27 / 28
墓前の風は決意を運ぶ
しおりを挟む白い花が、風に揺れていた。
アヴェリンはケイランの名が刻まれた白い墓石の前に膝をつき、花を供えると、両手を合わせてそっと目を閉じた。手の中で祈る言葉は、もう形を成してはいなかった。ただ、「ごめんなさい」と「ありがとう」が心の奥で何度も渦を巻き、それらが涙となって胸にたまっていく。
彼を選んだのは自分だ。
彼を殺したのは、自分だ。
女神の代行者として何一つ間違った事はしていない自信があった。それでもケイランを殺した事に納得する材料にはならない。
その事実は、五日経っても何一つ色褪せず、むしろ日を追うごとに、アヴェリンの中でその重みは増していく。
ジュリアンは優しい言葉をかけ励ましてくれるがどこか気分は落ち込んでいて、マイロも気遣ってはくれているが、その目は赤く腫れ、より罪悪感を膨らませる。ルシアナに関しては口も聞いてくれない。すべてが罪を際立たせる。
しかしそんなアヴェリンの気持ちを楽にしたのは意外な人物だった。
墓の奥から足音が聞こえ、アヴェリンはゆっくりと顔を上げた。
背中のマントが払って揺れる。第一王子、レオポルド・ヴァレリアンド。彼女が最も憎んだ男。だが今、その顔には嘲りも軽蔑も浮かんでいなかった。
「……意外な所で会うな」
「レオポルド殿下……」
周囲には、それぞれの護衛と侍女が控えている。レオポルドは肩で風を切り、例の高慢な笑みを浮かべているも、視線だけはどこか静かだった。
「随分と気持ちが落ち込んでいるようだが、何を落ち込む事がある? ……お前は選ばれた者として当然のことをしたにすぎないだろう?」
顔色ひとつ変えず、朝の挨拶でもするようにレオポルドは言った。彼の残忍さからなのか、それとも王子たる信念なのか。しかしその物言いはそれが本当に当たり前の事であり、自分の気持ちが特殊なのかと思えるほどだった。
「…………」
「勘違いするな。慰めているわけではない。だが、俺も上に立つ者として気持ちはわかる。采配には犠牲がつきものだ。お前はこの国のために選んだ。それは立派なことだ。罪悪感なんて、抱く方が間違っている」
レオポルドの言葉は、どこまでも理屈じみていて、感情を伴わないように聞こえた。けれど、その中には確かな「理解」があった。アヴェリンは口を開けないまま、ただ彼の声を受け止める。
「お前の性格を考えるに、好き好んで知った顔の人間に死を宣告したいわけはないだろう。お前は使命を全うしたんだ」
「……でも、私の選択で彼は……ケイラン殿下は……」
「ケイランともあろう人間が恨んでいるとでも?」
レオポルドの声が、墓前の風に溶ける。
「奴だって、龍退治をしたとき、最善の策で龍を葬った。罪悪感は抱いていたが、俺は賞賛している。迷いながらも選ぶのが、真の選定者だ。お前は真剣に我々を見定め、選んだんだ」
アヴェリンは小さく首を振った。だが、その言葉は、心のどこかを確かに支えた。
「仮にお前じゃない誰かが女神の代行者だったとしても、我々のうち四人は死ぬ定め。母国の王子を四人も殺すなんて、誰もやりたがらない。その役目を全うしたお前は――」
レオポルドは少し言葉を切り、墓に一瞥を向ける。
「――胸を張っていい」
アヴェリンの唇が、かすかに震えた。
「……レオポルド殿下は、私が死神に見えませんか?」
するとレオポルドは後ろの護衛達を横目でチラッと見るとアヴェリンに近づき小さな声で呟いた。
「確かに……俺はお前に嫌われている。怖くないといえば嘘になる。だが死神としてではなく女神としてお前に恐怖しているんだ」
その言葉に、毒はなかった。どこか、不器用な称賛のようにも聞こえた。
「ケイランも、過去の罪から解放されて楽になれたに違いない。それにあんな怠け者がこの国の王になった日には国ごと滅ぶわ」
本人の墓の前で不謹慎だと思う半面、レオポルドが冗談めかした事を言ったのが意外でアヴェリンは思わず目を伏せた。
無慈悲といえばそう聞こえるが、レオポルドが言った事はアヴェリンが今1番欲しい言葉であった。欲しかったのは情や慰めではなく、肯定。憎き相手に言われた事は解せないがアヴェリンの心は随分と落ち着きを取り戻していた。
「レオポルド殿下……ありがとう、ございます」
「礼なんていらん。俺は事実を言っただけだからな」
そう言って、レオポルドは墓前に一輪の赤いバラを置いた。
「奴も、こうして静かに眠っている。あとは、俺たちが前を向いて歩けばいい」
そして彼はアヴェリンに背を向けた。
「……アヴェリン。次は俺を選ぶのか?」
