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その結果、ギルフが一生独身で過ごすことになったとしても、私は罪悪感なぞ一切抱かない。自業自得だ。……まあ、村長も、対異種族相手ならば、特例として救済措置を用意すべきだとは思うが。
私は、何とも思わない相手の為に自己犠牲できるほど、純粋でも、心が清くもない。
……もし私がそんな美しい心の人間だったら、ローグだって喜んで受け入れてくれたかもしれないが……。
「……じゃあ、何で、今は逃げないんだい?」
「え」
ミネアは心底呆れたように肩を竦めた。
「何で、25年前という時効と言ってもおかしくないような大昔の……しかも当時お互い3歳で、判断能力の面でも情状酌量の余地が十二分にある頃の過ちの為に、例え嫌われていても狼獣人に嫁ごうだなんて殊勝なこと思えるんだ? ギルフの場合と何が違う?」
「全然違うだろう!」
だって相手は、ギルフでなくて、ローグだ。
表情こそ出にくくても、いつだって真摯で優しく、私に向き合ってくれた人だ。
私のせいで、28まで独身を強いられていたのに、恨み言一つ口にすることなく、突然押しかけてくれた私を受け入れてくれた。
人間の習慣に合わせて、私の為に魔宝石で一生懸命指輪を作ってくれた。
左手の薬指にはめたままの指輪を、右手で庇うように包み込む。
……逃げるだなんて、考えられるはずがない。
それはローグが今まで私にしてきてくれたことに対して、あまりに不誠実な行為だ。
私は、例えそれが憎悪であったとしても、真実を知ったローグから向けられる感情を受け取らなければならない。
……それが、私が25年前に知らずに犯した罪に対する、唯一の贖罪だから。
「--本当に?」
「っ」
「本当に、全然違うのかい? 君はそれを研究者として、客観的事実として、はっきり違うと口にできるのか?」
「な、何が言いたいんだっ!」
向けられるミネアの心まで見透かすような視線が、ただひたすら居心地が悪い。
……わ、私は、変なことなんて、言ってないよな。
ギルフにしたことも、ローグに今していることも……当たり前のことしか、していない、よな?
「……駄目だこりゃ。自分で気かない限り、何も進まないぜ。こりゃ」
ミネアは大きくため息を吐くと、がりがりと乱暴に自身の後頭部をかきむしった。せっかくのふわふわの毛が、痛んでしまいそうで、勿体ない。
「……なあ、ミステ。君、私が開発した独自魔法の、最初の実験台になる勇気あるかい?」
「え?」
「私がかねてから言語学に興味を持っているのは、君も知っているだろう? 種族によっても、地域によっても、時代によってさえ異なる言語というものは、実に興味深い題材だ。私は一生をかけても、独自に研究を続けたいと思っている。だが、この世の全ての言語を習得するには、獣人の一生はあまりに短かすぎる……だから私は、【他人が持つ言語能力】を他者に移す魔法を開発できないかと思案したんだ」
「……可能なのか!? そんな、高度な魔法が!」
人に能力を移す魔法なんて、今まで聞いたこともない。そんなことが、まさか現実でできるなんて。
「普通ならば、無理だ。どれほどローコストで魔法理論を構築しようにも、あまりにも莫大な魔力が必要な計算になる。だったら、自分で学んで言語を習得した方がよほど安上がりだ。……だが」
そこでミネアは一度言葉を切って、胸元をあさった。
そして取り出したのは………巨大な高純度の魔宝石。
「これ程の魔宝石がごろごろ転がっている、この村ならば何の問題もない。村長に相談したところ、村の中ならばいくらでも魔宝石を消費しても良いとお墨付きをもらった上で、気前良く石をいくつも譲ってくれた。……ミステ。君に、私が持つ【狼獣人の言語能力】を移すことはできるぜ。今の段階では、一時的にではあるけどな」
「っ!!」
「だが、安全は保障しない。何せ、脳を弄る魔法だ。下手したら、弄る場所を間違って廃人になってもおかしくはない。それでも、君が試したいというなら……」
「やってくれ」
迷いは、なかった。
即答する私に、ミネアは眉をひそめた。
「……おいおい。随分あっさりと決断するな。危険だって言ってるのに」
「失敗して、廃人になるリスクは、能力を移す君とて同じだ。それでも試してくれるというのなら、既に理論上の計算は完璧なのだろう。ミネア。私は君の能力と才を信用している。頼む。やってくれ」
「……随分買い被ってくれるぜ。まあ、失敗する気なんか、私もさらさらないけどな」
そう言ってミネアは不敵に笑う。
この笑みを見れば、恐れなんて感じる余地はない。
ただ胸にあるのは……ローグと言語の問題なしに直接話せることへの、期待と不安だけだ。
「じゃあ、ミステ。額を出してくれ」
「……こうか?」
「ああ……しばらくそのまま、じっとしといてくれよ」
ミネアは私の額に魔宝石を押しつけると、私が知らない言語で何か呪文を唱えだした。
次の瞬間、カッと額が熱くなった。
「………っ」
奇妙な感覚だった。
額を通った熱が、頭蓋に浸透してぐねぐねと頭の中を蠢いていく。
痛みや苦しさはない。……ただ、気持ち悪い。
脳が内側から揺さぶられているようだ。
冷たい汗がつと、こめかみを伝った瞬間、魔宝石が額から離れた。
「……終わった、のか?」
……いまいち変化はよく分からない。
魔宝石が離れた瞬間、脳内の熱も収まった。
これで本当に狼獣人の言語が理解出来るようになったのだろうか?
