麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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【第1部 異世界転移】 第6章:別れ編

第2話①

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 その晩、夢の中で圭は揺蕩っていた。水中のような場所だが、息はできる。プクプクと口から息を吐きながら泳いでいた。
 深海のように真っ暗だった。どこまで泳いで行けば良いのか分からない。その場に留まることもできたが、することもなくどうして良いか分からなかったため、とりあえず泳いでいた。
 しばらくすると、明るく見える方角があった。行先もないため、吸い寄せられるように光の方向へと向かう。

「あいてっ」

 何かにぶつかった。しかし、目の前には障害物になりそうなものは何もない。
 目の前に手を出してみた。柔らかいゴムのような感触がする。どうやら目に見えない壁があり、それ以上先へは進めないようだ。
 その場で止まり、明かりの方角を眺めていた。古いテレビの砂嵐のように目の前が乱れたかと思うと、その場に映像が映し出される。
 その光景を見た瞬間、圭はパッと目を逸らした。今、一番見たくないものだったから。

 金色の髪の美丈夫が苛立たし気に周囲へと何か叫んでいた。声は聞こえない。だから内容までは分からなかったが、その様子から怒っているように見えた。
 周囲にはユルゲンの姿もあった。心底困った顔で美丈夫を諫めようとしているが、相手は全く聞く耳を持っていないようだ。

 踵を返してその場から去ろうとしたが、留まった。振り返った先にあったのは果てしなく広がる闇。どこへ向かって良いかも分からない。
 フルフルと首を横に振った。振り返らない。どうだって良い。自分には関係ない。何度も何度も心の中で繰り返す。
 その場にうずくまった。両手で耳を覆い隠す。どうせ何も聞こえないというのに。目にした光景から非難するような声が聞こえてくる気がしてギュッと目を閉じた。

 その日から圭が眠ると毎夜のように同じ光景が繰り返されるようになった。ゴムのように分厚い壁の向こうでアレクが周囲へと不満をぶつけている。そして、アレクは部屋に一人きりになると憔悴した顔をするのだ。
 最初の頃は目を背けてばかりいたが、段々と視線を向けるようになっていた。

「アレク、少し痩せたかな?」

 少し頬がこけたように見える。目の下には薄っすらとクマも見えた。
 あんなに酷いことをしてきた人なのだ。ざまあみろと笑ってやりたかった。
 しかし、胸の中に湧き上がるのはアレクを心配する思いばかり。
 一人で食事をするアレクの前には、2人分の量の料理が並んでいた。圭が座っていた場所にはフォークとナイフが置かれている。一人、黙々と食べるアレクの顔に表情はない。
 いつも一緒に食べていた時にはあんなに楽しそうにしていたというのに。
 胸がシクシクと痛んで仕方がなかった。

「はぁ~い! 今日は圭ちゃんの大好きなトンカツですよ~」

 夕食時、皿にてんこ盛りに乗ったトンカツを見て、隣に座る姉や兄などがワイワイと談笑している。熱々のカツは揚げたてで美味しそうだ。

「おや、圭ちゃん、トンカツ嬉しくないのかい?」
「え? う、嬉しいよ。やだなぁ婆ちゃん! 俺、トンカツ大好きじゃん!」

 浮かない顔をしたまま箸を取らない圭を心配してか、祖母が圭の取り皿へとトンカツを乗せてくれる。ソースをかけて大口で頬張った。サクサクとした衣とジューシーな肉のうま味が口の中に広がる。圭の大好きな味だった。

「やっぱ、トンカツ超うめ~!!」

 白米をかき込みながら笑顔を作る。圭の様子に安心したのか、他の家族たちも箸をつけ始めた。
 普段している世間話をしながら今日も家族全員で夕飯を囲む。いつも通りの当たり前の風景。
 しかし、圭の中で何かが違う気がしてならなかった。
 自分一人だけが幸せで良いのだろうか。
 胸の中にコロンと転がった不安の小石。それは日が経つにつれて大きくなっていく。

