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線香花火が落ちなければ
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「また勉強ばっかしてる。そんな勉強ばっかしててもつまらないでしょ?今日はもう終わりにして花火でもしようよ!」
「これからは教科書見るのもいいけど、たまにはこっちも見てよね」
またあの頃の夢だ。僕が一番楽しかった頃の夢。
あの頃は受験勉強しかしてなくて、良い大学に行くことが全てだと思いさらに全ての力を注ぎ込んでいた。
でもその社会に洗脳されたかのような考えをいとも簡単に突き破って壊してくれたのが彼女だった。彼女はいつだって破天荒でわがままで自分勝手なのに、それでいていつも楽しそうに笑いながら僕の手を引いてくれていた。
初対面は最悪だった。
「ねー君さ、なんか湿布臭くない?」
親に無理やり通わされ始めた学習塾に、憂鬱を背負いながら初めて足を伸ばした日に隣の席の女の子にそう囁かれた。その囁きはまるで鳥のような美しくか細いものではなく、どちらかというとどっしりとした、そう熊に殴られたような囁きに僕は感じた。
「え...ごめん」
「ごめんだって、ウケる。別に謝ることなくない?」
(...なら言うなよ)
これが僕と彼女との出会いだった。
「君さ、初めて見たってことは最近入ったの?」
「そうだよ。今日が初めての授業なんだ」
「ふーん。名前なんていうの?」
「名前?僕は青」
「やっぱいいや名前なんて」
彼女との会話は基本一方通行にしか進まないのかと錯覚するほどに、自分から質問しといては僕の答えには全く興味を示さないという暴君さだった。彼女は見た目は艶のある綺麗なショートボブの髪と、同年代にしては大きめの胸、そしてそんな高くない身長。まさに男が好きそうな外見だった。かくいう僕もその外見に少しだけ目を奪われていた。数分前までの話だが。
僕の通っていた学習塾は講義形式なのだが、その席順は今時珍しく自由ではなく模試の点数順になっていた。自分で言うのもなんだが、僕は成績がそこまで悪いわけではなくむしろ良い方だと自負していた。
なのになぜこんな頭のおかしいとすら感じるちょっと見た目がいいだけの会話がドッチボールになる女が隣なんだ。
「ねーねー、この授業つまんないねー」
「この問題まだできてないの?私はすぐできたよ」
「一緒にラウンジに休憩しに行こーよー」
「勉強ばっかしてても意味ないって!たまには遊びに行こ!」
最初のうちは、印象も良くなかったし僕は勉強しに来てるのであって遊びに来てるわけではないのでその悉くを無視するかの如くあしらっていた。
しかし、彼女は僕を構うのをやめずに数ヶ月後とうとう僕の方が折れてしまった。今でこそ思うが、あの時の僕は夏の暑さに惑わされていたのか、彼女のその内面とは正反対の無邪気で人懐っこそうな笑顔に籠絡されてしまっていたのかもしれない。
「また勉強ばっかしてる。そんな勉強ばっかしててもつまらないでしょ?今日はもう終わりにして花火でもしよ うよ!」
「なんで君と花火なんかしなくちゃいけないの?しかもどこでやるのさ」
「なんでって、隣の席だからだよ!隣の席の人は花火に誘うでしょ普通!」
「意味わかんないけど、やるにしてもどこでやるのさ」
「私の家ここから歩いて3分くらいだから!家の庭でやろ!」
子犬が飼い主に餌をねだる時の眼差しとでも言えば良いのか。彼女がすごい物欲しそうな目で見つめてくる。
「はぁ...そんな期待するような顔しないでよ...分かったよ」
「なーんーでーよーーー。ん?今いいって言った?」
「言ったよ」
「え?ほんと??やった!!!どーしたの急に!なんで誘いになってくれたの!!」
「...花火がしたかっただけだよ」
「ほんとー??君女の子と遊んだこととかなさそうだし、私に花火誘われたのが嬉しかったんじゃないのー??」
彼女のこう言うところがしゃくに触るところだったが、どうしても憎むに憎めない雰囲気なのだ。
「うるさい。もう時間も遅くなってきたし、やるなら早く行こうよ」
「待ってて!今すぐ帰る用意するから。絶対逃げちゃダメだからね!」
彼女はそういうやいなや、本当に鬼神の如き勢いで帰り支度を始めた。
その日の夜は肌がじっとりと汗ばむような夜だった。
