感に苛まれて。
 ……今まで言い出せなかったんです」

「え? なんで? 翠はなにも悪くないじゃないか……」

「……ありがとう。伊織くんならそう言ってくれるますよね。今ならわかるんです。
 でも、僕のわがままで伊織くんのお母さんを奪ったとずっと思い込んでいたんです。
 家族って言われるのがちょっと苦しかったのは、僕が嘘ついたことを伊織くんに話せていなかったから。
 本当は大事な家族だと思っていたけど、後ろめたさでそんな態度を取ってしまいました。
 ごめんなさい」

「そんな……こと思ってたの?! 僕こそ翠の家族を奪ったと思っていたよ……」

 伊織くんが悲痛そうに顔を歪め、視線をずらします。

 でもね、聞いてと呼びかけると顔を上げる伊織くん。

「『世の中どうしたってままならないこともあるんだよ。ままならないことを受け入れるのは辛い。
 でも、翠なら出来る』って玄くんが言ってくれたんです。
 わがままな僕は伊織くんと一緒にこのままならないことを受け入れたいです。
 僕と伊織くんならできるはずです」

「…………」

 玄くんからの言葉を応用しました。伊織くんは顔をしかめます。
 でもそれも一瞬のことで、固い表情でぽつりと尋ねます。

「それ……がやっと言えた翠のわがままなの?」
「はい」

 言葉を詰まらせる伊織くん。
 真正面からじっと見つめます。
 伊織くんの顔つきがあまりに真剣なので、驚き、怒り、悲しみなのか、わかりません。
 端正な美貌は仮面じみて見えます。

 ややあって伊織くんは歯を食いしばって、顔を伏せます。
 その瞬間、どこか昏い伊織くんの瞳に温もりが灯ったように見えました。

 ぎゅっと手を握り締めます。
 もう今しか無い。僕達が家族へ戻るための機会は。

「少しだけこのわがままな欲望に、気付けたのは玄くんのおかげです。
 わがままな僕でも良い。翠が生きる為に、わがままになっても良いと、心の声を大切にしてほしいと言ってくれたから、今こうして本心を言えるようになったんです」

 静かに俯いたまま聞いていた伊織くんがふと目元を手で覆います。

「……うん。翠の本当の気持ちを聞けて嬉しいよ……」

 その声は僅かに震えている。
 ゆっくり深呼吸をした伊織くんは顔を上げます。
 揺れる青色の瞳を逸らさず見つめ、口を開きます。

「伊織くんずっと今までありがとうございます。
 伊織くんみたいなかっこよくて、なんでもできる素敵な人に『好き』になってもらえるなんて、……ひ弱で悲しませることしかできないって思っていた自分自身をもっと好きになれました。
 ごめんなさい。僕、とっても好きな人がいるんです。
 だから、伊織くんのその気持ちは受け取れません」

 丁寧に頭を下げます。
 今までのありがとうの気持ちを込めて。
 それと、わがままだけど家族へ戻りたいと。

「……僕こそありがとう。謝らなくてもいいよ……頭上げて」

 優しく受け止めるような声に、喉がヒクッと震えます。

「で……も……」
「家族でしょ?」

 当たり前に言われた言葉には、伊織くんの優しさや、10年間ともに大切に積み重ねた日々の重みが込められていました。
 ぼろぼろ膝に落ちていく雫が止まりません。
 泣いた姿を見せるなんて告白してくれた伊織くんに、失礼だから。
 ゴシゴシ袖で拭い、顔を上げます。

「はい! 家族です!」
「じゃあ。仲直りのハグしよう」

 最後に、と小さく付け足された、その言葉の残酷さに申し訳なさで心臓がぎゅっと掴まれたよう。
 でも僕は、心の痛みも拾い上げ、真正面から受け止めたいです。
 両手を広げてコクコクと何回も頷きます。

「ありがとう。翠」

 伊織くんはテーブルを周り込み、僕の座る二人がけのソファーへ腰掛けます。
 いつも肩がくっつく程近くに座るのに少し距離を開けて。
 その距離につい唇を噛んだ僕へ、伊織くんは微笑みかけます。

「翠って実は意地っ張りで強情だよね……」
「へぇあ?」

 突然笑顔で罵倒された僕はわけがわからず、気の抜けた声が漏れそのままの体勢で固まります。
 あはは、とからりと笑う伊織くんは軽く両手を広げ、僕の背中へ手を回します。

 そのまま伊織くんにゆっくりと抱きしめられます。
 あくまでも抜け出せるくらいの力加減。
 腕の中へ閉じ込めるような以前の力加減ではありません。
 些細な違いに胸が締め付けられます。

