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アルク・ティムシーというドエム
アルク・ティムシーというドエム17
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「学生時代くらいは、殿下の茶番に付き合ってあげても良いですわ。私自身にもある程度メリットはありますし。せいぜいその間に、ボレア家の名前を最大限に活用されたらいかが? 勿論、私が気分を害さない範囲内で」
「……ああ。そうさせてもらうよ。ありがとう。ルクレア嬢」
「それでは、この辺で私はおいとまさせて頂きますわ。舞踏会、楽しみにしてますわ。ごめんあそばせ」
「あ、ちょっと待って。一つ聞きたいことがあるんだ」
……えー、まーだーあーるーのー?
颯爽とその場を去るはずだったのを引き止められ、不愉快げに眉根を寄せて振り返る。
「……何ですの?」
「いや、実はエンジェから貰った手紙に気になる部分があってさ」
……手紙?
「最近は彼女から子供の頃の思い出話を教えて貰ってたんだ。……いや、小さい頃のエンジェも話だけでも、本当に愛らしいんだ。是非ともこの目で、幼いエンジェの姿を見たかったものだよ。なんでもっと早く彼女と会えなかったんだと、悔やまれる。しかし、小さい頃のエピソードを綴るエンジェの字も、文章力も実に見事なんだ。彼女は実に素晴らしい才能を……」
「……いつものノロケ話なら、帰りますわよ」
ノロケ話(とゆーか、一方的なオージンの片思い話)はもうすっかり耳タコである。
てか、さっきの気落ちどこ行った。なんで既に平常運転なんだ。切り替え早すぎるだろ。
太い。図太過ぎる。なんちゅーメンタルの強さ。こればっかりはショムテは敵うまい。いっそ、尊敬する。
「はっ。……ついつい。申し訳ない、ルクレア嬢」
私の絶対零度の視線に、オージンは慌てて咳払いをして、脂下がった顔を真面目に引き締める。
「本題は、彼女のエピソードの中に、小さい頃に村に滞在していたらしい貴族のことなんだ」
エンジェの――デイビッドの村に?
デイビッドの村はオージンの話を聞く限り、人外魔境のとんでもない所のはずだ。
そんな場所に好き好んで滞在する貴族がいたというのか。
そんな私の心の声が伝わったのか、オージンは神妙な顔つきで一度頷いた。
「そう、ルクレア嬢も知っての通り、エンジェの故郷は、外部の人間はまず訪れるのが難しい辺境だ。そんな村に現れた見るからに高貴な装いをした貴族は、あまりに場違いで珍しくて、エンジェはひどく鮮明に記憶しているらしい。その貴族がはめていた指輪に書かれていた、紋章さえもはっきりと。もし、その紋章がどの貴族のものか分かれば教えて欲しいと請われたんだが……どうも話を聞く限り『カン・タ・リルラ』としか思えないんだ」
「……っ『蛇と鳥兜(カン・タ・リルラ) 』ですって!?」
カン・タ・リルラ
前世における、某毒薬を彷彿させるそれは、猛毒を持つトリカブトに、毒蛇が巻き付いた様を抽象化した紋だ。
この紋を、掲げることが出来る貴族は、この世に一人しかいない。
「――ボレア家当主殿は、当時には既にエンジェの存在を把握していたということなのかな? ルクレア嬢、君は、何か知っているかい」
カン・タ・リルラはボレア家の当主紋。
そして私が生まれる少し前から今に至るまで、ボレア家の当主は代替わりしたことはない。
カン・タ・リルラを身につけることが許されているのは、当時も今も、父、アレクス・ボレア、ただ一人だ。
お父様が、昔エンジェと接触したことがある?
「――残念ながら、そんな話は存じ上げませんわ」
そんなことは、知らない。そんな話、聞いたこともない。
オージンはそう返答した私を暫くじっと眺めていたが、やがて小さく肩を竦めて溜息を吐いた。
「そう――なら多分、エンジェの記憶違いなんだろうね」
「なぜ、そう言い切れますの? 私はお父様の遠征の全てを把握していたわけではありませんわ」
私の言葉に、オージンは首を横に振った。
「君が記憶してない時点で、その貴族がアレクス殿である可能性は薄いんだよ。……だって、その貴族は一緒に娘を連れて来ていたのだと、エンジェはそう綴っているのだもの」
「……っ」
「そしてアルクス様の娘は君しか存在しない。ならば君がその少女でなければ、アルクス様がその貴族ではないことも自明だろう?」
『――ルクレア。……忘れてしまっていいよ。あの少年のことは忘れてしまっていい』
『だけどその罪は……その罪が引き起こした痛みは、代償は、覚えていなさい。今お前が抱いているその気持ちは、忘れてはいけないよ』
『それは、お前にとってきっと、必要なことなのだろうから』
不意に耳に蘇る、遠い昔の父の声、
これは、一体何だったのか。どんな状況で言われたのか、全く思い出せない。それがどんな意味を孕んでいたかすら。
だけど、それはきっと、私が忘れてはいけなかったはずの記憶で。覚えていなくてはいけなかったはずお記憶で。
それなのに、いざ思い出そうとすると、激しい突発的な頭痛が私を襲う。
――あぁ、一体、
一体私は何を、忘れているというのだろうか。
「……ああ。そうさせてもらうよ。ありがとう。ルクレア嬢」
「それでは、この辺で私はおいとまさせて頂きますわ。舞踏会、楽しみにしてますわ。ごめんあそばせ」
「あ、ちょっと待って。一つ聞きたいことがあるんだ」
……えー、まーだーあーるーのー?
