鬼の炎帝、妖の異界を統べる

くりねこ

文字の大きさ
6 / 10
ポップタウン

ミレの懇願

しおりを挟む
 ミレを連れて旅館に入った俺たちを、松や竹で彩られた庭が出迎える
 水のせせらぎの中に、ししおどしがカコーンという音が聞こえてくる

ミレ「ここが今日泊まる旅館にゃ?」
宝『あぁ、旅館『碧麦』というらしい』
 
 エントランスに入ると、こじんまりとして落ち着いた雰囲気を漂わせていた
 優しげなヒノキと畳の匂いが俺の鼻腔を擽る
 
女将「いらっしゃいませ」

 少し待っていると、和服を身にまとい、茶色の髪を一つにまとめた若い女将さんが、俺たちを出迎えてくれた

宝『二名で泊まりたいんだが、良いか?』
女将「大丈夫ですよ」

 女将さんの前に木製ボードと予約用の紙が現れ、俺はそこに二人分のサインを記入する

女将「部屋は欅の間でございます」
女将「どうぞごゆっくり」

 部屋の鍵を渡してくれた女将さんは、廊下の奥の方へと歩き去っていった

ミレ「この旅館、初めて来たのにゃ」
宝『だな、成り行きで入ったがとても良い旅館だ』

 受付近くに置かれていた旅館内の地図を頼りにミレを連れて、赤いカーペットが敷かれた客室に続く廊下を歩いていく
 その足元をほんのりと照らすのは、道の両脇に置かれた鬼火の行灯だ

宝『これは、鬼火の行灯か?』
ミレ「そうにゃ、この世界の光源は殆どが鬼火の行灯や提灯にゃ」

 鶴や松、梅などが描かれる襖が複数ならんだ廊下を歩くこと数分
 俺たちは目的の部屋である、欅の間に到着した

宝『まずは荷物をまとめる、話はそれからだ』

 俺は欅の葉が全面に描かれた襖戸を空け、部屋の中に入る

 部屋の内装は、中央に四角の机がひとつに旅館に置いてあるような座布団
 天井からは行灯によく似た照明器具が吊るされており、その中には白い鬼火がゆらりゆらりと揺れながら部屋の中をぼんやりと照らしていた

ミレ「これが……欅の間」 
宝『和風でとても良い部屋だ、心が落ち着くな』
 
 ミレは格子戸から漏れる月明かりと、ぼんやりとした鬼火の明かりに照らされる美しい部屋の内装をうっとりと見つめていた
 その隣で、俺はせっせと持ってきた荷物を整理しつつまとめていく

宝『さて、ひとまずはこれくらいでいいだろう』

 部屋の内装を堪能したミレは、座布団に座る
 
ミレ「それじゃあ、早速ポップタウンへの襲撃についての話をするにゃ?」
宝『あぁ、どういうことか聞かせて欲しいな』

 俺は真剣な面持ちのミレの前に、冷蔵庫のような場所に入っていた麦茶を置く
 そして、ミレの前に向かい合うように俺も座布団に座った

ミレ「まず、これはあくまで冒険者たちの中で囁かれている噂なのにゃ」
ミレ「けど、その話を証明するような現象も起きてるのにゃ」

 ミレは懐から少し色褪せたような三枚の写真を取り出し、机の上に置いた
 それら全てにはこの世界の妖怪と思われる存在と、装備を固める冒険者が写っている

ミレ「これは、二週間くらい前に大麦平原で撮られた写真なのにゃ」

 大麦平原とは、この国の前に位置している俺がこの世界に飛ばされた時にたどり着いた平原のことだ

宝『初級のエリアにしては、かなりの重装備だな』

 俺が実際に戦ったからわかる、あそこは強くても中妖の下位クラス、つまりあのオオカミくらいの力を持つ妖怪までしかいない

ミレ「その通り、普段ならこんな装備はオーバーキル以外の何物でもないのにゃ」
 
 しかし、その写真に写る人物たちは上妖と戦うとでも言いたげな装備で身を固めている
 それが意味することは

宝『上妖クラスが襲撃してくる可能性がある、ってことか?』
ミレ「そうなのにゃ」

 上妖とは、ミレを助けた時に戦ったあの熊と同等か、それ以上の力を持つ妖怪のこと
 簡単に言うと、そこそこ強い部類の妖怪だ

宝『そいつらが街に襲撃か』

 実際に一戦交えたからこそ分かる
 あのレベルの妖怪が複数体この街に襲ってきたりすれば、まずポップタウンは壊滅だろう

ミレ「上妖クラスを狩れる冒険者は、現状この街には三人しか居ないのにゃ」
宝『なるほどな……』

 その言葉が意味することは、圧倒的な戦力不足

宝『そこで、俺に協力してもらい、ポップタウンへの襲撃を撃退して欲しいというわけか』

 そう言うとミレは座布団から降りて、畳に額をつけて土下座した

ミレ「君の助けになると言っておきながら、図々しいことは承知なのにゃ!」
ミレ「だけど、この街だけじゃこの危機は乗り越えられないのにゃ……!」

 ミレの声は上妖が街を破壊し、人々を蹂躙してしまうかもしれないという恐怖に震えていた
 それでも、声を真っ直ぐにして、ミレは俺にその想いを伝える

ミレ「今から応援を要請しても、恐らく間に合わないのにゃ……だけど、私はこの街のみんなに死んで欲しくないのにゃ」

ミレ「だから……どうか……私と一緒に、この街を助けて欲しいのにゃ!」

 ミレは涙を浮かべつつも凛とした強い声で、俺に向けて言った

宝『そういう事なら、断る理由はない』

 俺はゆらりとオーラを立ち登らせながら答える

宝『俺も、この街が好きになった』
宝『相手が格上と分かりながら街を守りたいというその想い、確かに受けとった』

 そして、俺は畳に跪いているミレの手を取る

宝『俺も力を貸そう、必ず妖怪からポップタウンを守り切るぞ』
ミレ「……っ!……ありがとう、ございますにゃ……」

 ミレは涙を流しながら、何度も俺に頭を下げる

宝『上妖だかなんだか知らないが、俺の仲間を傷つけようとするなら』
宝『何人たりとも破壊し尽くすだけだ』

 俺は来たる襲撃の日に備えて、闘気を練り上げた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...