 今までの僕たちでしたら僕も背中に手を回しますが、それはもうできないです。
 広げた手をぎゅっと握り、ゆっくり下ろしました。

「だからさ、無気力アメーバの篠崎とお似合いだよ」
「……っ」
「……自信持って頑張れ」

 玄くんとのことを励まされてしまい、恥ずかしさと申し訳無さが交じります。
 なんと返してよいかわからずあわあわ顔が熱くなります。

「ねぇ。翠、ありがとう」
「伊織くんもっ、ありがとうっ」

 ふふっと笑う伊織くんは僕の背中をぽんっと押してくれます。
 不意に懐かしさがこみ上げます。
 うんと小さな頃はこうやって伊織くんに励まされていました。
 病院に行きたくないとぐずったときも、いたずらがバレてお母さんに怒られて拗ねていたときも、ずっと。優しくお話を聞いてくれて励ましてくれました。

 うんと小さい頃は同じ、家族の好きが重なり合っていたはず。
 いつもまにか『好き』の意味がずれてしまった僕達。
 ですが、いつかまた、同じ『好き』になれたらいいな。とわがままにも思ってしまいます。
 これからは家族として伊織くんとの関係をやり直していきます。

「……ねえ? 翠……体熱くない?」

 体を離した伊織くんがなにやら怪訝なお顔をします。
 そして、顔を近づけようと動かした寸絶でピタッと止まり、手の平をおでこにそっと当てます。
 手の平の冷たさに自然と目を瞑ります。冷たさが気持ち良いです。

「っ凄い熱あるじゃないかっ?!」
「えええ?」
「最悪だ。僕のことでストレスが?! 翠が高熱を出してしまったぁー!!」

 伊織くんの苦悩な叫びを聞き流しながら、熱があると意識した途端に寒気が襲ってきます。

 ぼんやりしていた頭で、そうかさっきからなんとなく気分が高揚していたのは熱のせいだったんですねと妙に納得し、僕はソファーにこてんと横になります。

 次第に遠ざかる意識の中、累くんと恭くん、伊織くんが言い争う声を聞きます。

 最後に皆仲直りできて良かったですと思いました。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キスの仕方がわかりません

慶野るちる
BL
全寮制男子校に入学した市原はクラス委員長になったため書類を提出しに生徒会室に行くと、そこに一人いた、初対面の副会長の近藤に襲われてしまう。  混乱するも相部屋の同級生・松川に助けられて元気を取り戻したある日、生徒会長の桜野から仕事を手伝って欲しいと依頼される。  最初は近藤に無視されていたが手伝う中で近藤から告白され、近藤への印象が少しずつ変わっていく市原だが。 表紙:Photo by Markus Spiske on Unsplash / powered by かんたん表紙メーカー様

ひとりも、ふたりも

鈴川真白
BL
ひとりで落ち着く時間も、ふたりでいる楽しい時間も両方ほしい 1人を謳歌するマイペース × 1人になりたいエセ陽キャ

銀狼様とのスローライフ

八百屋 成美
BL
激務に心身を病み、逃げるように田舎へ移り住んだ佐伯湊。 ある雨の日、彼は庭先で銀色に輝く巨大な狼を拾う。 それは、人間に追われ傷ついた神獣、リュカだった。 傷の手当てをきっかけに、湊の家に居座ることになったリュカ。 尊大で俺様な態度とは裏腹に、彼は湊が作ったご飯を美味しそうに食べ、寒い夜にはその温かい毛並みで湊を包み込んでくれる。 孤独だった湊の心は、リュカの無償の愛によって次第に満たされていく。 しかし、平穏な日々は長くは続かなかった。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

30歳まで独身だったので男と結婚することになった

あかべこ
BL
※未完 4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。 キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者

聖獣のお気に召し!〜追放された最弱治癒師はもふもふの聖域で冷徹騎士団長に全力で甘やかされる〜

たら昆布
BL
最強騎士団長×お人好しな努力家 それと沢山のもふもふ動物たちに愛されるお話

元アイドルは現役アイドルに愛される

BL
人気アイドルグループのエースだった奏多は事故により脚を怪我し、グループを脱退する。エースの抜けたグループの人気はみるみる下落し、そのまま解散。そのことに責任と罪悪感を感じた奏多は芸能界の表舞台から引退し、正体不明の作曲家Kとして裏で支えることに。 罪悪感からご飯を食べなくなった奏多の肌は痩せこけ、青白くかつての輝きはなくなっていた。 ある日の打ち合わせでかつてのグループメンバーである颯真と再会する。 メガネとマスクをしているがかつてのメンバーのことは騙せない。 『奏多、会いたかった』 『僕、奏多さんのパフォーマンスを見て、人生変わったんです!』 やけに自分に懐いているワンコ系の後輩リオと、かつてのグループのメンバー颯真に受け止めきれない愛を向けられる話。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...