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五公演目――瑠璃とエンジェルズシング
四曲目:コルダ・グローリア
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「……そっか。それは残念だったね。でもぶつかっちゃった人からお金貰えたんでしょ?」
話を聞くに。大叔父さんが持ってたのは自分で彫った小さな天使で、完成したら売る予定だったらしい。でもリトル・イタリーに着いた途端青年とぶつかって、腕だけ残してどこかに転がってっちゃった。で、やけになって昼前から引きこもってる。……わかるような、わからないような。芸術って意味では僕らの仕事も似てるけど、形がないからやり直せるし、パートが欠けたら再編成できる。というか。ずっとこの家にいるわけでもないし、普段なにしてるのかと思ったら彫刻家だったなんて。アルコに話したらびっくりするかな。
「金で作品が帰ってくるわけでもあるまい。ま、『今はこれしか』と言った割には、大層な額だったがな。ありゃあどっかの坊ちゃんだろう」
「この辺りに富豪の家なんてあったかな……ああ、買い物にでも来てたのかな」
「かもしれん。イスラエルで買った土産を見た途端、なにを勘違いしたのかヘブライ語で話し始めた。あれは商人かなんかの息子だろう」
だからそいつに声をかけてた黒髪の少年が、アルコかもしれないと思ったんだがなあ。頭を掻きながら、大叔父さんはトルタ・パラディーゾを口に運んだ。お金持ち、商人の息子……もしかしなくても、アーノルドくんかな。この前案内してくれた二号店からそう遠くないし。アルコっぽい少年に関しては、アーノルドくんの友達かもしれない。アルコと大叔父さんが最後に会ったのはもう何年も前。アルコは、外で知り合いを見かけても放っておくタイプだから。……僕以外の人とももっと仲良くしたらいいのに。どうにしても、今度聞いてみればいいことだよね。っていうか待って? 大叔父さんイスラエルまで行ったの? いつの間に?
「まあ、嘆いても金は入らんし彫刻も彫れん。この小遣いを元手に新しいのを彫るとしよう」
「それがいいかもね。……でも、やっぱり失くしちゃったほうも気になるなあ。誰か拾ってくれてるかもしれないし」
「拾わんだろ。未完成どころか、二度と作品にもならん」
「それでも可愛がってくれてるかもしれないでしょ? ……天使様に可愛がるはちょっとおかしいか。名前のある天使じゃなければ大丈夫かな」
大叔父さんは不服そうな顔をしたあと、ボソッと天使の名を口にした。信心深いってわけでもないけど、偶然聞き覚えのある名前だった。
「サンダルフォン! 知ってるよ、天国の歌を司るんだよね。元人間で……メタトロンと双子! ……って、ええ!? これサンダルフォンの腕なの!?」
そう聞くと余計、居ても立っても居られなくなる。今からでも探しに、と窓に目をやると、いつの間にか陽はとっぷり暮れ月明かりが差していた。でもなあ、片割れが迷子だなんて心配になっちゃうよ。と、頭の中で言語化したところでふと気付く。
「……メタトロンはどこにいるの?」
「作っとらん」
「作ってないの!?」
てっきり、一緒なのかと思った。だって双子だよ? 生まれたときから……あ、でも。メタトロンとサンダルフォンは元々人間で、双子になったのは天使になってからなんだっけ。じゃあ。今からでも、双子になれるよね!