「ちょっと、圭、あんたあんま食べてないじゃない。あたしの分も食べなさいよ」

 不機嫌な声と共に姉の箸がトンカツを2切れ圭の取り皿へと乗せる。

「えー、いつも俺がねーちゃんの分まで食べたら怒るくせに」
「今日は良いの! ほら、あたしダイエット中だし。クリスマスまでに彼氏作んなきゃなんないから食べすぎたらダメなの!」
「じゃあ、お婆ちゃんの分も一切れ圭ちゃんにあげようね」
「ママのも圭ちゃんにあげるわよぉ」

 取り皿にどんどんと盛られるトンカツ。あっという間に小さな皿の上に小山ができた。

「俺、こんなに食べれないよ」
「うっさいわね! 男でしょ! つべこべ言ってないで食べれば良いのよ!」
「むごっ」

 姉の箸に挟まれたトンカツが圭の口の中へと強制的に入れられる。そんなやり取りを見ながら食卓は笑い声に包まれていた。
 家族の前ではできる限り平静を装っていたつもりだったが、どうやら元気がないのを全員が気にしていたらしい。休日、ベッドでダラダラとスマホを弄っていると、姉がノックもせずに部屋へと入ってきた。

「うわー! デリカシーどこ行ったー!! プライバシーの侵害~!!」
「うるっさいわね。圭のくせに生意気よ! ほら、さっさと支度しなさいよ」
「支度? 何の?」
「支度なんて言ったら出かける準備に決まってんでしょ。相変わらず察しの悪い馬鹿ねー、あんたは」

 強引に布団をはぎ取られた。晩秋に近い涼しい空気の中、パジャマ一枚はさすがに寒い。

「うぇ~、さっみ~」
「文句ばっか言ってないで着替えるわよ!」

 腕を引かれて立ち上がる。パジャマを脱がしてこようとする姉に対し、さすがにそれはと逃げ惑った。

「わー! するする! すぐ支度する!! だから部屋出てってよー!!」
「ったく、すぐそう言えば良いのよ。いつの間にこんな生意気になったのかしら。さっさとしなさいよ! 5分で降りてくるように!」

 ビシリと指をさされ、コクコクと頷いた。圭の反応に満足したように姉は部屋を去って行く。
 扉が閉まったのを見てホッとした。パジャマの隙間から胸元を覗く。今日も金色のリングとエメラルドグリーンの鉱石が控え目に存在を主張していた。
 今のところ何とか隠し通せてはいる。誰かと一緒に風呂に入るような歳ではないし。
 ただ、以前のように風呂上がりなどに暑さから上半身裸でウロウロすることがなくなった。風呂に入ればきちんとパジャマを着て自室へと戻る。
 相変わらず繋ぎ目のないリングは外すことができない。一度、ペンチなどで切れるかと考えてチャレンジしてみたが、思った以上に硬くて断念した。ピアスには傷一つつかなかったのだ。そのため、圭の胸元では今日も小さなピアスが揺れている。
 それに腰の焼き鏝も言い訳のしようがない。痣や怪我だというには無理がありすぎる。どう見たって印であることを隠しようがない。

 以前、姉から貰った真っ赤なセーターへと腕を通す。買ってはみたものの気に入らないという理由で数回着ただけで圭の元へときた。女性用だが、触り心地が良くお気に入りの一着となった。姉とそんなに大きく身長が変わらないため、細身の圭は大体の姉の服を着こなせる。
 着替えて食卓へと降りて行くと、既に姉は朝食を平らげた後だった。圭の姿を見て、母がトーストとハムエッグ、ウインナーなどの乗ったプレートを用意してくれる。

「智ちゃん、今日は圭ちゃんとお出かけするの?」
「うん。秋物セールと冬服の仕入れ」
「あら、良いわねぇ。ママも行きたいわぁ~」
「ママ、今日はフラダンスのお稽古だって言ってたじゃん」
「そうなのよぉ。残念~!」

