クロスドツインズ

💙藍棺織海⚰️アイカンオリミ🫒

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九公演目――セイラーズ・オールドハウス・イズ・ホーンテッド

三曲目:アルコ・グローリア

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「……ああ、セルジオさん……お疲れ様です」
 今朝リハーサルしたのに、舞台袖に居るセルジオさんにまだ慣れない。セルジオさんは元から使用人らしいかっちりしたタキシードだったし、舞台用の燕尾服になってタップシューズを履いたぐらいで服装の違和感はないはずなのに。他のメンバーに赤髪の人がいないからか? いや、きっとそれだけじゃなくて。
「アルコ様、お疲れ様です」
 僕が言うのもなんだけど、表情がほぼ変わらない。今みたく僅かに微笑んでくれるか、真顔か。使用人なんだから当然なのかもしれないけど、こう……感情の動きが、分からない。うちのバンドメンバーは良くも悪くも思ったことが顔に出がちだから。それで少し、浮世離れしたように見えるのかも。だからつい、聞いてしまった。
「セルジオさん、日中の公演は楽しめましたか?」
 言ってから、アーノルドさんの代打で出てくれてるのに何を、と思い直したけどもう遅い。セルジオさんは全く変わらない微笑とともに「ええ、勿論」と即答した。……どっちだろう。流石に世辞かな。でもアーノルドさん曰くタンゴが好きだっていうし、タップも昨晩アーノルドさんに仕込まれただけとは思えないぐらい、様になってた。本当に楽しんでもらえてる可能性もなくはない、のか?
「……突然こんなことになって、大変でしたよね。タンゴがお好きだそうですが、タップとはやはり違いますか?」
「そうですね……私がこのような大舞台に、それもジャズダンスで立つことになるとは思ってもみませんでしたが……貴重な経験を積むことができ、アーノルド様とグローリア家の皆様には感謝しております」
 さっきより少しだけ言葉を選んで答えたセルジオさんは、タップシューズに一瞥をくれてから続ける。
「タンゴとタップですが……率直に申し上げますと、ピアニストがドラムを任されるようなものかと。使う筋肉も感覚も異なります。日頃アーノルド様の練習に付き添っていなければ、とんだ恥晒しになっていたことでしょう」
「そうなんですね。それは……本当にご苦労おかけし申し訳ございません……」
「とんでもございません。アーノルド様のご用命ですから。ソロは他の方に代わって頂きましたし」
 それにしたって。コルダじゃあるまいし、よっぽど運動神経が良かったとしても夜通し練習したに違いない。というか普段アーノルドさんの練習に付き合ってたのか。……アーノルドさんも大概胸中がみえない人だから、誰かを頼って自主練することもあるんだって知れたのは良かったかも。ちゃんと人間なんだなと思えるから。それはそうとしてこの人、聞けば聞くほど……。
「雇用されているとはいえ、他人のためにそこまで出来るなんてすごいですね」
「……と、仰いますと」
「あっ! いえ、嫌味ではなく。純粋にすごいなと思ったんです。そう簡単にできることではないと思います。例えばその、僕は兄のためであればなんだってできますが、いくらメンバーや学友のためでも違う楽器を一夜でどうにかなんてできないと思って……」
 自分でも何を言いたいのかよく分からなかった。途中から目も合わせられてなかったと思う。でもセルジオさんは――顔がみれてないから多分だけど――呆れもせずに僕の言葉を聞いてくれたあと、…………一呼吸おいて、「ははっ」と大口を開けて笑った。
「失礼! ……俺は似てると思うぜ、キミと俺」
「……………………へ、」
 なんだなんだなんだ、急にどうしたんだこの人は。さっきまでの雰囲気と全然違う。声が大きい。表情の動きも、動作も派手。それこそタンゴが生まれたラテンアメリカ、そう、いかにもラテンアメリカって感じの陽気な男。〝ディモント家の優雅な使用人〟は突然、消えた。
「血の繋がった家族っつーけどさ、俺のはもう全員死んじまったんだ。パパママ兄貴姉ちゃん、あとママの腹ン中に弟か妹がいたかな。パパはタンゴダンサーでママはキミたちと同じイタリア系。俺が三歳んときかな。戦争も終わったしヨーロッパにでも行こうっつって船乗って、ニューヨーク沖で座礁した。パパはママを、兄貴は姉ちゃんと俺を助けようとしたらしいんだがな、救命ボートに着く直前で姉ちゃんが足挫いちまってよ。兄貴は俺だけボートに放り込んで姉ちゃんを助けに行った。…………で、結果俺しか助からなかったってワケ」
「……あ。え、と……」
 大変失礼しました、お辛い話をさせてしまい申し訳ございません……なんて、定型句を出そうと思えばなんとか口にできる、けど。それにしては、あまりにも。あまりにも、彼の声色があっけらかんとしすぎてる気がした。なぜ。実の親と兄姉が、そんな惨い死に方をしておいて。どうしてそんなに、カラッとした空気で話せる? 分からない。もし父さんと母さんが、……コルダが、そんなことになろうものなら。
「なんで急にこんな話したか分かるか? もうすぐ、死者の日だからさ。俺にとっちゃハロウィーンよりずっと馴染み深い。死者の日には故人との楽しいメモリーを思い出して、忘れないよう祭壇に遺影を飾る。マリーゴールドなんかも添えたりしてな。……でもよ、ガキすぎて、家族のことあんま覚えてねえんだ。キミたちが生まれるよりも前から此処に住んでるからさ、思い出を語り合える奴も居ないしな。だから毎年こうやって、覚えてることだけ思い返すんだ」
「……それは…………」
「だがアーノルド様のことは、彼が生まれるよりも前から覚えてる」
 飄々としてた態度が一変、真剣な面持ちに変わる。唐突なアレンジについていくような気持ちで。どうにか、セルジオさんの話に追いつこうとした。なんとなく、聞き逃したらいけない気がした。
「アーノルド様は御立派な御方だ。御父上を凌ぐ商才、学業もタップも経営も、全て完璧にこなす圧倒的な体力、頭脳! 僅か十七歳とは到底思えない!! アーノルド様のお傍にいるだけで、世界はどんどん広がっていく。ハロウィーン、ジャズ、オンステージ! 俺より後に生まれた子が、俺に世界を教えてくれる! 血は繋がっちゃいない。だが俺より大切なのは、心血捧げる相手はアーノルド様だけだ」
 ビリ、と空気が破けた気がした。もう、口を開く気が起きなかった。彼の感情に見合う言葉を、その場で紡げる気がしなかった。ただただ灰の瞳に、燃える赤の髪が映るのを見ていることしかできない。先に音を立てたのは僕でもセルジオさんでもなく、開演三分前を報せるアナウンスだった。
「…………ご無礼をお許しください。若輩者ゆえ加減が分からず、少々やりすぎてしまいました」
「……いえ。ですがどうして……」
 いつの間にか、彼は使用人のセルジオさんに戻ったように見えた。今更恭しく首を垂れたあと、彼は答える。
「『日中の公演は楽しめましたか』と、アルコ様にご指摘頂いたものですから」
「……はい?」
 そういえば、そんなことを言った気もするけど。なんでだったか。そうだ、彼の感情があまりにも見えないから……。……じゃあ。いや、まさか。
「〝グローリア・ビッグバンドらしく〟やれと、そう受け取りましたので」
 口元に人差し指をあてて、シー、と悪戯に嗤う男。…………彼が僕に見出した類似点がなんだったのか、とうとう僕には分からなかった。
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