「そういえば、男の子を家に連れてくの初めてだ」
「そうなんだ。なんかもっといろんな人とこういう風にしてるのかと勝手に思ってた」
「人のことどんな尻軽女だと思ってんだよ!失礼なやつだな」
半分くらい本当に思ってたけど、間違ってつい口から溢れてしまった言葉にかなりきつめに叱られた。
「思ってないよ、ほんとに」
「ならいいけどさ。どんな花火やる?やっぱりドーンって大きく打ち上がるやつとか、バァーっていっぱい噴射するやつ?」
この子は本当に見た目から想像できない言葉ばっかり出てくるな。でもなんか以外すぎて、これがギャップ萌えってやつなのか。
「そんなの家でできるわけないだろ...」
「そっかー残念。まぁそんな花火家にないけど」
無いなら言うなよと、1000人いたら1000人がつっこむだろう。
実際に彼女の家にあったのは3人用くらいの花火諸々詰め合わせセットのようなものだったので、大人しくそれを使うことにした。
「あ!ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るから!先やってたらパンチするからね!」
彼女はそう言い残し走って自室であろう部屋に駆けていった。
ちょっと待っててと言われ30分ぐらいが過ぎた頃、一人の女の子が声をかけてきた。
「おまたせ!だいぶ待たせちゃって申し訳なかったね!」
目が釘付けになると言うのはこう言うことなのだろう。体の全細胞がその女の子を見つめていた。呼吸が止まったかと思った。それ程までに、目の前に立つ一人の女の子が可憐だった。
その女の子は肩にかかるくらいの髪を編み込んで、薄い水色に金魚の刺繍が施されている浴衣に身を包んでいた。
「おいどうした?そんな惚けた顔して。そんなに私が可愛かった?」
「...うん」
「へ?ちょ、どうしたんだよ...なんか照れるじゃんか」
「あ、ち、違う!今のは浴衣が可愛かったから!そう!浴衣!」
「あ、そ、そうだよな!浴衣ね!お気に入りなんだよ!」
つい、本心が出てしまった。いつもは制服の彼女だったが、まさかこんな形で浴衣姿を見ることになるなんて思いもよらなかったし、ただただ本当に可愛いと思ってしまった自分がいた。いつもはあんなガサツで自分中心なのに、なんでこんな浴衣姿を見せられただけでドキドキしてしまってるんだ僕。
なかなか収まらない動悸が憎らしい。脈打つ心臓の音がうるさい。
「とりあえず花火やろうか」
「そうだね」
言葉少なげに僕らは花火を始めた。
彼女はさっきまで泣く子も黙るくらいの元気さを見せていたのに、今は一転してこちらの様子を伺うように静かにしている。それすらまるで、自分の命の終わりを悟った百合のような儚さを纏っていた。触りたいけど触ってしまったら壊れてしまうような、そんな雰囲気に僕たちは包まれていた。
「あ、もう花火なくなっちゃった」
「ほんとだ...あ、線香花火がまだ残ってるよ」
「えーー、つまらないじゃん!小さくパチパチするだけで」
「その弱々しさというかなんというかが良いんだろ」
「じゃあやろっか」
僕らは言葉はなく一緒に、二人の心を現すように不安げに揺らめく蝋燭の焔に花火を近づけた。
線香花火の火花が小さく、優しく彼女の姿を照らし出していた。一身に自らの花火を見つめ、まるで何かを願うようにその火花を見つめる彼女はとてもとても美しかった。二人だけの世界にいるような錯覚を起こすくらいに僕たちの周りには音がなく、火花が弾ける音だけが響いていた。
「ねー、これからは教科書見るのもいいけど、たまにはこっちも見てよね」
静かに彼女がそう呟いた。彼女にこんな優しく、割れ物を撫でるように話しかけられたのは初めてだった。
「いつも私が話しかけても君はこっち向いてくれないし、たまに無視までするじゃん。普通に悲しいからね私だって」
そう言いながらこちらに視線を向けてくる彼女に気付かされた。僕はいつの間にか彼女の事を好きになっていたのかもしれないと。今まで女の子にも遊びにも全く興味がなかった僕が、なぜ彼女の花火の誘いを受けたのか分かってしまった気がした。気づいてしまったらもう戻れないし、もうこの気持ちを無視することは出来ない。
「ごめん、君がそんな悲しいって感じるなんて思ってもみなかった」
「ほんと酷い男なんだな」
「おっしゃる通りです」
彼女は優しく微笑んだ。