颯爽とその場を去るはずだったのを引き止められ、不愉快げに眉根を寄せて振り返る。
「……何ですの?」
「いや、実はエンジェから貰った手紙に気になる部分があってさ」
……手紙?
「最近は彼女から子供の頃の思い出話を教えて貰ってたんだ。……いや、小さい頃のエンジェも話だけでも、本当に愛らしいんだ。是非ともこの目で、幼いエンジェの姿を見たかったものだよ。なんでもっと早く彼女と会えなかったんだと、悔やまれる。しかし、小さい頃のエピソードを綴るエンジェの字も、文章力も実に見事なんだ。彼女は実に素晴らしい才能を……」
「……いつものノロケ話なら、帰りますわよ」
ノロケ話(とゆーか、一方的なオージンの片思い話)はもうすっかり耳タコである。
てか、さっきの気落ちどこ行った。なんで既に平常運転なんだ。切り替え早すぎるだろ。
太い。図太過ぎる。なんちゅーメンタルの強さ。こればっかりはショムテは敵うまい。いっそ、尊敬する。
「はっ。……ついつい。申し訳ない、ルクレア嬢」
私の絶対零度の視線に、オージンは慌てて咳払いをして、脂下がった顔を真面目に引き締める。
「本題は、彼女のエピソードの中に、小さい頃に村に滞在していたらしい貴族のことなんだ」
エンジェの――デイビッドの村に?
デイビッドの村はオージンの話を聞く限り、人外魔境のとんでもない所のはずだ。
そんな場所に好き好んで滞在する貴族がいたというのか。
そんな私の心の声が伝わったのか、オージンは神妙な顔つきで一度頷いた。
「そう、ルクレア嬢も知っての通り、エンジェの故郷は、外部の人間はまず訪れるのが難しい辺境だ。そんな村に現れた見るからに高貴な装いをした貴族は、あまりに場違いで珍しくて、エンジェはひどく鮮明に記憶しているらしい。その貴族がはめていた指輪に書かれていた、紋章さえもはっきりと。もし、その紋章がどの貴族のものか分かれば教えて欲しいと請われたんだが……どうも話を聞く限り『カン・タ・リルラ』としか思えないんだ」
「……っ『蛇と鳥兜(カン・タ・リルラ) 』ですって!?」
カン・タ・リルラ
前世における、某毒薬を彷彿させるそれは、猛毒を持つトリカブトに、毒蛇が巻き付いた様を抽象化した紋だ。
この紋を、掲げることが出来る貴族は、この世に一人しかいない。
「――ボレア家当主殿は、当時には既にエンジェの存在を把握していたということなのかな? ルクレア嬢、君は、何か知っているかい」
カン・タ・リルラはボレア家の当主紋。
そして私が生まれる少し前から今に至るまで、ボレア家の当主は代替わりしたことはない。
カン・タ・リルラを身につけることが許されているのは、当時も今も、父、アレクス・ボレア、ただ一人だ。
お父様が、昔エンジェと接触したことがある?
「――残念ながら、そんな話は存じ上げませんわ」
そんなことは、知らない。そんな話、聞いたこともない。
オージンはそう返答した私を暫くじっと眺めていたが、やがて小さく肩を竦めて溜息を吐いた。
「そう――なら多分、エンジェの記憶違いなんだろうね」
「なぜ、そう言い切れますの? 私はお父様の遠征の全てを把握していたわけではありませんわ」
私の言葉に、オージンは首を横に振った。
「君が記憶してない時点で、その貴族がアレクス殿である可能性は薄いんだよ。……だって、その貴族は一緒に娘を連れて来ていたのだと、エンジェはそう綴っているのだもの」
「……っ」
「そしてアルクス様の娘は君しか存在しない。ならば君がその少女でなければ、アルクス様がその貴族ではないことも自明だろう?」
『――ルクレア。……忘れてしまっていいよ。あの少年のことは忘れてしまっていい』
『だけどその罪は……その罪が引き起こした痛みは、代償は、覚えていなさい。今お前が抱いているその気持ちは、忘れてはいけないよ』
『それは、お前にとってきっと、必要なことなのだろうから』
不意に耳に蘇る、遠い昔の父の声、
これは、一体何だったのか。どんな状況で言われたのか、全く思い出せない。それがどんな意味を孕んでいたかすら。
だけど、それはきっと、私が忘れてはいけなかったはずの記憶で。覚えていなくてはいけなかったはずお記憶で。
それなのに、いざ思い出そうとすると、激しい突発的な頭痛が私を襲う。
――あぁ、一体、
一体私は何を、忘れているというのだろうか。
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