 圭の椅子の前にプレートを置き、コーヒーを淹れながら母は姉とのフラダンス話に花を咲かせていた。以前、発表会の時に家族全員で見に行ったが、母だけがたまに音楽とズレているのを見て苦笑した。母を溺愛している父は「そんなところも可愛い」と一人で絶賛していたが。

 出された朝食を黙々と食べながら2人の話に耳を傾ける。女性というのはいつまでも話が尽きない。話題はポンポンと展開し、圭が朝食を食べ終える頃には今年の秋冬ファッションの話で盛り上がっていた。

「ねーちゃん、いつ行くの?」
「あー、食べ終わってた? ごめんごめん。じゃ、ママ、行ってくるね~」
「気を付けて行ってきてね~」

 皿を片付けながら母が手を振って来る。手を振り返し、小さめのショルダーバックを肩からかけた。
 姉の買い物に付き合わされるということは、確実に荷物持ちである。両手が空いているにこしたことはない。
 そして、その予想はドンピシャだった。何軒もの店をハシゴして、圭の持つ紙袋はみるみる内に増えていく。

「まだ行くの~?」
「当たり前じゃない! 次の合コンの服と、あー、あと下着! 可愛いの買わなきゃ!!」

 当然のように下着店へ入って行く姉の後ろをついて行き、赤や黒などドギツイ色の下着や紐パンなどを見てギョッとする。

「俺、店の外で待ってる!」
「別に圭だったら誰も何も言わないと思うけど」
「俺が気にするの!」

 逃げるように店から飛び出して近くに置かれていた椅子へと座った。両肩にかけていた6つの紙袋を床と隣の席へと下ろす。
 姉は店員と話しながら商品を見繕っていた。手に取っているのはパステルピンクと黒のTバック。姉のランジェリー姿を想像して辟易した。姉は美人なタイプだが、あくまで家族だ。そういう性の対象にはならない。むしろ萎える。

「わっ、君、めちゃくちゃ可愛いね。一人?」

 スマホを弄っていると唐突に声をかけられた。「可愛い」という言葉が圭のことを言っているとは思わず無視していると、肩に手を掛けられる。

「はい?」
「うわっ、やっぱ超可愛い。ね、一人なら一緒に遊ぼうよ。お兄さんが色々奢ってあげるからさ」
「わっ」

 腕を引かれて強引に立たされた。グイグイと引っ張られて無理やり歩かされる。

「待って、ねーちゃんいるから」
「お姉さんいるの? 君のお姉さんなら絶対可愛いでしょ。大丈夫、俺も連れがいるからさ」

 顎で指し示す先にはダボついたストリートファッションの男が2人。下卑た笑みを見て嫌悪感しか湧かなかった。

「やです。行きません」
「そんなこと言わずにさぁ」

 引きずるように連れて行かれそうになり、脚を踏ん張ってその場に留まった。
 男の力は強い。頑張って踏み留まっていても、ズルズルと体が引かれていく。

「俺たち優しくするよ? 可愛い子にはさぁ」
「いーやーだぁー!」

 いい加減にしろと怒鳴ろうかと思った瞬間、男の後頭部に紙袋が当てられる。

「いってぇなぁ! 何すんだ!」
「うちの可愛い弟を拉致ろうとしてるクズには何しても良いって法律で決まってんだよ」
「はぁ? 弟ぉ?」
「あんたが引きずってる奴に決まってんでしょ」
「え? おま、男!?」

 ウンウンと頷いた。よく勘違いされるとは言え、さすがに今日は強引だ。

「……いや、でも、この可愛さは惜しい」

 マジマジと見てくる男の視線にゾゾゾと背筋が凍る。逃げ腰になっていると、圭を掴んでいた男の腕を取り、姉が捻り上げた。

「いてててててて」
「さっさと離しなさいよ、クズ野郎。ブ男の分際で圭に触ろうってんだから、百万回生まれ変わって5000兆円用意してから出直してこい」
「この、怪力クソブス女!」
「はぁ? 今、ブスっつったか? このクズ不細工が」