改めて、ミネアから話を聞くべくそちらを向いた瞬間だった。
「--ミステっ!!!!」
--茂みから飛び出した真っ白な狼が、私に向かって飛びかかって来た。
私は、何とも思わない相手の為に自己犠牲できるほど、純粋でも、心が清くもない。
……もし私がそんな美しい心の人間だったら、ローグだって喜んで受け入れてくれたかもしれないが……。
「……じゃあ、何で、今は逃げないんだい?」
「え」
ミネアは心底呆れたように肩を竦めた。
「何で、25年前という時効と言ってもおかしくないような大昔の……しかも当時お互い3歳で、判断能力の面でも情状酌量の余地が十二分にある頃の過ちの為に、例え嫌われていても狼獣人に嫁ごうだなんて殊勝なこと思えるんだ? ギルフの場合と何が違う?」
「全然違うだろう!」
だって相手は、ギルフでなくて、ローグだ。
表情こそ出にくくても、いつだって真摯で優しく、私に向き合ってくれた人だ。
私のせいで、28まで独身を強いられていたのに、恨み言一つ口にすることなく、突然押しかけてくれた私を受け入れてくれた。
人間の習慣に合わせて、私の為に魔宝石で一生懸命指輪を作ってくれた。
左手の薬指にはめたままの指輪を、右手で庇うように包み込む。
……逃げるだなんて、考えられるはずがない。
それはローグが今まで私にしてきてくれたことに対して、あまりに不誠実な行為だ。
私は、例えそれが憎悪であったとしても、真実を知ったローグから向けられる感情を受け取らなければならない。
……それが、私が25年前に知らずに犯した罪に対する、唯一の贖罪だから。
「--本当に?」
「っ」
「本当に、全然違うのかい? 君はそれを研究者として、客観的事実として、はっきり違うと口にできるのか?」
「な、何が言いたいんだっ!」
向けられるミネアの心まで見透かすような視線が、ただひたすら居心地が悪い。
……わ、私は、変なことなんて、言ってないよな。
ギルフにしたことも、ローグに今していることも……当たり前のことしか、していない、よな?
「……駄目だこりゃ。自分で気かない限り、何も進まないぜ。こりゃ」
ミネアは大きくため息を吐くと、がりがりと乱暴に自身の後頭部をかきむしった。せっかくのふわふわの毛が、痛んでしまいそうで、勿体ない。
「……なあ、ミステ。君、私が開発した独自魔法の、最初の実験台になる勇気あるかい?」
「え?」
「私がかねてから言語学に興味を持っているのは、君も知っているだろう? 種族によっても、地域によっても、時代によってさえ異なる言語というものは、実に興味深い題材だ。私は一生をかけても、独自に研究を続けたいと思っている。だが、この世の全ての言語を習得するには、獣人の一生はあまりに短かすぎる……だから私は、【他人が持つ言語能力】を他者に移す魔法を開発できないかと思案したんだ」
「……可能なのか!? そんな、高度な魔法が!」
人に能力を移す魔法なんて、今まで聞いたこともない。そんなことが、まさか現実でできるなんて。
「普通ならば、無理だ。どれほどローコストで魔法理論を構築しようにも、あまりにも莫大な魔力が必要な計算になる。だったら、自分で学んで言語を習得した方がよほど安上がりだ。……だが」
そこでミネアは一度言葉を切って、胸元をあさった。
そして取り出したのは………巨大な高純度の魔宝石。
「これ程の魔宝石がごろごろ転がっている、この村ならば何の問題もない。村長に相談したところ、村の中ならばいくらでも魔宝石を消費しても良いとお墨付きをもらった上で、気前良く石をいくつも譲ってくれた。……ミステ。君に、私が持つ【狼獣人の言語能力】を移すことはできるぜ。今の段階では、一時的にではあるけどな」
「っ!!」
「だが、安全は保障しない。何せ、脳を弄る魔法だ。下手したら、弄る場所を間違って廃人になってもおかしくはない。それでも、君が試したいというなら……」
「やってくれ」
迷いは、なかった。
即答する私に、ミネアは眉をひそめた。
「……おいおい。随分あっさりと決断するな。危険だって言ってるのに」
「失敗して、廃人になるリスクは、能力を移す君とて同じだ。それでも試してくれるというのなら、既に理論上の計算は完璧なのだろう。ミネア。私は君の能力と才を信用している。頼む。やってくれ」
「……随分買い被ってくれるぜ。まあ、失敗する気なんか、私もさらさらないけどな」
そう言ってミネアは不敵に笑う。
この笑みを見れば、恐れなんて感じる余地はない。
ただ胸にあるのは……ローグと言語の問題なしに直接話せることへの、期待と不安だけだ。
「じゃあ、ミステ。額を出してくれ」
「……こうか?」
「ああ……しばらくそのまま、じっとしといてくれよ」
ミネアは私の額に魔宝石を押しつけると、私が知らない言語で何か呪文を唱えだした。
次の瞬間、カッと額が熱くなった。
「………っ」
奇妙な感覚だった。
額を通った熱が、頭蓋に浸透してぐねぐねと頭の中を蠢いていく。
痛みや苦しさはない。……ただ、気持ち悪い。
脳が内側から揺さぶられているようだ。
冷たい汗がつと、こめかみを伝った瞬間、魔宝石が額から離れた。
「……終わった、のか?」
……いまいち変化はよく分からない。
魔宝石が離れた瞬間、脳内の熱も収まった。
これで本当に狼獣人の言語が理解出来るようになったのだろうか?
改めて、ミネアから話を聞くべくそちらを向いた瞬間だった。
「--ミステっ!!!!」
--茂みから飛び出した真っ白な狼が、私に向かって飛びかかって来た。
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