花嫁は王を選ぶ。そして死を告げる

ヤマザキ

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微笑む者に死を告げて

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 選定の間に、静寂が降りていた。

 神殿の大理石に刻まれた女神の紋章。その中心に、アヴェリンは立っていた。正面には、並び立つ王子たち。

 眩い光の中で、その顔はひとつずつ浮かんでは消え、まるで夢の続きのように混ざり合う。

 第一王子、レオポルド。
 まるで帝王そのものであり、器量と実力は申し分ない。それにあの傲慢な暴君は変わりつつもある。けれど、それは過去の罪を償うには遅すぎるのか。

 第二王子、ケイラン。
 王国最強の武力でありながら誰よりも怠け者。王の器に相応しいのか定かではないが、彼を失う事でこの先、この国にどれだけのダメージがあるのか、それは想像に難くない。

 第三王子、ジュリアン。
 彼の誠実さはまっすぐで人望も強さもある。彼の優しさには今なお胸を締めつけられる。けれど、その優しさが王になれば仇になる事もあれば、その個人的な気持ちが王になる理由にはならない。

 第五王子、マイロ。
 アヴェリンの価値が確立する前から手を差し伸べる無私の愛。そして王の資質に見合う力もあるが、まだ15歳という若さにより実績がなく王になるという事の関心が彼にはあまりない。
 

 アヴェリンは今日、名を呼ぶ王子に方にチラッと黒目を動かした。彼はこんな時だというのに気怠げに肩をすくめ、皮肉げな笑みを浮かべていた。アヴェリンはその名を口にするまで彼の方を向くまいと意識していたのだが、思わず視線は彼に向いてしまう。

 だが彼は、目を細めてただアヴェリンを見ていた。恐れも焦りも見せず、まるで結果を知っているかのように。

(私は垣間見た。彼の罪を。迷いを。弱さを。……救いを求める声を)

 アヴェリンは知っていた。女神の代行者として、感情に溺れてはならないことを。

 しかし、彼の苦しみを先延ばしにする訳にはいかない。そして彼が王に相応しくないのも事実。

(私は……選ばなければ)

 右手を胸に添える。

 儀式は、進行の合図を待っていた。

 彼らの前で、冷たく、ただ一つの名を告げなければならない。

 アヴェリンは唇を結び、右手を胸に強く押し当てる。
 やがて震える唇を、静かに開いた。

「選定を告げます」

 声が、神殿に響き石造りの神殿に、鼓動がこだまする。
 その刹那、アヴェリンは言った。

「第二王子、ケイラン・ヴァレリアンドは、女神の加護に値しません」

 静寂の中に、わずかなざわめき。

 けれど、当の本人は──

 微笑んだ。

 いつもの、皮肉とも余裕ともつかぬ、あの穏やかな笑みで。

 まるで、安堵でもしたかのように立ち上がる。

 堂々としたその立ち姿には、やはり英雄の風格があった。かつて龍を斬ったとされるその剣腕、揺るがぬ視線、揶揄とも本音ともつかぬ笑み──多くの者が彼に憧れ、畏れすら抱くのも当然だろう。

 けれど。

(彼は、自分が王になることを恐れている)

 アヴェリンは知っている。あの日、静かに罪を語ったケイランの顔を。玉座に近づけば近づくほど、自らを引き裂くように怯えていた姿を。

(だから、あんなにも怠け者を演じていたんだ……)

 それは逃避だった。英雄譚の重みに押し潰されるまいと、無気力に仮面をかぶって生きていた。だが、誰よりも力を持つ彼は、その事実から逃げ切れない。逃げ続け王にならずとも彼が悪夢から覚める事はないのだから。

(きっと、王にはなれない)

 彼は、愛してはいけない女を心に住まわせ、心から愛したわけでもない公爵令嬢に、片目だけを向けていた。中途半端に、傷つくことを恐れていた。

(でも、それでも……)
 
 審神の眼さにわのめにより誰もがケイランがここで選ばれるのは当然だと思う中、それを告げたアヴェリンだけがまだ少し何か戸惑う様子を見せた。

 ――その時だった。ケイランの声がその場にいた全員の耳をつんざく。


「女神の神聖なる審断、しかと受けた! 我が身はこれより、王たる資格を失いし者! されど一片の悔いもなし! もはや王に非ずとも、一兵として国に殉ぜん! 代行者よ、その御選に迷いなしと信じ選定の御業に、異を唱えることなく、感謝を申す!」

 まるでこれまでのケイランとは別人のような凛々しい宣言に選定の間にいる人間全てが圧倒される。今しがた死を宣告されたにもかかわらず、あまりにも堂々とした姿にアヴェリン自身も驚いた。

 きっと彼は理解していたのだ。自分が裁かれるべきだということを。

 自堕落に振る舞いながら、何もかもを見ていた。兄弟達を、この国を、そして自分自信を。ルシアナという女の存在がありながら、アヴェリンに惹かれたこと。王にならないために逃げ回ってきたこと。民よりも、自分の中の傷を優先してきたこと。

 ――英雄であれど、王には向かない事を

 アヴェリンの審神の眼さにわのめが告げたのは、きっとその冷徹な真理だった。

 ケイランはアヴェリンの前で行儀良く片膝をついた。その光景は女神に選ばれた王がまるでケイランであるかのようだった。
 ケイランは立ち上がるとアヴェリンの顔を見ていつものように微笑んだ。

「もう少し君といたかった気もするけど、これで楽になれた。ありがとうね」

 声は、静かだった。しかしぽつりと零された言葉に、重苦しい感情が少しだけ和らいだ。

 凛とした空気の中で、ケイラン・ヴァレリアンドは、ひとつ肩をすくめた。そして、そのまま振り返ることなく、神殿の出口へと歩き出す。
 まるで、自分の終焉を受け入れた戦士のように。

 アヴェリンの心には、彼の背中が焼きついて離れなかった。

(あなたは、最後まで……微笑んでいるのですね)

 英雄の貌をした一人の男が、死を受け入れるように去っていく。

 選定の間に再び沈黙が落ちた。
 ――そして、三人が残った。

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