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二公演目――弟たちのセレナーデ

三曲目:ウィリアム・セイラー

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「ちょっ、アーティー!? なんで……ッ!」

 オレたち同様、音漏れを聴きに来たらしいおじさん。その人と話しててってオレに頼んだが最後、裏口のドアへ向かったアーティー。トントン、トン、トトトトン。不規則なリズムでドアを叩く音が、その場にあるどの音よりも鮮明に耳に届く。何考えてるの、と叫ぶより早く。開かれたドア。ぬん、と顔を出す、強面の男。やばい。こっち向かってる。アーティーがオレとおじさん交互に指さしてなんか言ってるけど今度は盛り上がってきた音楽に掻き消されて聞こえない。屈強な男の手がのびる。逃げ、たらアーティーはどうなる? いやでもアーティー特に何もされてないし、というかまさかこれ、嵌められ……アーティーに限ってそんなわけ、

『乞食野郎が!』

 ダメだどのみち間に合わない。だけどせめて、喉は守らなきゃ。ごめん、チャーリー。そう思って両手で喉を抑えた。

 


『おいガキ、てめぇ……!!』


 衝撃は、こない。代わりに右耳をつんざいた怒声。薄目を開ければ、さっきまであのサックスの音が良いだのなんだのって自慢げに語ってたおじさんの顔が足に変わってた。……じゃなくて、警備員に胸ぐらを掴まれて浮いてた。おじさんはそのまま道路まで運ばれて、軽々と投げ捨てられる。フン、と鼻を鳴らして戻ってきた警備員は、オレらを一瞥すると顎で裏口のドアを指した。

「……えっ、えっ?」

「やった。ありがとうございます」

 スキップ……はできてないけど、そんな感じの心地で警備員についてくアーティー。そのあとを、オレも取り敢えずついて歩く。追い出されたのはおじさんだけ。わざわざ警備員を呼んできたアーティー。交互にさされた指、オレには怪我させないって言葉。……もしかして。

「アーティー、まさか……」

 言葉で確かめようと、したけど。裏口のドアが開いた途端、その必要もなくなった。

「…………裏側でも、意外と聴こえるんだなあ」

「ふふ、外よりはマシでしょ?」

 煌びやかな暖色のライトも、ふかふかのソファもない簡素な守衛室。だけど同じ建物の中ってだけで、響きは段違いだった。

「このホール、開演から一時間経った今ぐらいから目玉の曲を始めるんだ。さっきのおじさんもそれに合わせて来たんだと思う」

「それをいつもあの人に?」

「うん。バラードっぽい曲が多いからか、よく寝ちゃうから。ほら」

 アーティーの視線の先。椅子の背もたれに大きな身体を預けて、警備員は鼻ちょうちんを膨らませてた。

「ちょっとしたお小遣いみたいなもの、かな。お礼代わりにこっそり入れてくれるんだ。ここの方が響きが良いでしょ? 暑くも寒くもないし」

「はは! 確かに。ぶっ飛ばされずにも済む」

「追い出されないとしてもしたくないよ。お金はないけど、だからって無償で聴いていいことにはならないもん」

「えっ? ああ、そう……かも。うん。オレたちだってちゃんと新聞買ってもらってるもんね。はは……」

 あれ、オレたち最初は音漏れ聴きに来たんじゃなかったっけ、って言おうと思ったけど。多分、オレが聞き間違えたんだろうな。あの時正直話よく聞いてなかったし。だってアーティー、見たことない顔してる。目に炎が宿ってるっていうか。セコいこと考える奴ら本気で駆逐したいって感じの。

「……ほんとに音楽好きなんだ」

「うん。ビリーの歌も好きだよ。だから、ビリーの声を……見せかけだけでも護れてたら、嬉しい」

「あれねー。ちょっと大袈裟な気もするんだけどなー」

「それぐらい、チャーリーがビリーを大事にしてるってこと、だと思う」

 オレと全然似てない……父さんと母さんとはよく似てた。黒い髪と、黄色い目が浮かぶ。早く帰って来いよ、って、眉を下げた大好きな顔が。双子だからってくっつきすぎだなんて寮のみんなは言うけど、やっぱり数時間離れてるだけでもちょっと寂しい。

「……この曲終わったら帰ろっか」

 目を閉じて、曲に聴き入りながらアーティーが言う。そうだね、って返してから、オレも真似して瞼をとじた。帰り道も長いから、この曲を口ずさんでいこう。歌詞がない曲だけど、勝手につけちゃおうかな。それで、寮の前についたら、きっと窓を開けて待ってくれてるチャーリーにも聞こえるように歌うんだ。星が綺麗だよ、チャーリーの瞳みたいに……なんて、ちょっとロマンチックすぎかな!
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