僕はこの気持ちが本物だとしても、どうすればいいのか分からなかった。だから、今左右に揺れているまるで自分自身の気持ちと重なっているような火花に全てを託すことにした。
もしこの線香花火が落ちなけば、たった今気づいてしまった自分の気持ちを彼女に伝える。もしそれが僕たちの関係にヒビを入れてしまう結果を招いてしまうものだとしても。もしこの線香花火が途中で落ちてしまったら、この気持ちはそっと胸に秘めておく。もしそれが、もう彼女に伝えることができないことになっても。
火花がだんだんと収まってきた。
「ねー!これ最後までいけそうじゃない?」
「...そうだね」
少しだけ先に始めた彼女の火花が落ちずに消えた。
「落ちなかった!すごくない!」
そう嬉しそうに満面の意味で僕に彼女は自分の花火を見せつけてきた。
その拍子に、隣同士で並んでやっていたこともあり彼女の腕が僕の腕に当たった。
「「あ。」」
その瞬間、後ほんの数瞬で消えたであろう僕の火花が、細く枝垂れる線香花火の先から滴り落ちた。
「ご、ごめん!」
「...いいよ気にしないで」
「今日は楽しかったよ、誘ってくれてありがとね」
「私こそ楽しかった、ありがとね一緒にやってくれて」
そのあとは、どちらからともなく片付けを始めた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
僕は気づいてしまった彼女に寄せた感情をそっと胸の奥に押し込んだ。
初めて自覚した人を好きになるという感情を僕は胸の奥底に秘め隠したのだ。
「ごめん、遅れた!」
「遅いんだけど!今から行くランチ君の奢りね!!」
「分かったよ。懐かしい夢見ててさ、気づいたら寝坊してた」
「なに懐かしい夢って!全然言い訳になってないよ!」
「内緒だよ」
「気になるんですけど!!」
「まぁまぁ、それより早く行こうよ」
「そうだった!こうしてる場合じゃない!」
彼女とは今もとても仲良くしている。しかし、この関係は決して恋人のそれではない。3年前のあの日から僕は今も自分の気持ちは胸の底に隠している。
彼女はもしかしたら僕のこの気持ちに気付いているのかもしれないけど、今はまだ親友として遊び相手になってくれている。3年前のあの日、もしも線香花火が落ちなければ今とは全く違った未来が待っていたかもしれない。でも僕は今のこの関係も悪くないと思っている。
「これからは教科書見るのもいいけど、たまにはこっちも見てよね」
またあの頃の夢だ。僕が一番楽しかった頃の夢。
あの頃は受験勉強しかしてなくて、良い大学に行くことが全てだと思いさらに全ての力を注ぎ込んでいた。
でもその社会に洗脳されたかのような考えをいとも簡単に突き破って壊してくれたのが彼女だった。彼女はいつだって破天荒でわがままで自分勝手なのに、それでいていつも楽しそうに笑いながら僕の手を引いてくれていた。
初対面は最悪だった。
「ねー君さ、なんか湿布臭くない?」
親に無理やり通わされ始めた学習塾に、憂鬱を背負いながら初めて足を伸ばした日に隣の席の女の子にそう囁かれた。その囁きはまるで鳥のような美しくか細いものではなく、どちらかというとどっしりとした、そう熊に殴られたような囁きに僕は感じた。
「え...ごめん」
「ごめんだって、ウケる。別に謝ることなくない?」
(...なら言うなよ)
これが僕と彼女との出会いだった。
「君さ、初めて見たってことは最近入ったの?」
「そうだよ。今日が初めての授業なんだ」
「ふーん。名前なんていうの?」
「名前?僕は青」
「やっぱいいや名前なんて」
彼女との会話は基本一方通行にしか進まないのかと錯覚するほどに、自分から質問しといては僕の答えには全く興味を示さないという暴君さだった。彼女は見た目は艶のある綺麗なショートボブの髪と、同年代にしては大きめの胸、そしてそんな高くない身長。まさに男が好きそうな外見だった。かくいう僕もその外見に少しだけ目を奪われていた。数分前までの話だが。
僕の通っていた学習塾は講義形式なのだが、その席順は今時珍しく自由ではなく模試の点数順になっていた。自分で言うのもなんだが、僕は成績がそこまで悪いわけではなくむしろ良い方だと自負していた。
なのになぜこんな頭のおかしいとすら感じるちょっと見た目がいいだけの会話がドッチボールになる女が隣なんだ。
「ねーねー、この授業つまんないねー」
「この問題まだできてないの?私はすぐできたよ」
