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大方の荷物は既に部屋に届けられているので、俺は泊まりに使うような大型のカバンを一つ持っただけだ。
エレベーターの横にあった寮内の地図で部屋を確認して歩きだす。同室者がいることが少し憂鬱だ。
二段ベッドだったりプライバシーのない共同空間だったら岩見の誘いも考えたが、ここはさすが私立高校とでも言うべきか、同室といえども一部空間を共有するだけで自室はそれぞれに宛てがわれているらしい。金がかかっている。
自室があるならまだましだ。馴染めなくても関わらないことで解決されるならそれでいい。
307と銀で装飾された扉を見つけて足を止める。ベルを鳴らすべきかいきなりカードキーを使ってもいいのか少し考えて、扉のすぐ横にあるボタンを押した。
防音がされているのかベルの音はこちら側には響いてこない。壊れていても外からは分からないな、とどうでもいいことを思った時、かちゃりと扉が開いた。
外開きの扉なので、俺は少し体を横にずらした。
「はー、い……?」
「……、俺もこの部屋なんだけど、入ってもいいか?」
俺を見て固まった相手に、言葉に迷った挙げ句にそう言うと我に返ったように頷いて扉を大きく開いてくれた。
やや小柄な、普通の男だ。少し眠そうな顔をしている。
「ごめん、どうぞ、入って入って。ええっと、俺は右の部屋を使っているので、君は左側を使ってください。あ、リビング散らかっててごめんね、あーあと俺の名前は北川嘉昭ですどうぞよろしく」
ぐるりと部屋を見渡す。傍らに立った彼は、思い付いたことから言っているようなとりとめのなさで話して、最後にひょこんと頭を下げた。
「江角晴貴。……こちらこそ、よろしく」
あまりよろしくする気はないままに来てしまったが、こんなふうにされた上で邪険にするつもりは一切なかったので、俺も軽く頭を下げてみせた。それを見た北川は、何かやり遂げたとでも言いたげな顔で笑い、コーヒーをいれるから先に荷物を置いてくるといいと声をかけてくれた。
言われるがまま部屋に行く。
よかった、どうやら彼は極端に暗いわけでも騒がしいわけでもなさそうだ。態度も気さくだし、これなら険悪になることもないだろうと少しだけ安心する。
室内はベッドと勉強机、クローゼットに本棚がシックなブラウンでまとめられていてなかなかいい感じだ。
中央に積まれた段ボールは、服や雑貨よりも本が入っているものの方が多い。手元に置いておきたい本だけを厳選したつもりだったが、なぜかこうなった。手荷物の鞄にも本が入っているし、備え付けの本棚はすぐにいっぱいになってしまいそうだ。
俺は自他共に認める―といっても岩見や家族くらいしか知らないが―読書好きなのだ。中学の頃も俺の自室は本だらけだった。
全部持ってくることは勿論できなかったが、この部屋もいずれ本の山が築かれることだろう。私立の図書室は蔵書が多そうで、これが今一番楽しみだ。
とりあえず荷物を置いて共用スペースに戻ると、ちょうど北川がコーヒーを入れ終えたところだった。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
砂糖とミルクはいるかという言葉に首を振ってマグカップを受け取る。火傷しないように慎重に口をつけてから、向かいのソファーに座った北川に目を向ける。
「なにか―部屋での決まりとかは、あるか」
「うーん、そうだなぁ。特にはないけど、夜中に騒いだりリビングでヤるのはやめてくれると有り難い」
「え?」
「ん?」
「リビングで何?」
やるって何をだ。聞き返すと北川は一瞬きょとんとしてからああ、と呟いてカップをテーブルに置いた。
「そういえば外部生なんだから知らないよね、ごめん。セックスだよ、セックス。男同士で付き合ってる人が少なくないからさ、この学校」
「……なんで?」
「男しかいない空間にずっといると性欲が男にも向くんじゃないか? 知らんけど」
歯に衣着せぬ物言いだ。
理解しがたい理屈ではあるが、どうやら彼が言うことには、この学校は同性で恋愛関係になる人が少なくないらしい。
なんで? 全寮制だから? 俺の中学も治安が悪かったせいでほぼ男子校状態だったがそんなのは聞いたこともない。むしろ岩見はそのせいで嫌がらせをされていたくらいなのに。
所変われば、ってやつだなと俺は遠くを見るような気持ちで思った。
とりあえず守ってほしいことはそれだけだと言う北川に、そういうことは絶対にしないと固く誓ってから他にも少し話し、コーヒーを飲み終えると荷物を整理するためにまた自室に戻った。
性的指向は別にどうでもいいことだ。嫌悪感はないし、万が一自分に好意を向けられても気持ち悪いなどと思うことはないだろう。