「……まだ、決めておりません」
「……そうか………」
風が吹き白い花が揺れる。その風に乗って行くようにレオポルドもその場から立ち去った。
アヴェリンは再び手を合わせ心に誓う。
(もうあなたを選んだ事を後悔しない。それでなければあなたの死を冒涜する事になる。私は逃げない。何があっても最後まで……)
0
あなたにおすすめの小説
高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長
ヴァンドール
恋愛
高飛車な侯爵令嬢は、平民ながらも戦果を挙げ、陛下より爵位と領地を賜った、国の英雄である王宮騎士団長に、自分が好きならと課題を与える。そんな二人の物語。
公爵家の養女
透明
恋愛
リーナ・フォン・ヴァンディリア
彼女はヴァンディリア公爵家の養女である。
見目麗しいその姿を見て、人々は〝公爵家に咲く一輪の白薔薇〟と評した。
彼女は良くも悪くも常に社交界の中心にいた。
そんな彼女ももう時期、結婚をする。
数多の名家の若い男が彼女に思いを寄せている中、選ばれたのはとある伯爵家の息子だった。
美しき公爵家の白薔薇も、いよいよ人の者になる。
国中ではその話題で持ちきり、彼女に思いを寄せていた男たちは皆、胸を痛める中「リーナ・フォン・ヴァンディリア公女が、盗賊に襲われ逝去された」と伝令が響き渡る。
リーナの死は、貴族たちの関係を大いに揺るがし、一日にして国中を混乱と悲しみに包み込んだ。
そんな事も知らず何故か森で殺された彼女は、自身の寝室のベッドの上で目を覚ましたのだった。
愛に憎悪、帝国の闇
回帰した直後のリーナは、それらが自身の運命に絡んでくると言うことは、この時はまだ、夢にも思っていなかったのだった――
※月曜にから毎週、月、水曜日の朝8:10、金曜日の夜22:00投稿です。
小説家になろう様でも掲載しております。
見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。
有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。
選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。
涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。
彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。
やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。
愛とオルゴール
夜宮
恋愛
ジェシカは怒っていた。
父親が、同腹の弟ではなく妾の子を跡継ぎにしようとしていることを知ったからだ。
それに、ジェシカの恋人に横恋慕する伯爵令嬢が現れて……。
絡み合った過去と現在。
ジェシカは無事、弟を跡継ぎの座につけ、愛する人との未来を手にすることができるのだろうか。
大迷惑です!勝手に巻き戻さないで!?
ハートリオ
恋愛
イブはメイド。
ある日主人であるブルーベル様の記憶が2つある事に気付き、時間が巻き戻されていると確信する。
しかも巻き戻り前は美しく優秀だったブルーベル様。
今はオジサン体型でぐうたらで。
もうすぐ16才になろうというのに婚約者が見つからない!
巻き戻された副作用か何か?
何にしろ大迷惑!
とは言え巻き戻り前は勉強に鍛錬に厳しい生活をしていた彼。
今回の方が幸せ?
そして自分の彼への気持ちは恋?
カップルは男性が年上が当たり前の世界で7才も年上の自分は恋愛対象外…
あれこれ悩む間もなくイブはメイドをクビになってしまい…
婚約破棄されたのに、王太子殿下がバルコニーの下にいます
ちよこ
恋愛
「リリス・フォン・アイゼンシュタイン。君との婚約を破棄する」
王子による公開断罪。
悪役令嬢として破滅ルートを迎えたリリスは、ようやく自由を手に入れた……はずだった。
だが翌朝、屋敷のバルコニーの下に立っていたのは、断罪したはずの王太子。
花束を抱え、「おはよう」と微笑む彼は、毎朝訪れるようになり——
「リリス、僕は君の全てが好きなんだ。」
そう語る彼は、狂愛をリリスに注ぎはじめる。
婚約破棄×悪役令嬢×ヤンデレ王子による、
テンプレから逸脱しまくるダークサイド・ラブコメディ!
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる