ホラー短編集

Chaako

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江戸時代村

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小学生の頃だったか。

夏の終わり、蝉の鳴く声も少ない時期だった。

その日の午前中は買い物をしに母と隣県に行った。

食品エリアで大好きなお菓子コーナーを眺めていると、母がどこからかテーマパークのパンフレットを持ってきた。

「お昼食べたらここ行こ。面白そう、忍者屋敷。」

採算が合わず現在は廃墟となったテーマパークだが、江戸時代をコンセプトに一時期は人気だったようである。

〇〇江戸時代村という名前のテーマパークだったので、江戸時代村と呼ぶことにしよう。

連日テレビで江戸時代村のCMをやっていて、晩ご飯を食べながらそのCMを目にしていた母は、ずっと気になっていたのかもしれない。

午後は小雨の中を車で移動し、江戸時代村にきた。

17時で閉園なのに着いたのは14時半頃だったこともあり、あまり見て回る時間がなかった。

仕方ないが母はややげんなりしていたと思う。

入場チケットとアトラクション用の回数券を買って入園すると、忍者の格好をしたお兄さんが私たちを迎えてくれた。

私はとくに見たいものもなかったので、しばらく母に着いて回った。

母は古民家に興味があり、江戸時代の民家を面白そうに眺めていたことを覚えている。

子供の私は古民家に興味がなく、母が楽しければそれで良かった。

しかし閉園を意識する時間になると、母は私がアトラクション用の回数券を使わないことに焦燥したのだろう。

「もったいない。はやく使ってきなさい。」

しびれを切らしたのか、私にそう言った。

今度は母が私の後ろに着いてくることになった。

しかしモチベーションがない上に優柔不断な私だったものだから、アトラクションを外から見ては入りもせず諦めていた。

それを見て母はやきもきしたかもしれない。

「何でもいいからやってみたら。」

これは母によく言われたことだった。

16時ほどになり、さすがに幾つか入ってみたが、楽しいとも楽しくないとも言えなかった。

理由はよく分からない。

大人になった今は色んなアトラクションを楽しいと思うようになった。

楽しいと楽しくないの境界線は私にとっては曖昧なものに見える。

さて、そうして回っているうちに、江戸時代村の1つの目玉である忍者屋敷にたどり着いた。

お母さんが面白そうと言っていたのはこれかあ、最初からここに入れば良かった、と期待しながら受付のお姉さんに回数券を渡す。

忍者屋敷の中は家族連れ、カップルなど来ている人でそこそこ賑わっていた。

1番人気は全体が傾いている部屋で、部屋の傾きに合わせて撮影すると、普通に立っているのに人間だけが傾いている写真が撮れるというものだ。

当時はインスタグラムどころかスマートフォンすらなかったが、今で言うところのインスタ映えするスポットだった。

私は初めて体験する不思議なアトラクションを楽しみながら出口に向かった。

途中で、1箇所だけ気になる場所があった。

そこは障子戸に囲まれた廊下で、通ると5人ほどの忍者の影が障子越しに次々と囁きかけてくる。

敵方が屋敷に攻め込んでくるから逃げろ、という設定だった気がする。

ともかく、夕日色に染まる障子が美しかった。

上部が夕日色に染まる一方、障子戸はその足元に微かな闇を湛えていた。

その日は雨天だったので夕日は人工的な光なのだろうが、まるで外が晴れたかのように私を錯覚させた。

別の時代にタイムスリップしたかのようだった。

私はもう一度この廊下を楽しみたいと思い、母にもう一周してくる!と言ったら笑っていた。

そして受付のお姉さんに回数券を切ってもらい、もう一度忍者屋敷に入った。

するとそこは1周目とは違う雰囲気になっていた。

間もなく閉園時間だということで、完全に私の貸切状態だったからだ。

1周目は周りの人の声で聞き取れなかった音もよく聞こえた。

足早に立ち去ったところも立ち止まって楽しんだ。

和室の襖を開けたときの、さーっという音も綺麗だったので何回も鳴らした。

私の家の襖は往年の屋根雪のせいで歪んでしまったのか、滑りが悪く大して動かなかったので新鮮だった。

この音は今でも、過去に聞いてきた襖の音と重なって私の心に響いている気がする。

そしていよいよ夕日色に染まる廊下にたどり着いた。

満を持して、私はだだだっと廊下を駆ける。

私は設定を守って走ることにした。

するとどれかは分からないが、違和感のある音声で喋っている忍者がいることに気がついた。

1周目のときは何も違和感はなかったはずだが。

もう一度ゆっくりと歩くことにして、故障している忍者がいないか確かめようとした。

故障だなんて...せっかくタイムスリップした気分だったのに。

私はふいに現実に戻された気がした。

最初の忍者は、敵が来るのでお逃げを、という趣旨のことを言っていて大丈夫だった。

その次も大丈夫だった気がする。

3番目だか4番目だったかがどうやら故障しているようだ。

「ーーーラレタ。ーーーーー。」

生活音のような音が色々混ざっており、言葉はほとんど聞こえない。

私の回数券を返せ馬鹿野郎。

雰囲気が壊れたことに怒りが沸いた。

しかし次の瞬間、音声に襖の音がところどころに混ざっていることに気が付く。

さーっラレタ...さーっ。

自分が先程和室で楽しんだ音だ...

私が出した音を再生してる...?

機械だと思っていた忍者が、急に生気を放った気がした。

障子を挟んでいたので忍者の影しか見えなかったが、私にとってその唐突な生気はとても禍々しいものに思えた。

得体の知れないものが急に接触してくる恐怖感。

一気に気味が悪くなり、残りの仕掛けも無視して出口まで一目散に走った。

泣きながら母に忍者の故障の話をし、受付のお姉さんにも伝えたところで江戸時代村は終了。

閉園時間が迫っていて退場を急いだこともありその後は何も分からずじまい。

母に聞くと、私が泣いた理由は覚えていないが泣いていたことは覚えているという。

なんとも後味の悪いものに終わってしまったが、私はあのときの忍者にもう一度話しかけてみたい。

機械の故障だったのなら、それはそれで自分を納得させられる。

しかし、江戸時代村は赤字経営で廃墟になってしまい、今はもう叶わない。

あの忍者は私の興味を引きたかったのだろうか。
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