ただ、なんとなく今聞いた話に対しては釈然としない気持ちになっていた。
エレベーターの横にあった寮内の地図で部屋を確認して歩きだす。同室者がいることが少し憂鬱だ。
二段ベッドだったりプライバシーのない共同空間だったら岩見の誘いも考えたが、ここはさすが私立高校とでも言うべきか、同室といえども一部空間を共有するだけで自室はそれぞれに宛てがわれているらしい。金がかかっている。
自室があるならまだましだ。馴染めなくても関わらないことで解決されるならそれでいい。
307と銀で装飾された扉を見つけて足を止める。ベルを鳴らすべきかいきなりカードキーを使ってもいいのか少し考えて、扉のすぐ横にあるボタンを押した。
防音がされているのかベルの音はこちら側には響いてこない。壊れていても外からは分からないな、とどうでもいいことを思った時、かちゃりと扉が開いた。
外開きの扉なので、俺は少し体を横にずらした。
「はー、い……?」
「……、俺もこの部屋なんだけど、入ってもいいか?」
俺を見て固まった相手に、言葉に迷った挙げ句にそう言うと我に返ったように頷いて扉を大きく開いてくれた。
やや小柄な、普通の男だ。少し眠そうな顔をしている。
「ごめん、どうぞ、入って入って。ええっと、俺は右の部屋を使っているので、君は左側を使ってください。あ、リビング散らかっててごめんね、あーあと俺の名前は北川嘉昭ですどうぞよろしく」
ぐるりと部屋を見渡す。傍らに立った彼は、思い付いたことから言っているようなとりとめのなさで話して、最後にひょこんと頭を下げた。
「江角晴貴。……こちらこそ、よろしく」
あまりよろしくする気はないままに来てしまったが、こんなふうにされた上で邪険にするつもりは一切なかったので、俺も軽く頭を下げてみせた。それを見た北川は、何かやり遂げたとでも言いたげな顔で笑い、コーヒーをいれるから先に荷物を置いてくるといいと声をかけてくれた。
言われるがまま部屋に行く。
よかった、どうやら彼は極端に暗いわけでも騒がしいわけでもなさそうだ。態度も気さくだし、これなら険悪になることもないだろうと少しだけ安心する。
室内はベッドと勉強机、クローゼットに本棚がシックなブラウンでまとめられていてなかなかいい感じだ。
中央に積まれた段ボールは、服や雑貨よりも本が入っているものの方が多い。手元に置いておきたい本だけを厳選したつもりだったが、なぜかこうなった。手荷物の鞄にも本が入っているし、備え付けの本棚はすぐにいっぱいになってしまいそうだ。
俺は自他共に認める―といっても岩見や家族くらいしか知らないが―読書好きなのだ。中学の頃も俺の自室は本だらけだった。
全部持ってくることは勿論できなかったが、この部屋もいずれ本の山が築かれることだろう。私立の図書室は蔵書が多そうで、これが今一番楽しみだ。
とりあえず荷物を置いて共用スペースに戻ると、ちょうど北川がコーヒーを入れ終えたところだった。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
砂糖とミルクはいるかという言葉に首を振ってマグカップを受け取る。火傷しないように慎重に口をつけてから、向かいのソファーに座った北川に目を向ける。
「なにか―部屋での決まりとかは、あるか」
「うーん、そうだなぁ。特にはないけど、夜中に騒いだりリビングでヤるのはやめてくれると有り難い」
「え?」
「ん?」
「リビングで何?」
やるって何をだ。聞き返すと北川は一瞬きょとんとしてからああ、と呟いてカップをテーブルに置いた。
「そういえば外部生なんだから知らないよね、ごめん。セックスだよ、セックス。男同士で付き合ってる人が少なくないからさ、この学校」
「……なんで?」
「男しかいない空間にずっといると性欲が男にも向くんじゃないか? 知らんけど」
歯に衣着せぬ物言いだ。
理解しがたい理屈ではあるが、どうやら彼が言うことには、この学校は同性で恋愛関係になる人が少なくないらしい。
なんで? 全寮制だから? 俺の中学も治安が悪かったせいでほぼ男子校状態だったがそんなのは聞いたこともない。むしろ岩見はそのせいで嫌がらせをされていたくらいなのに。
所変われば、ってやつだなと俺は遠くを見るような気持ちで思った。
とりあえず守ってほしいことはそれだけだと言う北川に、そういうことは絶対にしないと固く誓ってから他にも少し話し、コーヒーを飲み終えると荷物を整理するためにまた自室に戻った。
性的指向は別にどうでもいいことだ。嫌悪感はないし、万が一自分に好意を向けられても気持ち悪いなどと思うことはないだろう。
ただ、なんとなく今聞いた話に対しては釈然としない気持ちになっていた。
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