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四章 魔法教師

二十七話

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 さあ本筋に戻ろう。結局配合の方は全く解決していないのである。こちらの言うことを聞いてくれながら空を飛んでくれる便利な動物を作り出さなければならない。

 「言うことを聞いてくれる」というのが難しい。野生から捕まえてきたホタルとモモンガは制御不能だった。だが、カイトモモンガの方はまだ望みがある。モモンガは暴れるというわけではない。敵意をむけてこないというのが、ありがたいところだ。こいつをベースにすれば、もしかしたらいけるかも知れない。

 というわけでモモンガをベースにしていろいろと試し始めたのだが、これも案外上手くいかなかった。

 もうちょっとのんびりとした性格にしようと思い、まずは牛と配合してみた。が、これは完全に裏目に出た。体重がただただ重くなってしまったのだ。でっぷりと太ってしまい、ちょっと美味しそうになっている。

 のんびりとした性格にしようとすれば体までのんびりしてしまうのだろうか? 

「というか、そもそも二世代目は野生じゃなくなるんだし、どんな動物でも多少は大人しくなるんじゃないでしょうかね。」

確かにライアンくんの言う通りだ。動物園のライオンが野生よりも凶暴じゃないように、魔物だって二代目にはもう野生の心を忘れているはずである。

 というわけで一旦性格重視はやめにしよう。だが、何を配合しようか。

 ちょっと手詰まりのような気がして考え込んでいるところに兵士くんが来た。正直今は付き合ってられないと心内で感じてはいたが、彼はいたって真剣だった。

「あの、思ったんですけど。今回捕まえたあの二頭をそのまま配合すればよくないですか? 確かモモンガの方はメスでしたよね? 」

一度頭をよぎったが敬遠してきた案だ。ホタルとモモンガの前科持ちコンビだ。ますます制御不能になってしまうのではと思ったので、敬遠していた。

 だが、二代目で大人しくなるのだとすれば、十分に可能であるかもしれない。



 ちょっと怖くもあったが、ものは試しでもあるし、配合を実行した。

 配合自体は驚くほどスムーズに進んだ。この配合マシンの機嫌次第なところもあるのかもしれないが、配合ごとにかかる時間が違うのは謎だ。最初は近い動物同士だと速く完了するのかと考えていたが、そうでもないらしい。


 さっさと完了して、真ん中から子どもがでてきた。ん? これは子供なのか? 

 中から、大きな風船がふわりと出てきた。

「これって? 」

どういうことか、全員がしばらく理解できなかった。

「これが子どもなんですかね。」

どこからどう見ても、風船なのだ。

 風船がくるりと回転する。すると驚くことに、顔がついていた。つぶらな瞳に小さな口だけだったが、とりあえず魔物であることはすぐに分かった。

 風船は特に何をするわけでもなく、プカプカと浮かんでいた。エメラルドの表面はよくある風船のビニールではなく、動物の肌のようになっていた。

「これは予想外ですね。」

「ホタルとモモンガの子が風船? 」


 しかしこの風船の魔物、たしかに乗り物を運ぶという点においてはお誂えむきだ。さっきからぜんぜん暴れることもない。きっとこれなら子どもたちを乗せても大丈夫そうである。

 僕たちは希望をこめて、同じ魔物をあと三匹配合した。

 飛ばせるための調教に三日もかかってしまったのは想定外だった。この風船たちは性格までふわふわしているから、僕たちが言ってることがほんとに分かってるのかどうかが不明瞭。号令で満足いくくらいに動くまでに三日かかってしまったのである。




 そののち、試運転に入った。打ち上げ場所は官庁前の大通りの広場を選んだ。用意したのは気球の下についているような箱型の乗り物。これを持ち上げてもらう。

 生まれた風船は赤、コバルト、オレンジ、エメラルドの四匹。合わせて見ると、なかなかに鮮やかで見た目がよかった。

 あとは浮き上がるかだ。風船だから浮いてくれるだろうというのは楽観的だろうか。

「じゃあ、飛ばしてくれ。」

兵士くんは応じて、風船たちに合図を出した。

 




 ……ああ、感動するほどに完璧だ。全く傾くことなく、カゴは浮かび上がった。どうやら、風船たちは低級の風魔法を使っているようだ。

 これまた一つ、新発見だ。風船たちが使っている風魔法は、モモンガが使っていたものと同じである。つまり、魔法は遺伝するのだ! 