「一緒にラウンジに休憩しに行こーよー」
「勉強ばっかしてても意味ないって!たまには遊びに行こ!」
最初のうちは、印象も良くなかったし僕は勉強しに来てるのであって遊びに来てるわけではないのでその悉くを無視するかの如くあしらっていた。
しかし、彼女は僕を構うのをやめずに数ヶ月後とうとう僕の方が折れてしまった。今でこそ思うが、あの時の僕は夏の暑さに惑わされていたのか、彼女のその内面とは正反対の無邪気で人懐っこそうな笑顔に籠絡されてしまっていたのかもしれない。
「また勉強ばっかしてる。そんな勉強ばっかしててもつまらないでしょ?今日はもう終わりにして花火でもしよ うよ!」
「なんで君と花火なんかしなくちゃいけないの?しかもどこでやるのさ」
「なんでって、隣の席だからだよ!隣の席の人は花火に誘うでしょ普通!」
「意味わかんないけど、やるにしてもどこでやるのさ」
「私の家ここから歩いて3分くらいだから!家の庭でやろ!」
子犬が飼い主に餌をねだる時の眼差しとでも言えば良いのか。彼女がすごい物欲しそうな目で見つめてくる。
「はぁ...そんな期待するような顔しないでよ...分かったよ」
「なーんーでーよーーー。ん?今いいって言った?」
「言ったよ」
「え?ほんと??やった!!!どーしたの急に!なんで誘いになってくれたの!!」
「...花火がしたかっただけだよ」
「ほんとー??君女の子と遊んだこととかなさそうだし、私に花火誘われたのが嬉しかったんじゃないのー??」
彼女のこう言うところがしゃくに触るところだったが、どうしても憎むに憎めない雰囲気なのだ。
「うるさい。もう時間も遅くなってきたし、やるなら早く行こうよ」
「待ってて!今すぐ帰る用意するから。絶対逃げちゃダメだからね!」
彼女はそういうやいなや、本当に鬼神の如き勢いで帰り支度を始めた。
その日の夜は肌がじっとりと汗ばむような夜だった。
「そういえば、男の子を家に連れてくの初めてだ」
「そうなんだ。なんかもっといろんな人とこういう風にしてるのかと勝手に思ってた」
「人のことどんな尻軽女だと思ってんだよ!失礼なやつだな」
半分くらい本当に思ってたけど、間違ってつい口から溢れてしまった言葉にかなりきつめに叱られた。
「思ってないよ、ほんとに」
「ならいいけどさ。どんな花火やる?やっぱりドーンって大きく打ち上がるやつとか、バァーっていっぱい噴射するやつ?」
この子は本当に見た目から想像できない言葉ばっかり出てくるな。でもなんか以外すぎて、これがギャップ萌えってやつなのか。
「そんなの家でできるわけないだろ...」
「そっかー残念。まぁそんな花火家にないけど」
無いなら言うなよと、1000人いたら1000人がつっこむだろう。
実際に彼女の家にあったのは3人用くらいの花火諸々詰め合わせセットのようなものだったので、大人しくそれを使うことにした。
「あ!ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るから!先やってたらパンチするからね!」
彼女はそう言い残し走って自室であろう部屋に駆けていった。
ちょっと待っててと言われ30分ぐらいが過ぎた頃、一人の女の子が声をかけてきた。
「おまたせ!だいぶ待たせちゃって申し訳なかったね!」
目が釘付けになると言うのはこう言うことなのだろう。体の全細胞がその女の子を見つめていた。呼吸が止まったかと思った。それ程までに、目の前に立つ一人の女の子が可憐だった。
その女の子は肩にかかるくらいの髪を編み込んで、薄い水色に金魚の刺繍が施されている浴衣に身を包んでいた。
「おいどうした?そんな惚けた顔して。そんなに私が可愛かった?」
「...うん」
「へ?ちょ、どうしたんだよ...なんか照れるじゃんか」
「あ、ち、違う!今のは浴衣が可愛かったから!そう!浴衣!」
「あ、そ、そうだよな!浴衣ね!お気に入りなんだよ!」
つい、本心が出てしまった。いつもは制服の彼女だったが、まさかこんな形で浴衣姿を見ることになるなんて思いもよらなかったし、ただただ本当に可愛いと思ってしまった自分がいた。いつもはあんなガサツで自分中心なのに、なんでこんな浴衣姿を見せられただけでドキドキしてしまってるんだ僕。
なかなか収まらない動悸が憎らしい。脈打つ心臓の音がうるさい。
「とりあえず花火やろうか」
「そうだね」
言葉少なげに僕らは花火を始めた。
