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アルク・ティムシーというドエム
アルク・ティムシーというドエム40
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数曲踊る頃には、ちらほらとダンスの輪から抜け出す生徒が出てくる。
輪から抜けた生徒達は、会場のすみに用意されたビッフェ形式のご馳走をつまみながら、談笑しはじめる。最初からダンスになぞ参加することなく、ひたすら食べ物に夢中な生徒も……て、キエラ、ダンスそっちのけで滅茶くちゃ食ってる。ひたすら高級そうな料理から片っ端に手をつけてる。
ちょ、隣りのパートナーくん可哀想だろ。踊れよ、ちゃんと! ルカにもお仕置き画像送れないじゃないか!
そんなことを考えながら、ひたすら優雅に体を動かしてるけど、いい加減だるくなってきたわ。……そろそろ潮時かもしれん。
「――オージン殿下」
「うん? なんだい、ルクレア嬢」
私は躍りを僅かに乱すこともないまま、上目遣いで小首を傾げてみせた。
間近で絶世の美女(私)のこんな仕草見せられたら、普通の男ならどぎまぎするだろーに、オージンは至って平静に返してくる。……どこまでもつまらん男だ。
「私、今までこんなに人が密集した舞踏会に出たことがありませんでしたので、少々人酔いしてしまいましたわ。休んで来ても良ろしいでしょうか?」
言外に『こんな有象無象どもの中で踊ってられるか』という高飛車な主張を滲ませると、オージンは苦笑するように目を細めた。
「うん、分かった。――『ラストダンス』は一緒に踊ってくれるかな? 君とパートナーになれた、記念すべき今日という日の思い出にさ」
せつなげに嘆願するように言っているが、ようは閉幕間際の最後の一曲までは好きにしてろということである。
必要以上に踊りたくないのは、お互い様というわけだ。いやはや、ものは言い様だね。このいかにも譲歩してやってる感がむかつくけど!
「……勿論ですわ、殿下。それでは、ラストダンスに」
まあ、でも願ったり叶ったりだ。
優雅に礼をして、ダンスの輪から離脱する。
ダンスから離れた途端、大貴族令嬢と親しくなる好機を伺っていた生徒達が群がってきたが、疲れたから一人になりたいと切り捨て、ただ一人でホールを離れて外になる。
冷たい秋の夜風を肌で感じながら、大きく息を吐き出して、空を見上げた。
見上げた空には、白く輝く満月が見えた。前世と異なる世界であっても、そのベースは結局は元の世界。月の形も、その美しさも、前世と変わらない。この世界に特別な呼び名のようなものはないけれど、ちょうど中秋の名月といった様子だ。
月を眺めながら、ただ、思う。
……デイビッドは今、どこでアルクと鬼ごっこをしているのだろうか。
どんな状況なのだろう。
捕まりそうなのだろうか。余裕で撒いてしまっているのだろうか。
――逃げ回りながら、こうやって同じ月を今、見ているのだろうか。
「――ルクレア」
そんな物思いは、不意に背後から呼びかけられた声に引き戻された。
その声は、待ち望んでいたものではなかった。だけど、予想していた声でもあった。
だって、私はあまりにフラグを立てすぎてしまったから。
ここまでフラグを消化してしまった以上、舞踏会というイベントで、彼が関わってこない筈がないのだから。
何も、起らない筈がないんだ。だって、ここは乙女ゲームの世界なのだから。
「マシェル……」
覚悟を決めて振り返った視線の先には、案の定、酷く真剣な表情を私に向けるマシェルの姿があった。
マシェルは暫く黙って私を見つめた後、何かに耐えるように目を伏せて、そして静かに空を見上げた。
マシェルに吊られるように向けた視線の先にあるのは、ただ変わらずに白く輝く満月。
「――月が、綺麗だな」
独り言のようにぽつりと発せられたマシェルの言葉に、まるで締め付けられたかのように胸が苦しくなった。
――前世の私の世界でその言葉を、「Ilove you」の訳にした文豪がいたなんて、そんなこと当然マシェルは知るはずがないって、分かってはいるのに。
輪から抜けた生徒達は、会場のすみに用意されたビッフェ形式のご馳走をつまみながら、談笑しはじめる。最初からダンスになぞ参加することなく、ひたすら食べ物に夢中な生徒も……て、キエラ、ダンスそっちのけで滅茶くちゃ食ってる。ひたすら高級そうな料理から片っ端に手をつけてる。
ちょ、隣りのパートナーくん可哀想だろ。踊れよ、ちゃんと! ルカにもお仕置き画像送れないじゃないか!