 カゴはそのままホルンメランのどの建物よりも高く飛び上がってしまった。カゴには兵士くんが乗り込んでいた。兵士くんはそのまま風船たちに指示を出して、方向を転換した。

 動きもスムーズで事故の心配は全くなさそうだ。官庁に突っ込んでしまうなんてことも無さそうだ。

 カゴはホルンメランを一周して戻ってきた。カラフルな風船たちはとても目立つので、大通りの人々はみんなこぞって空を見上げている。

 魔王先生も満足そうにカゴを見上げている。

「これなら安心そうですね。あとは余が強化魔法をかけて耐久性を上げておけば万が一の心配もありませんね。」

「ほんとに便利な魔法ですよね、先生のって。」

「ええ。ずっと忌み嫌っていた己の力でしたが、今となっては感謝しています。」

魔王の苦悩なんて想像さえできない。けれど、彼は今楽しそう。それは感じることができる。先生はそれからカゴが降りてくるまで一言もしゃべらずに空を見つめていた。

 降りてきたカゴから兵士くんが飛び降りてくる。彼が誰よりも高揚していた。

「めちゃくちゃイケますよこれ! あと二十人は乗れそうです。」

実際風船たちは余裕そうだった。

「凄くいいじゃないですか! これなら余も安心して子どもたちを任せられます! 」

魔王先生、大興奮である。八百歳越えの大の大人がこんなに興奮しているのだから、その喜びようは尋常じゃない。

 そして、恒例の作業が始まった。

「名前、どうします? 」

「乗り物の? 」

「風船のです。」

そう、新種の生物が誕生するたびに名前をつけてやらなければならない。もう何回目だろうか。そのくせ全くネーミングセンスが成長しない。だから、何気に大変な作業なのである。

 真っ先に兵士くんが発言した。

「せっかくだし先生が名前つけたらどうですか? 一番お世話になるでしょ? 」

あ、こいつ逃げたな。だがナイス。もっともらしい理由だし、魔王先生にちゃっちゃと決めてもらえばそれで良かろう。

「うーん、余が決めるんですか……うーん。」

魔王先生は悩んだ。

 それにしてもすごい考えるなこの人。考えすぎて頭から瘴気みたいなのが出てきてる。興味本位でちょっと触ってみたらピリッとした。

「じゃあ、スクールバルーンでどうですかね。学校に運んでくれるので。」

めちゃくちゃ考えてた割にすごい普通のやつが出てきたな。

「ええ、じゃあそれでいきましょう。」

ライアンくんは全く異議を唱えなかった。ちょっと面倒だと思っていそうだ。そのまま風船の名前はスクールバルーンに決定した。

 

 僕は依頼達成の旨を報告に行こうとしたが、アイラはまだ帰っていなかった。一体、どんな用事で出掛けているというのだろうか。僕は仕方なく受付の方に行った。

 受付嬢は依頼についてアイラから言伝を預かっていたようである。

「首長より報酬が用意されておりますので、こちらを持って財務課に行かれてください。」

そう言って渡されたのは報酬について書かれた紙。額面は五千二百万イデだった。

「全く、毎度ながら凄い金額が出てくるな。」

「それだけの仕事ということですよ。」

評価してもらえるのは嬉しいが、どこからそんな金が出ているのだろうか。ホルンメランはそんなに金持ちなのか。

 財務課に行き、紙を手渡すと、もう見慣れてしまった金のプレート五枚と銀のプレート二枚を受け取った。



 その日の晩は四人で飲んだ。前にもいった酒場だ。兵士くんは軽いトラウマがあるみたいだが。

 魔王先生は初めて人間が営業する酒場に来たらしく、興味津々だ。客も客で先生に注目している。ぼくたちはもう慣れたが、やはりこの人はれっきとした魔王で、そういう見た目をしているのだ。




 夜はあっという間に過ぎていった。みんながみんな浮かれて、騒いで、そうしているうちに日が昇ってきた。

 魔王先生は家に帰り、僕たちは直接登庁した。三人全員が二日酔いのままで。

 一階の受付に挨拶して、エレベーターに行こうとすると、受付嬢に呼び止められた。

「生物開発課のみなさん。首長がお呼びです。至急首長室に行かれてください! 」

随分と急ぎの用らしい。魔王先生の件が終わってすぐだというのに今度はなんなんだ。それにしても、アイラは帰ってきていたのか……
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