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サイコパス辺境伯令息グレゴリー
しおりを挟む「それ以外に何の意味がある?」と言いたかったけれど、ウィルソンが手のひらに過剰過ぎる魔力を注ぎだしたのが感覚でわかった為、いったん口を閉じる。
講義外で魔法を使っても、小競り合いで済む範囲なら、戦闘訓練の一環という体で黙認される。だが、さすがに相手に怪我をさせたり教室や備品を壊したりすれば、呼び出されて罰則を受ける羽目になる。現在ウィルソンは明らかに中級相当の魔法を発動させようとしている。うまく対応しなければ、怪我か罰則のどちらかに巻き込まれてしまう。
取りあえず風魔法で魔法の発動そのものを妨害しようとした瞬間、気配なく近づいてきた赤髪の大男が、後ろからウィルソンの手を捻りあげることで練り上げた魔力を霧散させた。
「――さすがに、やり過ぎだ。ウィルソン。そんな魔法を発動させたら、ナサニエルは無事でも、他の生徒は怪我するぞ」
「いだだだだだ! 離せよ、グレゴリー!」
「お前が魔法を発動させないって誓うのなら、すぐ解放してやる」
「使わねぇ、使わねぇから!」
「うむ。ならいいぞ!」
男くさい顔ににっこりと笑みを浮かべて、捻り上げた手を離したのは、グレゴリー・ソディック。北の国境を守護する、ソディック辺境伯家の嫡男であり、もう一人の高位貴族である。
「それにしても、今回の婚約破棄騒動も、実現には至らなかったか。残念だ。ナサニエル。もし実現すればすぐにでも、お前に婚約を申し込んだものの」
「……笑えない冗談はよしてくれ、グレゴリー。未来の辺境伯夫人に相応しい相手は、他にいくらでもいるだろう」
「いや、お前以上の女は国中探してもどこにもいないな! 北の辺境は凶暴な魔物がうじゃうじゃいるうえに、常に国境を巡る小競り合いが発生する過酷な地だ。貴族としての教養に加えて、度胸も戦闘能力もある女じゃなければ、辺境伯夫人は務まらない。アレス殿下に見切りをつけたらいつでも嫁に来い」
男性の平均身長くらいはある私よりも、さらに頭一つ以上高い背を反らして、がはがはと豪快に笑っているが、細められた金色の目の奥は抜け目なくこちらの様子を観察している。
一見脳みそまで筋肉が詰まっているように見えて、頭の回転が速く、腹に一物どころか二物も三物も抱えていそうなこの男が、私はウィルソンより苦手だ。
何せ領主教育は入学前に完全に済ませたうえで、「学園の領地経営教育は、王都周辺をモデルにしたもので、風土も気候も違う辺境では役に立たん。その点騎士の訓練で鍛えた筋肉は裏切らないからな」と、さらりと言って騎士科を専攻するような男なのだ。既に付き合いも三年目になるけれど、未だに底が見えない。
私には常につっかかってくるウィルソンも、グレゴリーは苦手なようで、聞こえよがしに舌打ちをして自分の席に戻っていった。
……ああ、もう土足で机に脚を乗せるなんて、マナー違反にもほどがあるぞ。これじゃあ、私がウィルソンの親でも、他家に紹介できないな。普通ならば、裕福な侯爵家出身の婿なんて大歓迎されるはずなのに。
「そこまで評価してもらえるのは光栄だけど、私がアレス殿下に見切りをつけることはあり得ないよ。私の心は殿下の物だからね」
「まあ、まだ卒業までは半年以上あるからな。状況か心か、どちらかが変わったらいつでも声をかけてくれ」
……ああ、グレゴリーは見かけは大熊なのに、中身は狸かキツネのようで、全然可愛くない。
馬鹿で可愛いアレス殿下が、とても恋しい。もっとも殿下も、私に関すること以外では、きっちり取り繕える優秀な御方ではあるけれども。
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