「なら、さ! 作ってよ、メタトロン! それでさ、メタトロンに小さいポシェットかなんか持たせて、そこにサンダルフォンの腕を入れとくんだ。お兄ちゃんが待ってるって分かったら、きっと弟も帰ってくるから!」
大叔父さんは髭の合間からポカンと小さな口を覗かせた。あとで、「それは誰が買う?」って、碧い瞳を真っ直ぐ僕に向ける。
「これで足りる?」
握り拳から、親指、人差し指を立て。二、と指で示せば、大叔父さんは二セントか、と笑った。
「……Twenty」
大叔父さんの片眉がピクリと動く。二本指をそのまま顔の前に。指の腹を擦り合わせて、僕は出来るだけ綺麗に微笑んだ。
「Dollars」
話を聞くに。大叔父さんが持ってたのは自分で彫った小さな天使で、完成したら売る予定だったらしい。でもリトル・イタリーに着いた途端青年とぶつかって、腕だけ残してどこかに転がってっちゃった。で、やけになって昼前から引きこもってる。……わかるような、わからないような。芸術って意味では僕らの仕事も似てるけど、形がないからやり直せるし、パートが欠けたら再編成できる。というか。ずっとこの家にいるわけでもないし、普段なにしてるのかと思ったら彫刻家だったなんて。アルコに話したらびっくりするかな。
「金で作品が帰ってくるわけでもあるまい。ま、『今はこれしか』と言った割には、大層な額だったがな。ありゃあどっかの坊ちゃんだろう」
「この辺りに富豪の家なんてあったかな……ああ、買い物にでも来てたのかな」
「かもしれん。イスラエルで買った土産を見た途端、なにを勘違いしたのかヘブライ語で話し始めた。あれは商人かなんかの息子だろう」
だからそいつに声をかけてた黒髪の少年が、アルコかもしれないと思ったんだがなあ。頭を掻きながら、大叔父さんはトルタ・パラディーゾを口に運んだ。お金持ち、商人の息子……もしかしなくても、アーノルドくんかな。この前案内してくれた二号店からそう遠くないし。アルコっぽい少年に関しては、アーノルドくんの友達かもしれない。アルコと大叔父さんが最後に会ったのはもう何年も前。アルコは、外で知り合いを見かけても放っておくタイプだから。……僕以外の人とももっと仲良くしたらいいのに。どうにしても、今度聞いてみればいいことだよね。っていうか待って? 大叔父さんイスラエルまで行ったの? いつの間に?
「まあ、嘆いても金は入らんし彫刻も彫れん。この小遣いを元手に新しいのを彫るとしよう」
「それがいいかもね。……でも、やっぱり失くしちゃったほうも気になるなあ。誰か拾ってくれてるかもしれないし」
「拾わんだろ。未完成どころか、二度と作品にもならん」
「それでも可愛がってくれてるかもしれないでしょ? ……天使様に可愛がるはちょっとおかしいか。名前のある天使じゃなければ大丈夫かな」
大叔父さんは不服そうな顔をしたあと、ボソッと天使の名を口にした。信心深いってわけでもないけど、偶然聞き覚えのある名前だった。
「サンダルフォン! 知ってるよ、天国の歌を司るんだよね。元人間で……メタトロンと双子! ……って、ええ!? これサンダルフォンの腕なの!?」
そう聞くと余計、居ても立っても居られなくなる。今からでも探しに、と窓に目をやると、いつの間にか陽はとっぷり暮れ月明かりが差していた。でもなあ、片割れが迷子だなんて心配になっちゃうよ。と、頭の中で言語化したところでふと気付く。
「……メタトロンはどこにいるの?」
「作っとらん」
「作ってないの!?」
てっきり、一緒なのかと思った。だって双子だよ? 生まれたときから……あ、でも。メタトロンとサンダルフォンは元々人間で、双子になったのは天使になってからなんだっけ。じゃあ。今からでも、双子になれるよね!
「なら、さ! 作ってよ、メタトロン! それでさ、メタトロンに小さいポシェットかなんか持たせて、そこにサンダルフォンの腕を入れとくんだ。お兄ちゃんが待ってるって分かったら、きっと弟も帰ってくるから!」
大叔父さんは髭の合間からポカンと小さな口を覗かせた。あとで、「それは誰が買う?」って、碧い瞳を真っ直ぐ僕に向ける。
「これで足りる?」
握り拳から、親指、人差し指を立て。二、と指で示せば、大叔父さんは二セントか、と笑った。
「……Twenty」
大叔父さんの片眉がピクリと動く。二本指をそのまま顔の前に。指の腹を擦り合わせて、僕は出来るだけ綺麗に微笑んだ。
「Dollars」
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