彼女はさっきまで泣く子も黙るくらいの元気さを見せていたのに、今は一転してこちらの様子を伺うように静かにしている。それすらまるで、自分の命の終わりを悟った百合のような儚さを纏っていた。触りたいけど触ってしまったら壊れてしまうような、そんな雰囲気に僕たちは包まれていた。
「あ、もう花火なくなっちゃった」
「ほんとだ...あ、線香花火がまだ残ってるよ」
「えーー、つまらないじゃん!小さくパチパチするだけで」
「その弱々しさというかなんというかが良いんだろ」
「じゃあやろっか」
僕らは言葉はなく一緒に、二人の心を現すように不安げに揺らめく蝋燭の焔に花火を近づけた。
線香花火の火花が小さく、優しく彼女の姿を照らし出していた。一身に自らの花火を見つめ、まるで何かを願うようにその火花を見つめる彼女はとてもとても美しかった。二人だけの世界にいるような錯覚を起こすくらいに僕たちの周りには音がなく、火花が弾ける音だけが響いていた。
「ねー、これからは教科書見るのもいいけど、たまにはこっちも見てよね」
静かに彼女がそう呟いた。彼女にこんな優しく、割れ物を撫でるように話しかけられたのは初めてだった。
「いつも私が話しかけても君はこっち向いてくれないし、たまに無視までするじゃん。普通に悲しいからね私だって」
そう言いながらこちらに視線を向けてくる彼女に気付かされた。僕はいつの間にか彼女の事を好きになっていたのかもしれないと。今まで女の子にも遊びにも全く興味がなかった僕が、なぜ彼女の花火の誘いを受けたのか分かってしまった気がした。気づいてしまったらもう戻れないし、もうこの気持ちを無視することは出来ない。
「ごめん、君がそんな悲しいって感じるなんて思ってもみなかった」
「ほんと酷い男なんだな」
「おっしゃる通りです」
彼女は優しく微笑んだ。
僕はこの気持ちが本物だとしても、どうすればいいのか分からなかった。だから、今左右に揺れているまるで自分自身の気持ちと重なっているような火花に全てを託すことにした。
もしこの線香花火が落ちなけば、たった今気づいてしまった自分の気持ちを彼女に伝える。もしそれが僕たちの関係にヒビを入れてしまう結果を招いてしまうものだとしても。もしこの線香花火が途中で落ちてしまったら、この気持ちはそっと胸に秘めておく。もしそれが、もう彼女に伝えることができないことになっても。
火花がだんだんと収まってきた。
「ねー!これ最後までいけそうじゃない?」
「...そうだね」
少しだけ先に始めた彼女の火花が落ちずに消えた。
「落ちなかった!すごくない!」
そう嬉しそうに満面の意味で僕に彼女は自分の花火を見せつけてきた。
その拍子に、隣同士で並んでやっていたこともあり彼女の腕が僕の腕に当たった。
「「あ。」」
その瞬間、後ほんの数瞬で消えたであろう僕の火花が、細く枝垂れる線香花火の先から滴り落ちた。
「ご、ごめん!」
「...いいよ気にしないで」
「今日は楽しかったよ、誘ってくれてありがとね」
「私こそ楽しかった、ありがとね一緒にやってくれて」
そのあとは、どちらからともなく片付けを始めた。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日」
僕は気づいてしまった彼女に寄せた感情をそっと胸の奥に押し込んだ。
初めて自覚した人を好きになるという感情を僕は胸の奥底に秘め隠したのだ。
「ごめん、遅れた!」
「遅いんだけど!今から行くランチ君の奢りね!!」
「分かったよ。懐かしい夢見ててさ、気づいたら寝坊してた」
「なに懐かしい夢って!全然言い訳になってないよ!」
「内緒だよ」
「気になるんですけど!!」
「まぁまぁ、それより早く行こうよ」
「そうだった!こうしてる場合じゃない!」
彼女とは今もとても仲良くしている。しかし、この関係は決して恋人のそれではない。3年前のあの日から僕は今も自分の気持ちは胸の底に隠している。
彼女はもしかしたら僕のこの気持ちに気付いているのかもしれないけど、今はまだ親友として遊び相手になってくれている。3年前のあの日、もしも線香花火が落ちなければ今とは全く違った未来が待っていたかもしれない。でも僕は今のこの関係も悪くないと思っている。
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