花嫁は王を選ぶ。そして死を告げる

ヤマザキ

文字の大きさ
24 / 28

黄昏に晒した罪

しおりを挟む


 ゆっくり考え込もうとアヴェリンは静かな場所を探していた。そこで思いついたのが図書館だった。アヴェリンは1人、図書館の扉を開く。だがそこにはすでにルシアナがいた。窓辺に腰かけ、本を読みながら差し込む日差しに髪を照らされている彼女は、まるで一幅の絵のようだった。

「ご機嫌よう、アヴェリン様。本日もお綺麗な姿、お目にかかれて光栄ですわ」

「……ルシアナ様もお変わりなく」

 アヴェリンが礼を返すと、ルシアナは微笑み、しおりを挟んで本を閉じた。

「今日は、どういったご用でこちらに?」

「……色々考えようと思いまして」

 曖昧に答えると、ルシアナは目を細める。その瞳は、透き通るほどに澄んでいて、何もかもを見透かされているようだった。

「それではわたくしからも提案させていただきたいのですが時期国王に……ケイラン様はいかがですか? あの方は戦で命を懸けた方です。正義の剣として、国を背負える器ですわ」

「……そのようにお思いですか?」

「はい。でも……それだけではありません」

 ルシアナはそっと唇に指を当て、ささやくように言った。

「彼ほど優しく勇敢な方はおりません……皆さんにはただの怠け者に見えるかもしれませんが、彼の本質もアヴェリン様であれば見抜いているはずでしょう」

 微笑むその顔は、あくまでも柔らかく優しかった。けれど、その瞳の奥にある色を、アヴェリンは見逃さなかった。

(まるで、“選べ”と言っているみたい)

 まるで誘導されているような気配に、胸の奥がざわつく。それでもアヴェリンは、そっと頷いてその場を後にした。

 



 

 訓練場の片隅、陽の落ちかけた黄昏の空の下。誰もいない石畳の空間に、一人の男の背中があった。

 ケイラン・ヴァレリアンド。

 第二王子は剣を手入れしていた。静かな手つきで刃を磨き、指先に触れた傷を、無言で舐める。

「……珍しいな。君の方から俺を訪ねてくるなんて」

 アヴェリンに気づくと、ケイランは振り返らずにそう言った。声は柔らかく、けれどどこか哀しみを孕んでいた。

「お時間を取っていただいて、ありがとうございます」

「俺は暇だからね。役立たずの、気ままな第二王子さ」

 そう言って振り返った彼は、いつもの飄々とした微笑みを浮かべていた。けれど、その目元には疲れが滲んでいる。

「次の選別……俺を選びに来たの?」

「まだ、選ぶとは――」

「選ばないなら、ここには来ない」

 淡々とした口調。剣を置いたケイランは、手を軽く払って石に腰を下ろした。

「君には聞かれる権利がある。……だから話すよ。俺の罪を」

 アヴェリンは、その言葉にまばたきを忘れる。

「君は言っただろう? 俺が“龍を斬った男”って呼ばれていること」

「はい」

「でもね。あの時、斬ったのは“龍”だけじゃなかった」

 声が、かすかに揺れる。

「民の村を守るために、道を塞いだ。それは正しい選択だったかもしれない。けれど……囮にした兵士たちがいた。あえて退路を断たせ、時間を稼がせた。彼らは逃げられなかった」

「……」

「王としては正しい判断だった、って言う人もいる。でも俺には、彼らの顔が焼きついている。俺の剣が救った命よりも……俺が見殺しにした命の方が、夜に出てくるんだ」

 アヴェリンは言葉を飲み込んだ。ケイランは視線を合わせないまま、続けた。

「それだけじゃない。俺は……エルリックに嫉妬していた」

「……え?」

「あいつは俺にないものを持っていた。真っ直ぐで、誰の前でも怯えず、自分を恥じない。……俺は、そんなエルリックが羨ましかった。君があいつを庇った時、正直……ひどく嫉妬した」