そんなことを考えながら、ひたすら優雅に体を動かしてるけど、いい加減だるくなってきたわ。……そろそろ潮時かもしれん。
「――オージン殿下」
「うん? なんだい、ルクレア嬢」
私は躍りを僅かに乱すこともないまま、上目遣いで小首を傾げてみせた。
間近で絶世の美女(私)のこんな仕草見せられたら、普通の男ならどぎまぎするだろーに、オージンは至って平静に返してくる。……どこまでもつまらん男だ。
「私、今までこんなに人が密集した舞踏会に出たことがありませんでしたので、少々人酔いしてしまいましたわ。休んで来ても良ろしいでしょうか?」
言外に『こんな有象無象どもの中で踊ってられるか』という高飛車な主張を滲ませると、オージンは苦笑するように目を細めた。
「うん、分かった。――『ラストダンス』は一緒に踊ってくれるかな? 君とパートナーになれた、記念すべき今日という日の思い出にさ」
せつなげに嘆願するように言っているが、ようは閉幕間際の最後の一曲までは好きにしてろということである。
必要以上に踊りたくないのは、お互い様というわけだ。いやはや、ものは言い様だね。このいかにも譲歩してやってる感がむかつくけど!
「……勿論ですわ、殿下。それでは、ラストダンスに」
まあ、でも願ったり叶ったりだ。
優雅に礼をして、ダンスの輪から離脱する。
ダンスから離れた途端、大貴族令嬢と親しくなる好機を伺っていた生徒達が群がってきたが、疲れたから一人になりたいと切り捨て、ただ一人でホールを離れて外になる。
冷たい秋の夜風を肌で感じながら、大きく息を吐き出して、空を見上げた。
見上げた空には、白く輝く満月が見えた。前世と異なる世界であっても、そのベースは結局は元の世界。月の形も、その美しさも、前世と変わらない。この世界に特別な呼び名のようなものはないけれど、ちょうど中秋の名月といった様子だ。
月を眺めながら、ただ、思う。
……デイビッドは今、どこでアルクと鬼ごっこをしているのだろうか。
どんな状況なのだろう。
捕まりそうなのだろうか。余裕で撒いてしまっているのだろうか。
――逃げ回りながら、こうやって同じ月を今、見ているのだろうか。
「――ルクレア」
そんな物思いは、不意に背後から呼びかけられた声に引き戻された。
その声は、待ち望んでいたものではなかった。だけど、予想していた声でもあった。
だって、私はあまりにフラグを立てすぎてしまったから。
ここまでフラグを消化してしまった以上、舞踏会というイベントで、彼が関わってこない筈がないのだから。
何も、起らない筈がないんだ。だって、ここは乙女ゲームの世界なのだから。
「マシェル……」
覚悟を決めて振り返った視線の先には、案の定、酷く真剣な表情を私に向けるマシェルの姿があった。
マシェルは暫く黙って私を見つめた後、何かに耐えるように目を伏せて、そして静かに空を見上げた。
マシェルに吊られるように向けた視線の先にあるのは、ただ変わらずに白く輝く満月。
「――月が、綺麗だな」
独り言のようにぽつりと発せられたマシェルの言葉に、まるで締め付けられたかのように胸が苦しくなった。
――前世の私の世界でその言葉を、「Ilove you」の訳にした文豪がいたなんて、そんなこと当然マシェルは知るはずがないって、分かってはいるのに。
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