 捻り上げていた腕を離し、姉が握り拳を作る。男がファイティングポーズを取ったため、思わず静止の声を上げた。

「やめた方が良いと思う。ねーちゃん、空手の有段者だし。多分怪我するよ?」
「……このクソブスゴリラ女! 今日は見逃してやるよ」
「はぁ!? んだコラァ、やんのかテメェ!!」

 脱兎のごとく逃げ出した男に、姉が追いかけようとしたため必死にその背を止めた。

「ねーちゃん、俺、喉乾いた!」
「……ったく、あのクソ野郎、次見かけたら覚えとけよ? 街歩けねーツラにしてやんよ」

 中指を立てて男の去って行った方向へと舌を出す姉を諫め、席に放置していた紙袋を肩にかける。一つも無くなっていなくて良かった。周囲の目は随分引いてしまったようだ。姉の腕を取り、グイグイと引っ張って行く。
 姉は膨れ面をしていたものの、圭がしきりに話しかけたことによって幾分か機嫌を戻しつつあった。

「まあ、良いわ。今日は圭の働きに免じて、優しいお姉様が美味しい物を食べに連れてしんぜよう」
「わーい! やったー! ねーちゃん大好き~」

 大仰に喜んでみせると姉は留飲を下げたようだ。圭を連れてやって来たのは、誰もが知る有名なパーラーだ。20分程並んで案内された店内は女性が喜びそうな可愛い内観をしている。

「圭はコレね」

 メニューを見ながら姉が指さした場所にはチーズケーキが刺さった豪快なパフェが載っている。

「えー、俺、こんなに食いきれるかなぁ」
「うるさいわね。男なんだからガタガタ文句言うな」

 店員を呼び、パフェとホットコーヒーを一つずつ注文する。周りは見事に女性客ばかり。キョロキョロと周囲を観察しながら少し肩身の狭い思いをする。

「俺、浮いてねぇ?」
「浮くわけないでしょ。お似合いよ」
「えー」

 それはそれで複雑な気分だった。
 程なくして店員が運んできたパフェに度肝を抜かれる。高さが30センチ以上ある。見ているだけで少し胸やけしそうだ。

「マジで俺、食べきれないかも……」
「残したら殺す」

 ホットコーヒーをすすりながら姉はスマホで写真を撮っていた。カメラを向けられ、引き攣りながらピースする。
 30センチの巨大パフェは思ったよりも食べやすかった。甘すぎずいくらでも入る。気付いた時には半分食べ終えていた。

「あっ、ねーちゃんも食う?」
「いらない。ダイエット中だから」
「ふーん。こんなに美味しいのに。じゃあ、何でココ来たの?」

 ジロリと半眼で睨まれる。思わず萎縮してしまった。

「……あんた好きでしょ? こーゆーの」
「え? 俺??」

 ほぼ空になったコーヒーカップをソーサーの上に置き、姉はスマホに視線を戻した。

「あんたが元気ないと、家族みんなが心配するでしょうが」
「あっ……」

 姉は弄っていたスマホの画面を見せてきた。母とのトーク画面である。パフェと共にピースする圭の写真が送られ、母からは「いいね」と書かれたスタンプと共に、安堵するコメントが書かれていた。

「ごめん……何か、心配……かけて……」
「べっつにぃ? あたしは良いけど。じーじとばーばも心配してるし、お兄ちゃんもうるさいし。ったく、自分で聞けっての。みんなしてあたしに何があったか聞いてくるし」

 ぶっきらぼうに応えてはいるが、姉がとても優しい人間であることを知っている。幼い頃から圭を気にかけ、持ち前の面倒見の良さで常に気を配ってくれていた。
 姉の視線が突き刺さる。話せと言外に込めた思いに気付いていたが、分からないフリをした。
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