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エレベーターから降りてきた生徒たちが一瞬こちらに視線を向けてから通り過ぎていく。時刻は午後六時を少し過ぎたところ。
俺は自動販売機の前に置かれた長椅子に座っていた。キヨ先輩を待っているのだ。他にいい待ち合わせ場所も思い浮かばなかったので談話スペースでいいだろうということになった。
授業後にメッセージを送ったから、もしかしたらもうほかに予定が入っているかもしれないと思っていたが大丈夫だったらしい。
スマホを眺めて俯いていると髪の毛が視界にちらつく。鬱陶しいそれをよけて、前髪を引っ張りながらそろそろ切ろうかと思案する。
散髪のためだけにわざわざ山を降りるのも面倒だが、他の人はどうしているのだろう。考えていると俯けていた頭に誰かの手が乗った。
「キヨ先輩」
「おう。難しい顔してどうした」
目の前に先輩が立っていた。顔を上げた俺が驚いた表情になっていたからか、彼は悪戯でも成功したかのように歯を見せて笑う。
「髪切ろうか考えてました。―お疲れ様です」
「ハルもお疲れ。確かに、ちょっと伸びたかもな」
ですよね、と頷きながら立ち上がった。ラフな私服姿の彼を見て脈絡なく「すみません」と謝る。
目線の位置が同じだから、意識しなくても視線が絡む。彼は不思議そうに眉を上げた。
「なにが?」
「突然誘ったんで」
「ああ、そういうことか。全然いいよ。別に誰と食うとか決まってないからな。むしろ、誘ってくれて嬉しかった」
「―なら、よかったです」
ほっとして表情を弛めるとキヨ先輩は「律儀すぎ」と柔らかい声で言う。そんなつもりはなかったのだが。
▽▽▽
部活を終えた生徒が押し寄せて一番混み合う時間帯。―になる前に食堂を出た。
たくさんの生徒とすれ違ったが、並んで歩いているというだけで物珍しいものを見るような好奇心に満ちた目を向けられるのは、やはり先輩が人気のある人だからだろう。
少し気まずさを覚える。それは先輩と関わらないことにする理由には成り得ないけれど。
「ハル、まだ時間あるなら部屋来るか?」
「いいんですか」
エレベーターに乗り込んで二人だけになった途端、先輩はこっちを見てそう言った。
「誘ってるんだからいいに決まってる」
もう風呂は入ったし、あとは帰って寝るくらいしか予定はない。一つも断る理由がなかったので、お邪魔させてもらうことにした。
二回目の訪問となる部屋は、以前と何も変わっていない様子だった。居心地のいい空間だと思う。
「読むか?」
お茶を入れてきてくれた先輩は、俺の視線が本棚に向いていることに気付いて笑った。そして、気になっていた本を、何も言っていないのに手にとって渡してくれる。
「これはおすすめ。まあ、ここにある本は全部面白いんだけどな」
「これ読んでみたいと思ってました」
「なんでも好きに読んでいいよ。俺もハルに借りた本読む」
両手で受け取った本の表紙を撫でる。深緑に細い文字。装丁も好きだ。
本を開く前にそっと先輩を伺うと向かいの一人掛け用のソファーに腰を下ろして既に読書を始めている。
白い頬に影を落とす睫毛までが茶色いことに気が付いて、本当に色素が薄い人なのだなと思った。
そっと視線を外して、彼にならって本を読むことにする。
二人でいるのに静かだ。その沈黙も心地よかった。
俺は自動販売機の前に置かれた長椅子に座っていた。キヨ先輩を待っているのだ。他にいい待ち合わせ場所も思い浮かばなかったので談話スペースでいいだろうということになった。
授業後にメッセージを送ったから、もしかしたらもうほかに予定が入っているかもしれないと思っていたが大丈夫だったらしい。
スマホを眺めて俯いていると髪の毛が視界にちらつく。鬱陶しいそれをよけて、前髪を引っ張りながらそろそろ切ろうかと思案する。
散髪のためだけにわざわざ山を降りるのも面倒だが、他の人はどうしているのだろう。考えていると俯けていた頭に誰かの手が乗った。
「キヨ先輩」
「おう。難しい顔してどうした」
目の前に先輩が立っていた。顔を上げた俺が驚いた表情になっていたからか、彼は悪戯でも成功したかのように歯を見せて笑う。
「髪切ろうか考えてました。―お疲れ様です」
「ハルもお疲れ。確かに、ちょっと伸びたかもな」
ですよね、と頷きながら立ち上がった。ラフな私服姿の彼を見て脈絡なく「すみません」と謝る。
目線の位置が同じだから、意識しなくても視線が絡む。彼は不思議そうに眉を上げた。
「なにが?」
「突然誘ったんで」
「ああ、そういうことか。全然いいよ。別に誰と食うとか決まってないからな。むしろ、誘ってくれて嬉しかった」
「―なら、よかったです」
ほっとして表情を弛めるとキヨ先輩は「律儀すぎ」と柔らかい声で言う。そんなつもりはなかったのだが。
▽▽▽
部活を終えた生徒が押し寄せて一番混み合う時間帯。―になる前に食堂を出た。
たくさんの生徒とすれ違ったが、並んで歩いているというだけで物珍しいものを見るような好奇心に満ちた目を向けられるのは、やはり先輩が人気のある人だからだろう。
少し気まずさを覚える。それは先輩と関わらないことにする理由には成り得ないけれど。
「ハル、まだ時間あるなら部屋来るか?」
「いいんですか」
エレベーターに乗り込んで二人だけになった途端、先輩はこっちを見てそう言った。
「誘ってるんだからいいに決まってる」
もう風呂は入ったし、あとは帰って寝るくらいしか予定はない。一つも断る理由がなかったので、お邪魔させてもらうことにした。
二回目の訪問となる部屋は、以前と何も変わっていない様子だった。居心地のいい空間だと思う。
「読むか?」
お茶を入れてきてくれた先輩は、俺の視線が本棚に向いていることに気付いて笑った。そして、気になっていた本を、何も言っていないのに手にとって渡してくれる。
「これはおすすめ。まあ、ここにある本は全部面白いんだけどな」
「これ読んでみたいと思ってました」
「なんでも好きに読んでいいよ。俺もハルに借りた本読む」
両手で受け取った本の表紙を撫でる。深緑に細い文字。装丁も好きだ。
本を開く前にそっと先輩を伺うと向かいの一人掛け用のソファーに腰を下ろして既に読書を始めている。
白い頬に影を落とす睫毛までが茶色いことに気が付いて、本当に色素が薄い人なのだなと思った。
そっと視線を外して、彼にならって本を読むことにする。
二人でいるのに静かだ。その沈黙も心地よかった。
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