「……それは、ただの感情です。罪では――」

「違う。あいつが死んだとき、俺は……心の底から悲しめなかった」

 その言葉に、アヴェリンの胸が締めつけられた。

「悲しいとは思った。でも同時に、“これでもう嫉妬しなくて済む”って……ほんの少しだけ、安堵してしまったんだ。そんな自分が、俺は……」

 口をつぐみ、ケイランは拳を強く握った。

「そして、もう一つ」

 彼はゆっくりとアヴェリンに視線を向けた。

「俺にはルシアナがいる。自分達で決めた事じゃないとはいえ、未来を誓い合った女性だ。けれど……今、俺の心にいるのは君だ。君を見ていると、ずっと閉じていた何かが開いていく気がするんだ」

 アヴェリンは立ち尽くしたまま、何も言えなかった。

 彼の罪は、ただの過去の出来事ではない。今も彼を蝕み、苦しめている。

「……君は、俺を選ばないかもしれない。選ばなくていい。君には、選ぶ自由がある」

 ケイランは微笑んだ。弱く、どこか諦めたように。

「でも、君が裁くというなら、せめて俺の全部を知ってから裁いてほしい。そう思って、話したんだ」

 静寂が降りた。

 黄昏の光が差し込み、剣の刃だけが淡く輝いていた。

「……ありがとうございました、ケイラン殿下」

 アヴェリンは深く頭を下げた。敬意ではない。彼の苦しみに対する、真摯な応答として。

「呼び方も相変わらずだね」

「失礼いたします」

 背を向けた彼女の足取りは、静かだった。

 そしてその胸の奥では、誰を選ぶべきかという問いが、いよいよ形を取り始めていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長

ヴァンドール
恋愛
 高飛車な侯爵令嬢は、平民ながらも戦果を挙げ、陛下より爵位と領地を賜った、国の英雄である王宮騎士団長に、自分が好きならと課題を与える。そんな二人の物語。

公爵家の養女

透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア 彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。 見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。 彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。 そんな彼女ももう時期、結婚をする。 数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。 美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。 国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。 リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。 そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。 愛に憎悪、帝国の闇 回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった―― ※月曜にから毎週、月、水曜日の朝8:10、金曜日の夜22:00投稿です。 小説家になろう様でも掲載しております。

精一杯のエゴイスト

宮内
恋愛
地方都市で地味に働く佐和。以前の恋のトラウマに縛られて四年も恋愛から遠ざかる。そんな佐和に訪れた出会い。立ち止まる理由ばかりを探しても止まらない想いの先にあるものは。

愛とオルゴール

夜宮
恋愛
 ジェシカは怒っていた。  父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。  それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。  絡み合った過去と現在。  ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

大迷惑です!勝手に巻き戻さないで!?

ハートリオ
恋愛
イブはメイド。 ある日主人であるブルーベル様の記憶が2つある事に気付き、時間が巻き戻されていると確信する。 しかも巻き戻り前は美しく優秀だったブルーベル様。 今はオジサン体型でぐうたらで。 もうすぐ16才になろうというのに婚約者が見つからない! 巻き戻された副作用か何か? 何にしろ大迷惑! とは言え巻き戻り前は勉強に鍛錬に厳しい生活をしていた彼。 今回の方が幸せ? そして自分の彼への気持ちは恋? カップルは男性が年上が当たり前の世界で7才も年上の自分は恋愛対象外… あれこれ悩む間もなくイブはメイドをクビになってしまい…

婚約破棄されたのに、王太子殿下がバルコニーの下にいます

ちよこ
恋愛
「リリス・フォン・アイゼンシュタイン。君との婚約を破棄する」 王子による公開断罪。 悪役令嬢として破滅ルートを迎えたリリスは、ようやく自由を手に入れた……はずだった。 だが翌朝、屋敷のバルコニーの下に立っていたのは、断罪したはずの王太子。 花束を抱え、「おはよう」と微笑む彼は、毎朝訪れるようになり—— 「リリス、僕は君の全てが好きなんだ。」 そう語る彼は、狂愛をリリスに注ぎはじめる。 婚約破棄×悪役令嬢×ヤンデレ王子による、 テンプレから逸脱しまくるダークサイド・ラブコメディ!

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...