My heart in your hand.

津秋

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two.

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キヨ先輩は苦笑気味に俺の顔を覗き込んだ。
垂れた目は眠気の余韻を残していていつもより気怠そうに見える。

「すみません……」
「いいって! ていうか、お前がそういうの気にするのなんて考えれば分かったのにな。つい、可愛くて」
「は―?」
ぐしゃぐしゃと乱れた頭を撫でられる。慣れない感覚に首を竦めながら、突然出てきた言葉の不可解さに疑問を抱く。
可愛くて? 可愛くてって言ったか、この人。
髪の隙間から見上げた彼は、眉を下げて「ごめんな」と言う。

「ハルは自分の部屋に戻るって言ってたんだけど。ふらふらしてるの可愛くて、俺がここで寝ていいよって促したの」
「……、全然覚えてないです。促されたからって本当に寝るとか―」
それの何が可愛いのだろう、と思ったらちょっと力が抜けた。苦い気持ちで呟くと、返ってきたのは楽しそうな笑い声と「寝落ちしたくらいでそんな気にしなくていいから」というフォローの言葉。
優しい人だ。

「ありがとうございます」
「おう。つーかハル、俺に遠慮しすぎじゃないか? しゃべり方なんて最初の頃より他人行儀だし」
「えっ」

ソファーの隅で丸まっていた布団をたたみ始めた先輩を見る。少し不服げな視線を返されて俺は慌てた。
「先輩」として敬ってはいるが遠慮しているつもりはなかった。

「喋り方、って敬語のことですか」
「そう。最初はもっと大雑把じゃなかったか? 喧嘩して連行された状況だったのに」
少し前のことを懐かしむように笑われる。俺は気まずさを感じて眉を寄せた。
首に手をやりながら答える言葉を考える。

「……あの時は、先輩のこと言葉は悪いけど―どうでもいいと思ってたんで」
見た目が綺麗なだけの、その他大勢の中の一人。誠実な人柄なのだろうな、とは思ったがそれで終わりだった。あそこで名前を教えてくれても覚えていなかったと思う。
俺の中で意味と輪郭を持つ人間は兄と岩見だ。ついでに両親も。あとの人たちは全部、存在を知覚していてもただいるだけ。言葉を交わすことがあっても深く関わりはしない。そんなのは雑踏の中ですれ違う人と変わらない。
だからあのときはキヨ先輩の名前を覚える意味も、使う言葉に思考を割く理由もなかったのだ。

「じゃあ、今は?」
振り返った彼の三日月形に細められた目を見返す。
今?

「―キヨ先輩といるのは好きです。あんたをどうでもいいと思うことは二度とない」
どう表現すれば簡潔に伝わるだろうか。前より他人行儀なんてことは有り得ないのに。
「言葉はともかく、親しみの気持ちはかなりあるんですけど」苦笑して首を傾けてみせる。

「そっか。俺も好きだよ。……言葉遣いはあれだな、年上っていうのを意識しすぎてんのかもな。岩見とかと話すみたいに話してほしいんだけどな、俺も」
好きと言った先輩の目がとても優しくて一瞬何のことを言っているのか分からなくなった。
俺が先輩といるのが好きって言ったことに対する返しだよな、となぜか確認するように思う。少し戸惑っているうちに話は続きに移っていて、俺もそれについて考えることにする。

「確かにそれはあるかもですね」
「だろ?」
「頑張ります」
頷いてそう返すと「別に頑張らなくてもいいんだけど、徐々にな」と笑われた。それにも首肯しながらよく笑う人だなと思った。
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