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六公演目――メモリーズオブブラザー

二曲目:ウィリアム・セイラー

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「うわっ停電した!? 寮のみんな大丈夫かな……」

 背中にロープで括り付けた資材が、雨に殴られて地面に擦れた。背負い直してから、すっかり真っ暗になったブロードウェイを観察する。信号が消えちゃったから車は立ち往生。外を歩いてたひとたちは、時々ぶつかり合いながら近くの建物に入ってく。さっきまで眩しすぎるぐらい爛々と光ってた看板たちが急に見えなくなって、みんな目が慣れてないみたい。そしてそれは、オレも例外じゃなかった。傘は一応持ってきたけど、骨折れてるしあんま役に立ってない。でも早く帰んなきゃ。ただでさえボロかったオレたちの寮だけど、どっかから飛んできた看板が窓を割ったせいで大惨事になってるんだから! 暴風と一緒に雨が入ってきてベッドごとびしょ濡れ。飛んできた看板とシーツでも抑えきれなくて、チャーリーが管理人のおじさんに言いに行ったけど明日にならなきゃ無理の一点張り。おじさんのいる一階は無事だけど、普段外で寝てる奴らが雨風凌ぎに来てるから寝れないし。そうなったらまあ、俺たちが下で寝るからお前らが上に行け、とか言い出す奴も出てくるわけで。大乱闘になるまで十分もかかんなかった。チャーリーやベルが揉みくちゃになったあたりで、おじさんがしれっと管理人室に戻ろうとしたのをアーティーが引き留めたのはナイスだった。おかげで具体的になんで無理なのか聞き出せたから。なんかごちゃごちゃ言ってたけど、要するにスポンサーの建設会社にしか頼めないっていう大人の事情。オレたちからしてみれば知ったこっちゃない。じゃあもういいよ自分たちで直すから、ってことで、こうして材料を買ってきたわけで。勝手に出てきたからチャーリーは怒るかもしれないけど、オレだって雨ざらしで寝たくはないし。アーティーには伝えて来たから大丈夫でしょ。チャーリー優しいし。前だって――。

「……チャーリー?」

 暗いし、傘さしてたし。よく、見えなかったけど。夜空に浮かぶ月のような、黒猫の瞳のような。あまりにも見慣れた目と背丈の男子が、角の建物に入って行った。本当にそうだったかといわれると正直自信はないけど、でも。もし、オレを探しに来て、仕方なく雨宿りすることにした……チャーリー、だったら?

「違ったら、出ればいっか」

 ただの柱になった信号を通り過ぎて。なんの店かもよくわからないそこの扉を思い切り開けた。



 
「チャーリー? いないの?」

『いらっしゃいませ。生憎停電中ですが、お好きな席へどうぞ』

「うわっ!? あ、はーい」

 相変わらず闇がひろがってるだけでどこに何があるのかよく分からないけど、カウンターっぽいところにひとつだけ置かれたキャンドルのおかげで辛うじて店主と思わしき人の存在だけ確認できた。背後に薄っすらと瓶が並べてあるのが見える。しまった、ここバーだったかも。払えるかな。っていうか十四じゃ流石にまずい? 寮だと葉巻吸ってる奴がいようが気にしないけどさ。一応、入口寄りの席を手探りで見つけて座る。

「バータイム中ですが、コーヒーや紅茶もご用意しておりますので、遠慮なくお申し付けください」

「あ、よかった。じゃあコーヒーください」

「豆のお好みはございますか?」

「豆!? え、んーっと……おまかせで?」

「畏まりました」

 豆とかあるんだ。あるかそりゃ。教会のシスターさんがくれるやつしか飲まないからな。っていうかチャーリーいないのかな。さっき返事なかったけど。レコード回せないのか何も流れてないし、七、八人がぽつぽつ喋ってるだけだから聞こえてないはずないのに。やっぱり勘違いだったのかも。みんなに悪いし、外の様子見つつ飲み終わったら帰ろう。そう思って扉に目を向けた、とき。カランコロンと軽い音が鳴って、雨音と少しの風と一緒に。

「いやあ、参った参った! びしょ濡れだよ! あ、やってるかい?」

 蛇腹楽器みたいな声が、入ってきた。
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